あの子の彼

 龍宝が酔っ払いやがった。
 というのも、鳴戸が生きているとヤツに聞かされてからその後、飲みに行ったまではよかった。喋らせれば楽しいヤツだし、ちっと口は重たいがそれでも鳴戸の話になると饒舌になっては思い出話に花を咲かせていて、よほど鳴戸のことが気に入ってんだなと、その時くらいまではそんな印象だった。
 だが、しかしだ。
 いつも俺が飲んでいる飲み屋で飲んでいたのだがやたらとピッチが速く、飲めるヤツなのかと思っていたら実は違っていた。
 というのも、途中から話が妙な方向に脱線したり、突然「鳴戸おやぶんっ!!」と叫んだりと奇行が目立ち始め、遂には酒に溺れ撃沈した。
 テーブルに突っ伏し、むぐむぐと口を動かして時折「おやぶん……」と寝言を言う始末。
 こいつがこんなに酒に弱ければ誘わなかったものの、鳴戸の話を聞きたかったし、ヤツのことも深く知っておきたかったので誘ったがこれはハズレだったかもしれない。
「おーい、龍宝。そろそろ帰るぞ。ボクちゃんもう帰りてえ」
「ん……おやぶん……どうせ泊まっていかれるんでしょう。だったらもう少し……その時までには起きますから」
 泊まっていく。その時ってなんだ。
 いや、べつに鳴戸がこいつの家に泊まったっておかしなことじゃねえけどさ。親分と子分の間柄だしな。鳴戸はこいつをかなりかわいがってたみてえだし。
 それにしても、ムショの中での鳴戸もそう言えばうるさかったなあ。龍宝は元気かだとか、今なにしてるかなだとか、いちいちうるさかった。
 それはこいつも一緒ってことか。
 ちっと、からかってやるとするか。そんくれえ許されるだろ。なあ、鳴戸。
「龍宝、龍宝って。お前んち泊めてくれるんならさっさと帰らねえ? イイコト、させてくれるんだろ? そんなに酔っぱらってちゃできることもできんぜ」
 すると、するっと片手が伸びてきて俺の腰に回り、次いでもう片手も身体に回りすんすんとにおいを嗅がれた。
「おやぶん……あったかい。おやぶんは、いつでもあったかいですね。抱きしめて、くれないんですか……? 俺のこと、ぎゅって、いつものように」
 お、おいおい! マジの関係か!! こ、こいつはヤベエぜ!!
「りゅ、龍宝ー? 俺は鳴戸じゃねえよ、斉藤だって。始ちゃんだよー」
「なんで、そんなイジワル言うんですか、おやぶんは……。おやぶんは、おやぶんでしょう? 鳴戸おやぶん」
 すりすりと腹回りに擦り寄られ、ついじっと見つめてしまう。うわ、睫毛なっが! 肌キレー!! そっか、こいつかなり美形だからな。撫子にはちっと負けるけど。しっかし、キレーな顔してやがる。これは……鳴戸でも堕ちるわ。そりゃ、堕ちても仕方ねえ。
 撫子には悪いけど、もうちっとイタズラしちまおうっと。
「龍宝、顔上げな。キスができねえぜ」
 これはどうだ! これでこいつが顔を上げたら間違いなく、こいつと鳴戸はデキていることになる。さあ、龍宝顔を上げろ! これで鳴戸に一つ、貸しができる。ナイショにしておくっていう、貸しがな。すると、龍宝が顔を上げたまではよかった。だが、その顔を見た途端、理性が危うく吹っ飛びそうになった。
 なんつー色っぽいツラするんだこいつはっ!! うわ、薄っすらとほっぺが赤い。唇真っ赤っか。うっわ、すっげえキレー!!
「あれ? おやぶんって……サングラスしてましたっけ、それに、髪の色が……あれ……?」
「いいから、眼ぇ瞑んな。あっついキッスをくれてやる。好きだろ? 俺とのキス」
「好き、大好きです。……おやぶんが、好き……」
 決まった。決定だ、俺は今からこいつとキスする。すまんな、撫子。これは浮気じゃねえ。疑惑を確信に変えるためのものだから許せ!
 じゃ、いただきまーす!!
 従順に目を瞑った龍宝の色気はさらに増して、なんだか色気の権化と化しているぞ。これで奪わなきゃ男じゃねえ!
 逃げねえように、抱きしめてっと……。さすがに身体はしっかりしてやがるな。かなり鍛え上げられてる身体だ。
 するとすぐにでも腕が背中へと回ってくる。鳴戸のヤツ、これはかなり調教してやがるな。ま、これだけかわいけりゃ、そうなる気持ちも分かる。
 そのまま顔を近づけて真っ赤な唇に口づけると、ふわっとした感触が唇に拡がる。うっわ、めちゃくちゃ柔らけえ! それに、甘い。こいつ、なんでこんなに口の中が甘いんだ? 普通は酒の味だろうが。おかしい。
 悪ぃ、撫子。こいつの口の甘さがなんなのか、ただ探るだけだ。浮気じゃねえ。許せ!
 と、そう思うか思わないかのうちに、いきなり口のナカにトロッとした生温かでぬるついた液体が流れ込んでくる。それもかなり甘い味のもので、それが龍宝のヨダレだと分かった途端、さすがに嫌悪感が拭い切れずについ、突き放してしまうとヤツはきょとんとした顔をして口の端からヨダレを垂らしてこちらを見ている。
「な、なにしやがる!!」
「なにって……親分が言ったんでしょう? 俺とキスする時は口のナカにたっぷりヨダレ溜めとけって。あなたが言ったんですよ……? 忘れたんですか」
 そう言って、小首を傾げて笑いやがった。クッソ、かわいいじゃねえか。なんだその仕草。誘ってやがるのか。っつーか鳴戸! お前どんな変態な教育をこいつに施してんだ!! 今度からお前のことは変態って呼ぶぞ。
 まあいい。
 さて、キスの続きでもするか。悪ぃ撫子。鳴戸が未だこいつに変なこと覚えさせてねえか、点検しとく。
 ってことで、もう一回、いっただっきまーす!
 舌を入れ込んでナカを大きく舐めてみるとすぐに応えてくれたので、そのままベロベロに舐めてみる。やっぱり甘いな。これは、こいつの味だ。
 へえー、撫子でもこんな味しねえのに、男って勿体ねえな。ってことで、もうちょっといただきまーす!
 と、そうしたところで急に腕の中で龍宝が暴れ出した。それを抑え込み、椅子の上に身体を叩きつけると、涙で潤んだ眼でこっちを見てきやがった。
「ちがう……おやぶんじゃない。この味は、おやぶんの味じゃない。……っく、おやぶん……どこ」
「あれ? バレちった。俺だよー、ボクちゃんは斉藤だよー。ってか、いい加減眼ぇ覚ませや龍宝」
「……はっ! あ、あれ? オレ……あれ? えと……」
「かーわいかったなあ、酔っ払った龍宝ちゃんは。そっか、鳴戸とお前は予想通り、いい仲だったってわけだ。へーえ、いいこと知っちまった」
 慌てた龍宝が身体を起こし、それでも未だ半分眠ったような顔で言い募ってきやがった。おい、ほっぺたが真っ赤だぞ。色っぺえなクソ。
「あ、あのっ、このことは内密にお願いします! お、おやぶんだと、思ってしまってつい……。斉藤さんと鳴戸親分て、どこか似たところがあるから、勘違いをっ……すみません。俺、何か言いましたか?」
「ああ、いろいろ言ってたな。主に鳴戸との惚気話を中心に、鳴戸の話ばっかり聞かされたな」
 真っ赤に染まる、龍宝の顔。くっそ、かわいいじゃねえか。さすが鳴戸。見る目あるな。こんな美人を残してアイツは一体、何処ほっつき歩いてやがるんだ。横から掻っ攫っちまうぞ。
「す、すみませんっ……あの、埋め合わせは必ずどこかでしますから」
「まあ、いいさ。貴重なことも聞けたし……」

 させてもらったしな。キスもーらい。
 すまんな撫子。一瞬揺らいでしまった俺を許してくれ。

to be continued.
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