ヨアケマエ

 悲報だ。大悲報だ。というのも、また龍宝が酔っ払いやがって撃沈しやがった。
 そもそも俺たちはここ広島に飲みにやってきたわけではないのであって、的である白藤龍馬の命を殺るために来たはずだ。
 敵を欺くにはまず味方からということで、広島に着いたその夜からキャバクラと牡蠣鍋屋をはしごしてまわっていたのだが、どうやら龍宝はキャバクラも牡蠣鍋も好きじゃねえみてえだ。けど、そんなことはボクちゃんには関係ない。
 しかし、龍宝には多大なるストレスを与えていたらしく広島に潜伏して三日目の夜のこと、キャバクラで飲んでいたところやけにピッチが速ぇなと思っていたらどうやら、ヤツのフラストレーションが爆発したらしく、やけ酒を煽っていたらしい。
 途中、キャバ嬢相手に鳴戸との思い出を語っていやがられたりしていたと思ったら、目の前で大きく身体が傾ぎ、ぽすっとねーちゃんの膝に頭を落ち着け寝息を立て始めやがった。
 それからが大変だった。
 潜伏しているホテルへと上背のあるヤツを背に抱えて只今、廊下を歩いている最中だ。
 あー、クッソ重てぇ。無駄に筋肉がついてやがるし、背も高いからもちろん、体重も多い。そんな野郎を何が悲しくて抱えて歩かなくちゃならねえんだ。
 納得いかねえ。納得いかねえぞ龍宝!
 そしてヤツの部屋の前まで行き着いたところでふと、ここのホテルのキーをこいつが何処に持ち合わせているか分からないことに気づき、これまた仕方なく俺の部屋を目指すことにした。
 仕方ねえ、今夜はこいつと同衾だ。あー……撫子に逢いてえ。何が悲しくて男と同衾なんかしなくちゃならねえんだ。
 そのまま背にいるヤツを抱え直し、隣の自室の扉を開けてそのままベッドへ直行だ。
 どさっと放り投げるようにしてベッドへと乗せ、大きな溜息を吐く。
「はー……疲れたぜ。もう知らねえ。お前は勝手に寝てな。俺は知らねえからな」
 そのままベッドから離れようとしたところで、ふとヤツの目頭に何か丸く光るものを見つけた。なんだろうと思ってそのまま見てると、それはどうやら涙のようでだんだん丸がデカくなって、遂には溢れ出してベッドに涙の染みを作った。
「……おや、ぶん……なると、おやぶん……」
 小さな頼りない寝言に、思わず身体の動きを止めてしまう。
 ああ、こいつは鳴戸を恋しがってんだな。思わずじっと寝顔を見つめていると涙は止まることなくぽろぽろと零れ続け、シーツの上の涙の染みがだんだんとデカくなっていく。
 どんな衝動かは分からない。だが、ヤツには泣いて欲しくない。仏頂面の多い野郎だが、かわいいヤツでもある。そんなヤツの涙は見たくない。
 そっと手を伸ばそうとしたところで、突然ヤツの手が動き出しぱたぱたとシーツの上を何か探すように動いている。
 思わずその手を握りしめてしまうと、急に涙が止まりふわっと表情が和らいだ。
「おや、ぶん……」
 けれどもすぐにまた泣き始めやがって、シーツがもはやびしょ濡れだ。
「どこ……どこ、おやぶん、どこ……いる……?」
 鳴戸よぉ。いい加減、帰って来てやれよ。普段、こいつは気丈に振舞ってはいるが本当のところ、かなり無理してんぞ。きっと、こうやって涙を流しながら寝ることも多いんだろう。今日だけってことはねえだろうから、毎日とは言わないまでも泣きながら眠ることもあると見た。
「おう、龍宝。俺はここだぜ。お前の傍に居る」
 つい口をついて出てしまった言葉。なんか、泣いて欲しくねえなあ、こいつには。握っていた手を恋人握りにして力を籠めるが、ヤツが泣き止む気配はない。
 撫子よ、これは決して浮気じゃねえ。心が移ったらそれは浮気だが、これは龍宝の涙を止めるための行動であって、浮気じゃねえからな。
 ゆっくりと屈みこんで自由になっている片手でヤツの頬をそっと、包み込んでみる。
 うっわ、さらっさら。手触り気持ちイイー! 今は涙で濡れてるけど、でもこいつめちゃくちゃ肌キレーだな。真っ白だし、吹き出物一つできてるわけでもねえ。
 そのまますりすりと頬を撫でると、涙がピタッと止まってその代わりにふんわりとした表情に変わって、俺の手に擦り寄ってきやがった。
 こ、このツラッ……! めっちゃくちゃかわいいじゃねえか!! オイ鳴戸! お前どうやってこんな上物手に入れたんだ!! すげえかわいい!!
 つい興奮に任せてずいっと身体を重ねてみると、これまた甘いにおいがふわんっと鼻に掠り、思わず顔を上げてしまう。
 なんだ? 今のにおい。なんかすげえいいにおいがした。こいつ、女の香水使ってんのか?
 確かめるつもりで首元に顔を埋めてすんすんと鼻を鳴らしてみるとさらに強くかおってくる。そうか、これはこいつのにおいだ。体臭だ!
 え、しかしどういうことだ? こんなんが体臭の人間っているのか? 女の撫子でもこんないいにおいしないってのに、どうして野郎のこいつがこんないいにおい放ってんだ。おかしいだろ。
 しかし、なんかクセになるにおいだな。
 っつーか、こいつのカッコにも問題があるぜ。なんでこんなピチピチエロエロ戦闘服なんて着てんだよ。フツーにスーツでいいだろうがっ! そりゃ、こいつの着てる服ならすぐにでも拳銃を取って銃口を向けることは簡単だろうけど、臨戦態勢すぎるだろうが。どれだけ的のこと殺る気満々なんだ。
 まあ、それは置いておいてとしてもだ。
 この後どうしよっかなー。もう涙も止まったようだし、そろそろシャワーでも浴びて……ん?

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