契約の紡


本編



「これはこれは水流様。こんな所まで、よくぞお越しくださいました。」

そう言って、白髪の青年はへらへらと能天気に笑って見せた。
朗らかなその笑顔は人当たりもよく、背まで伸びた癖っ毛はふわふわとしていて、触り心地が良さそうだ。
その癖っ毛は耳の直ぐ上でも左右に大きく跳ねていて、その跳ねた癖っ毛は、まるで動物の耳のようにすら、思える。

「俺は白愁礼(ハク シュウレイ)という。西の、白虎の村の村長をしている。よろしく。」

そう言って差し出された愁礼の手は、とても温かくて、傍にいるこちらが安心するような、そんな温もりを持っていた。


第十結 白虎の村


「俺の部下が風の精霊と契約を交わしていてな。……南の村のことは聞いた。酷い状態みたいだな。」
「貴方の耳にも、届いていたのね。」
「これでも村長なんでね。」

愁礼はそう言って、笑ってみせる。
朱雀の村での出来事が西の村にまで届いているということは、海波の屋敷にも、東や北の村にも、届く日は近いだろう。
無事川を越え、その先の小さな森まで歩いて行けば、白虎の村は約半日で辿り着くことが出来た。
太陽が沈んで来た頃になれば、流石に妖が蔓延る時間が近付き不安になって来たけれども、夜になる前に村へと辿り付けたのは幸いだった。
村長である愁礼も、水流たちが訪れると村人たちと共に温かく出迎えてくれたのだから、これもまた、安心できた要素の一つだろう。

「もしかしたら、貴方は知っているかしら?こちらの方は……」
「神子、だろう?安心しろ。俺の部下は口が堅いし、俺も、口は堅い。それに、此処の村人は皆、マイペースな者ばかりでな。お前たちに害を与える者は、誰もいないよ。」

やはり、燕が神子だということは既に知っていたらしい。
そう考えると風の精霊はお喋りだし、噂の回りが非常に早いことに感心を覚えてしまうけれども、精霊は、愁礼とその部下だからこそ、これからこの地に訪れる神子のことを伝えたのだと、そう、思いたいものだ。

「精霊の話が聞けて、俺としては助かったけどなぁ。流石に、季風地を治める海波の頭首と、世界を束ねる神子が村に足を運んでくれたというのに、何も用意していませんでした!ってのは、流石に恰好つかないからね。」
「勝手に来たのはこちらなのだから、気にしなくてもいいのに。」
「そうです。それに、神子っていうのは、一応極秘にしてくださいよ?」
「わかってるわかってる。」

愁礼は笑顔で、燕や水流の頭をわしわしと少し乱暴に、しかし痛くないように優しく撫でる。
彼も村長で、決して身分が低いという訳ではないけれど、こうして気さくに笑ってくれたりする人柄を目と肌で感じていると、どことなく、兄に近い感情を抱きたくなる。
愁礼はまた、兄のようにおどけた笑みを見せると、三人を広間へと通す。
既に食事の準備が出来ていたようで、焼いた魚の香りや、味噌汁の香りが食欲を誘った。ぐうと腹の音が鳴ると、愁礼は楽しそうに笑う。

「やっぱ神子も人間だな。腹減ったろ?好きなだけ食え。」
「は、はい。あの、ありがとうございます。」
「いいってことよ。」

それぞれ席について、用意された食事を有難く頂くことにする。
よく考えれば、朱雀の村についてすぐにあの騒動があり、食事どころではなかったから、まともな食事は久々だ。
炊かれたほかほかの白米を一口頬張れば、米の温かさと甘さが、口の中で広がっていく。
屋敷にいた時には当たり前だった米の味も、こうして久方振りに食べるとなると、なんて美味しいものなのかと、噛みしめずにはいられなかった。

「美味しいー!」
「燕。食事中に大声を出すな。」
「いいっていいって。そう言って喜んでくれると、俺も安心だよ。」

愁礼の言葉に、少し困ったような顔をするものの、久々の白米を噛みしめる燕の姿を、口では言いつつも心の中では咎めきれない氷雨は、味噌汁を口に運びながら、これ以上の言葉を共に飲み込んだ。
黙々と料理を食し、和やかな空気の漂う食事を終えた後、話題を切り出したのは、水流であった。

「ねぇ、愁礼。あなたに聞きたいことがあるの。」
「なんだ改まって。俺にわかることなら、なんでも話すぞ。」
「……寿々波、って、知ってる?」

水流のその言葉に、愁礼は間違いなく、ぴくりと眉を動かして反応した。
それは、水流たちにとって、無言の肯定であると捉えられるだろう。

「……なんで、お前たちが知っている?」

そう返した愁礼の声は、震えていた。
それは本当に驚いている声で、驚愕と疑問が入り混じった声で、しかしその表情は、隠していたものが露わになったというよりも、探していたものが見つかったというような、そんな驚愕の色に見える。

「南西にある、朱雀の村の近くにある森で、燕を襲っているところに、出くわしたの。」
「そうか。……アイツ、生きていたのか……。」
「知っているのね?」

水流の問いに、愁礼は小さく頷く。立ち上がると、ゆっくりと襖を開けた。

「ついて来て欲しい。」
「此処では駄目なの?」
「会わせたい奴がいる。だから、場所を移したい。……いいだろう?」

三人は互いに顔を見合わせて頷くと、愁礼の後に続くように立ち上がる。
彼の背を追って歩いていくと、屋敷の奥の、小さな部屋の前へと辿り着いた。

「少し、昔話をするとな。俺は代々村長を務める、白家の長子として生まれた。その頃はまだまだ周囲に多くの集落があって、集落と村が、それぞれ仲違いしていて、村を一つにするなんて、夢のまた夢のような、そんな時代だった。親父が結構年行ってからの子だったから、俺は、物心ついたころには既に村長としての重圧に悩まされていたんだよ。今はこんなんでも、昔は結構繊細でさ。自信がなくて塞ぎ込みがちだった俺に、優しく接してくれる兄貴みたいな男がいたんだ。その男の名前は、……等々力。等々力等(トドロキヒトシ)。」
「等々力……?」
「等々力さんは、俺の憧れだった。強くて格好良くて男らしくて、本当に、実の兄さんみたいで、慕っていたよ。俺が村長になった時も、あの人は俺の護衛をしてくれたりさ。ほんと、公私共に心強くて。大好きな兄だった。」
「だった、というと……」

燕の言葉に、愁礼は小さく頷く。
だった。
それは、過去形を意味する。
過去形を意味するということは、今は、その人は兄として慕うに値しなくなってしまったか、慕うことが出来なくなるような、遠いところへ行ってしまったか。
今回は、後者なのだろう。

「等々力さんは、亡くなった。殺されたんだ。村と集落を合併する会談に向けて、等々力さんが、他所の集落へと行った時のことだった。遺体は見つからなかったけど、集団で襲い掛かって、殺して、身ぐるみ全部剥いで、海に棄てたって、捕えた集落の人間の一人が証言していた。」

聞いているだけでも、胸が痛む話だ。
愁礼にとって、実の兄弟のような存在であった等々力の死。もし氷雨をそのような形で喪ったらと思うと、燕は、無意識にその身体を震わせていた。

「等々力さんは、二本の刀を使っていた。二刀流使いだったんだ。等々力さんが殺された時、その二本の刀もまた、集落の人々に、奪われた。……けどな、その数日後に、奇妙なことが起きたんだ。」
「奇妙なこと……?」

愁礼はそう言って、頷きながら、目の前の、小さな部屋へと続く扉をゆっくりと開ける。
薄暗いその扉の奥には、一本の刀が鞘に納められた状態で、大事に大事に、保管されていた。

「等々力さんを襲った集落の人間が、一夜にして、皆、首を一刀両断されて殺されていたんだ。特に、刀を奪った家の人間の死に様は、凄惨なものだったらしい。そして、二本在った刀のうち、一本を行方不明になり、一本は、俺の元へと渡った。」
「……それ、って……」

燕の呟きに、愁礼は頷く。
ギシ、と足音が聞こえたと思うと、部屋には一本の刀しか飾られていなかったはずなのに、その刀の前に、一人の男が、佇んでいた。
金色の瞳が、暗闇の中で灯る月のように、よく映える。

「刀には、それぞれ名があってな。俺の手元にある刀の名は、久々宮(クグミヤ)。そして、行方不明になった刀の名前が……寿々波だ。」

まさか妖になっていたとはな。
そう言って、愁礼は、少し悲しそうに、小さく笑った。

 


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