「お揃い」

放課後、光君に捕まった。何の連絡もなく、急に目の前に現れて「栞先輩。ちょっと、ええですか?」と、連れて行かれたのは少し離れた空き教室。その間、何も喋る事はなかった。空き教室まで来ると、扉はきっちりと施錠してある。
だけど、光君が横の窓に手をかけると簡単に開いた。先生が閉め忘れたのかな。

「登れますか?」

いつもクールな光君から発せられた、気遣いの言葉。何故彼がこんなところへ連れてくるのか、分からなかった。妙に怪しい。だけど、警戒するその言葉に誘われるように私は窓に足をかけ、ゆっくりと登った。
時々使われている空き教室は、そんなに汚くはない。机と椅子は少なめで、棚には誰のものか分からない教科書や辞書が置いてある。

「懐かしい教科書ー。1年生かな」
「先輩」
「あ、ごめん!えっとー・・・何だっけ?」
「あの・・・俺と付き合ってくれませんか?」

私は驚いた表情をした反面、光君の気持ちに薄々気が付いていた。男子テニス部のマネージャーとして活動する私に、部長の白石君や小春ちゃんが「栞ちゃんの事、好きやと思うわ〜」って言っていたから。それも何となく、そうなんだと他人事のように思っていたのは光君に対して特別な想いはない。
落ちていく陽の光の関係なのか、いつもより大人っぽいような感じがした。試合の時とは違う、どこか緊張しているようだ。

「気持ちは凄く嬉しい。嬉しいんだけど・・・ごめん」

こういう時、相手を傷付けないように断る言葉なんて無いと思う。だけど、なるべく傷付けないように、優しく、断りの返事をした。

「謙也さんですか?」

告白された時は、何ともなかった私の心臓が高鳴った。まるで断られる理由が分かっているように、ハッキリと私の耳に残った名前。誰にも悟られないよう、私が密かに想いを寄せていた部員であり、クラスメイト。
どうして、光君が?ダブルスのパートナーであり、一番可愛がって貰っている後輩が知っている事に、今までにないぐらい顔が紅くなっている気がして、何だか恥ずかしくなる。「違うよ」「謙也はただの部員だよ」と、否定的な言葉が出てこない。
黙っている私を見て、光君は「やっぱり」と呟き頭をポリポリと掻いていた。

「誰かから聞いた?」
「ちゃいますよ。先輩、俺より謙也さんの方ばかり見てましたから」

自分なりに、謙也をずっと見ないようにしていた。だけど、無意識に目で追っていたのか。自分の日々の行動を思い浮かべた。
謙也を意識しだしたのは去年ぐらいからだった。
元々同じ部活で仲は良かったけど、同じクラスになった事をきっかけに更に話す仲になった。同じ委員会になったり、お菓子をあげると無邪気に笑ったり、冗談を言い合う仲にまで発展した。その反面、相談事とか勉強とか丁寧に教えてくれる姿に惹かれてしまったんだと思う。

「光君、お願い。この事は誰にも言わない欲しい」
「ええですよ。だけど、俺と付き合ってくれるならの話ですけど」
「え?」

私はよく分からなかった。光君は至って真面目な顔だ。
謙也には知られたくないし、特別な感情を抱いていない光君とも付き合う事は出来ない。こんな釣り合っていない条件を誰が頷くのか。
すると光君のピアスがキラリと耀き、私を壁に追いやるように近づいて来た。思ったよりも伸びていた身長差は15センチ程だろうか。ジリジリと迫り来る光君を避ける様にした結果、背中と壁には僅かな隙間しかなかった。

「どうしたの?・・・ねぇ、落ち着こうよ。話がよく分からなくて・・・」
「ずっと俺は落ち着いてますけど?先輩こそ、落ち着いたらどうですか?呼吸乱れてますよ」

急に怖くなり身体が動かなくなっていく。瞬きする回数が増え、不安で鼓動が早い。
光君はそんな私の髪をかきあげ、何かを見ていた。普段意識することない光君の手が、自分の身体に触れている。乱暴な扱いではなく、優しく丁寧に。
どうやら耳を見ているらしく、付けているピアスや耳の縁をなぞられると擽ったく、身体が反応してしまう。左右に各2つずつ開けている穴は、光君より1個少ない。
特に珍しいものを付けている訳でもない耳を、何度もじっくり見る理由が分からない。だけど、何か嫌な感じはしている。私は早くこの時間が終わって欲しいと願い、制服のスカートをギュッと握りしめた。
チラリと光君を横目で見ると、片手をポケットに突っ込み、あると物を取り出す。私はそれを見て、とてつもない不安に襲われた。

「ちょっと、待って」
「何です?」
「それって今必要なもの?」
「必要ですよ、今から使うんで」

光君が手に持っているのは、よくドラッグストア等で売っているピアッサー。使った事がない訳でもないから、形状ですぐに分かった。
ただ「今から使うんで」の言葉が、自分にされる事だと気がつくと膝が小刻みに震え出す。

「あぁ、これ付けるの忘れてましたわ。すんません」

またポケットから何かを取り出して、それを指先につけると、さっきまで見ていた耳につけはじめた。冷んやりとした感覚。馴染ませようとする光君の手を、思わず退けて逃げ出そうとすると、肩を思いっきり壁に押し付けられ変な声が出た。背中には痛みが広がっていく。

「消毒ジェルを馴染ませるんで、じっとしててください」
「痛っ」

片手で頭を抑えられ、残っていたジェルが耳に馴染まされていく。抵抗する力に比例して、光君の力も強くなっていった。頭が壁に入ってしまうかと思うぐらい、強く押し付けられる。
光君が光君ではないみたいで、どうか別人であって欲しい。と、痛みに耐えながら何度も心の中で願った。

「何でこんなことするの。おかしい!おかしいよ、いつもの光君じゃないよ」
「先輩が欲しいからです。ずっと前から想ってましたけど、先輩はずっと謙也さんばかりやないですか。何度も何度もアプローチしてきましたけど、無駄やったんです。だから、これで少しでも意識してくれますか?」

いつもより冷たいトーンで光君は話し終わると、耳元でカシャンという音と同時に、左耳に痛みが走った。何が起きたかはすぐに分かる。記憶に残る、光君が持っていたピアッサー。肘から崩れ落ちる身体を、腕で支えた。
音がした左耳に手を当てると、身に覚えのない異物がジンシンと脈を打っている。軟骨付近を貫いたのか、自分や友達に開けてもらった時とは全く違う痛さに、唇を噛み締めた。
私は直ぐに顔を見上げようとすると、分かっているかのように光君は同じ高さにしゃがみ込む。いつも何処を見ているのか分からない様な眼が、今は異様に真っ直ぐだった。

「思ったより綺麗に開きましたわ」

そう言って放心状態な私の頭を軽く撫でた。
左耳が熱を持ちつつ脈を打っていることに気がいっぱいで、何を考えるべきか、そもそも動くべきかさえも分からない。こうやって静かな狭い教室に、光君と二人きり。陽はもうほとんど沈んできている。
痛みの感覚だけで考えると、きっと普通より少し大きめの穴。いや、それ以上かもしれない。光君は自分と同じ穴数にした事に対して満足気で、口元が緩んでいた。

「そんな悲しい顔せんといてください。あぁ・・・一応言っときますけど、塞いでもまた開けてしまうかも」

物理的に刻まれた穴と、精神的に刻まれた苦痛。
きっと塞いだところで忘れる事も出来ない、光君との繋がり。忘れたくても忘れられない出来事とは、こういう事なんだ。
どんな欲が満たされようと、きっと脳裏に焼きついた出来事を思い出してしまう。謙也と結ばれても、きっと光君は親しい後輩として付いてきてしまう。というか、謙也を見るだけで思い出してしまうと思う。

一生光君を忘れずに生きていくしかないのかと思いながら、私はまたスカートの裾をギュッと握りしめた。




end.


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