契約の紡


本編



寿々波。
白虎の村長、愁礼が実の兄のように慕っていた男が愛用していた、刀の一振り。
彼が何故妖になってしまったのか。
彼が何故主を求め続けているのか。
その理由が、ようやく、燕たちにはわかったような、そんな気がしたのだ。


第十一結 : 久々宮


「寿々波。懐かしい名だな。」

ぽつりと、刀の前に立つ、一人の青年が呟く。
鋭い金色の瞳は、まるで睨むように、燕たちを見据えていた。

「……久々宮。起きたのか。」

愁礼が問いかけると、久々宮は静かに頷く。

「お前も、俺とそいつ等を会わせたかったんだろう?アイツの名を聞いて、大人しく寝たままではいられないさ。」

ふ、と口元に小さく笑みを浮かべながら、久々宮は答える。
久々宮は、ちらりと燕を視界に捉えると、じぃと無言のまま、燕を見つめた。
無言故の圧力と、何故無言で見つめ続けるのかという疑問で、混乱しそうになるのを堪えながら燕も久々宮を見つめ返す。
すると久々宮は、突然、燕の前でゆっくりと頭を深く下げた。
突然のことで、燕も戸惑いの色を見せる。

「寿々波が、俺の片割れが、貴方にとんでもないことをしてしまったようで、とても、申し訳ない。」
「え、いや、あの、その……」

貴方が謝ることではないですよ、とか。
気にしないで頭をあげてください、とか。
片割れということは、刀でも兄弟というものがあるのですか、とか。
そもそもあなたは妖と精霊どちらなのですか、とか。
燕の中でぐるぐると渦巻く疑問はあるけれども、その疑問を消化しきれずに、頭を下げる久々宮を見つめたまま、ただただ燕は固まってしまっていた。

「久々宮。頭、上げてやんな。燕が困っているよ。」

愁礼が助け船を出すと、久々宮は、おずおずと申し訳なさそうにゆっくりと頭を上げる。
こうして、背筋を伸ばした彼を間近で見てみると、背丈は高く、あの時出会った寿々波と、体格が重なって見えた。
髪や瞳の色も、目つきも、全く似ていないはずなのに、こうして眺めていると、不思議と、何処か寿々波と似ているように感じられるのだ。

「寿々波も俺も、同じ鋼から、同じ刀匠に打たれた。兄弟刀のようなものだよ。」

まじまじと久々宮を見つめる燕の視線を察したのは、少し困ったように、久々宮は口元に笑みを浮かべる。
確かに久々宮の目つきは鋭いけれども、口元を綻ばせた彼の顔は、まるでどこにでもいる普通の青年のような、自然な笑みであった。

「……お前も付喪神か?」

氷雨が問うと、久々宮は頷く。

「誤解される前に言っておくけれど、俺は寿々波と違って、妖化はしていない。純粋な精霊のままだ。」
「そこは俺も保障する。一応、久々宮は俺と契約を交わしている精霊だからな。」

久々宮の言葉に同調するように、愁礼は説明を補足する。
人間と精霊が契約を交わすことが出来るように、妖もまた、人間と契約を結ぶことは出来なくはないそうだけれど、そこは信用して差し支えないだろう。
何より、寿々波や朔良と出会ったからこそわかるが、精霊と妖では、瞳が全く違うのだ。
妖の瞳は、先の見えない霧がかかっているかのようにくすんでいて、濁っている。けれど、精霊の瞳は、澄んで輝いているのだ。
久々宮の透き通った瞳を見れば、彼が妖なのか、精霊なのか、どちらなのかはすぐにわかる。

「安心して。そこは信じているわ。」
「ありがとう。さて、立ち話もなんだし、また戻るか。部下に温かい茶を淹れるよう、頼んで置くよ。……久々宮。お前もおいで。」

愁礼が久々宮を呼ぶと、彼は小さく頷いて、その部屋にポツンと置かれている刀を握り締めると部屋の外へと出る。
何故刀を持って出るのか、燕が不思議そうに見つめていると、久々宮は燕に向けて、優しく笑ってみせた。

「俺は刀の付喪神だからな。刀が本体なんだよ。他の精霊と違って、僕ら付喪神は、本体である刀から離れては動けないんだ。」

五人が再び広間へと戻ると、食べ終えた食事は片付けられており、淹れたばかりの温かいお茶が用意されていた。
それぞれ座り、一口お茶を飲めば、温かさとお茶のほどよい渋みが口の中へと広がる。
ほぅ、と一息ついたところで、再び話は再開された。

「久々宮殿は付喪神、ということですが……付喪神と、そうでない刀の違いはなんですか?」
「そうだな……俺もあまり考えたことはないが、確かに、全ての刀に精霊が宿っている訳ではない。持ち主が思い入れを持って使っているということもそうだし、契約主となる人間が、魂降(タマオロシ)。つまり、刀を本体とし、精霊となる魂を降ろす術式を組む必要もある。複雑な条件の中使う術みたいだし、基本的に成功することは稀だ。殆どの付喪神が、魂降ではなく、長い時をかけて、精霊となる魂を宿した者たちだ。」
「では、久々宮殿たちは……」
「俺達は前者だ。そもそも、打たれたのだって割と最近だからな。等々力の血を媒介として、刀に宿った精霊だ。」

いい人だったよ、と、久々宮は零す。

「俺たちは刀だっていうのに、あの人は、俺たちのことを、まるで本当の人間のように接して来た。確かに実体化も出来るし、こうして話している分には、普通の人間と変わらないのだから、おかしな話ではないのだろうけれど、さ。でも、あの人は、人だろうと、そうでなかろうと、分け隔てなく接してくれる人だった。俺も寿々波も、あの人の、そんなところに惹かれてたんだ。」

だからだろうな。
そう呟いた久々宮の顔には、薄暗い影がかかっていた。
久々宮の隣に座る愁礼の顔も、どことなく、暗い。

「寿々波は特に、等々力を慕っていた。精霊である前に刀であるという自覚が強いアイツは、主である等々力に尽すことに、このうえない喜びを抱いていた。そして、主を護ることを誇りに思っていた。だから、だからこそ、目の前で主を喪ったことを、護ることが出来なかったことを、心から、悔いていたと思う。そして、それ故に、主を殺した奴の手に渡ったことも、許せなかったんだろう。」

契約者を亡くし、実体を保てなくなった寿々波と久々宮は、主である等々力を殺めた集落の人間によって持ち去られた。
きっと、戦利品として飾っておくのが目的だったのだろう。
しかし、集落の者は、女子供も、一人残らず、鋭利な刃物で斬り捨てられて、殺された。
「寿々波」は行方不明となり、「久々宮」は、血の海と化した集落の中で、愁礼たちが駆け付けるまで、ポツンと取り残されていて。
集落を襲った人間が誰なのか、燕の中では、もう、確信が持てていた。
そしてその確信を持っていたのは、燕だけでなく、氷雨や水流もまた、同じ確信を抱いていたのだ。

「もう、気付いているんだろうな。……そう。犯人は、寿々波だ。アイツが、集落の人間を、皆殺しにした。」
「でも、主を喪った精霊が、集落一つ滅ぼせるほどに暴れることなんて……」
「普通は、出来ないさ。特に、俺たちみたいに、魂降をされた精霊は、主との結びつきが強い。故に、新たに契約を交わさなければ、こうして実体を保つことすら難しい。でも、一つだけ、実体を保つ方法がある。」

妖になることだよ。
久々宮は、そう、冷たく呟く。

「刀は、人を殺める道具。故に、怨念というものを感じ、寄せ集めやすい。後は簡単だ。刀に怨念を取り込んで、魂を穢し、妖となればいい。そうして、寿々波は妖になった。そして、精霊のままでいた俺は、妖になることが出来なかった俺は、ただただ、寿々波の魂が穢れて、壊れて、狂っていくところを、見ていることしか、出来なかった。」

止められなかった。
久々宮は、悔いるように、俯く。握り締めた拳は、力を入れ過ぎているあまりに真っ白になっていて、小さく震えている。
そんな久々宮の髪を、愁礼は、不器用に、わしわしと乱暴に撫でる。

「けど、精霊であることを放棄すれば、魂を穢し、寿々波と同じようになっていたんだ。久々宮の判断は、正しかった。」

きっと、彼なりに、久々宮を慰めているのだろう。
久々宮はフンと鼻を小さく鳴らすものの、口元は確かに、嬉しそうに、笑みを浮かべていた。

「俺が知っているのは、此処までだ。寿々波がいなくなってからは、愁礼と契約を交わし、基本的にあの部屋に籠っていたから、世間のことはよくわからない。いなくなった寿々波も、妖として、肉体的にも精神的にも不安定であったはずだから、どこかでもう折れているものだと思っていた。だが、まさか……まだ、生きていたとはな。」
「……お話してくださって、ありがとうございます。」

燕が礼儀正しく頭を下げると、久々宮の笑い声が聞こえた。
顔をあげると、金色の瞳が、優しそうに、燕を見つめている。
彼の金は、月のように輝いていて、綺麗だ。久々宮の瞳を見つめながら、燕は思わず、そんなことを考えてしまう。

「何。礼を言われる程のことじゃあないさ。こちらこそ、いい情報を聞けたよ。ありがとう。」
「さてさて。今日はもう夜も遅い。話の続きは明日にして、もう寝るといい。……久々宮。皆の警護を頼めるかな?」
「了解した。」
「朱鷺。蛇養。……そろそろ、貴方達にも、お願い出来るかしら。」
『問題ない。』
『まかせてよ。水流たちは、ゆっくり休んで。』

精霊たちの心強い返事を確認し、一同は、ひとまず疲れ切った身体を休めることにしたのだった。

 


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