底知れぬ愛情
シャワーを浴び終わり、着てきたスーツに着替えると減ったと思っていなかった腹がなんとなく減ったような気がして、濡れ髪もそのままに鳴戸と共に下へと降りてレストランへ向かう。夕食を摂る時間のピークが過ぎた所為か、あまり人の姿はなく二人はカウンターへと腰掛け、目の前では美味そうに大きな肉や付け合わせが、香ばしいかおりを放ちじゅうじゅうと音を立てて焼かれている。
ますます腹が減るにおいと絵面だ。
しかし、なにを食べようか。今ならば何でも食べられそうな気がする。そう思い、暫し逡巡しているとさっさと鳴戸が勝手に注文を始めてしまう。
「サーロイン400グラムと600グラムね。ウェルダンで。後は肉に合う赤ワインでも見繕ってくれや。ボトルでな」
「お、親分そんなに食べるんですか? 600グラムも。身体に悪いですよ」
「いや? 俺は400。600はお前よ。若いんだから食べられるだろ。しっかり食って、肉付けろ」
訂正しようと思ったが、時遅く肉が目の前で調理され始めてしまうのに溜息を吐き、そして覚悟を決める。たくさん食べれば、部屋に帰った後もまた抱いてもらえるかもしれない。食べて体力をつけておくのもいいかもしれない。
肉が焼ける前にワインが運ばれてくる。これまた高そうなワインで、ボトルごと来たそれをゆっくりと味わいながらのどに通す。食事の前に酒はあまり飲みたくないが、先ほど散々啼いた所為かやけにのどが渇いている。
ペースを上げて飲んでいると、鳴戸に手をちょんと突かれた。
「ん、どうしました」
「ピッチ上げ過ぎじゃねえ? この後もあるんだから、ちょっとペース落として飲みな。肉ももうすぐに焼ける」
「この後……」
ごぐっと期待でのどが鳴る。
「そう、この後。未だ、足りねえだろ。少なくとも、俺は未だ全然満たされてねえけどな。お前は?」
「俺もです。親分と同じ。……また、シてくれますか」
「そのために肉を食うんじゃねえか。しっかり食って、この後に備えようぜ。今夜は眠らせねえぞ」
その言葉に、龍宝は頬を赤くしてこくんと頷く。
そうしているうち、焼かれた肉が目の前ですっすっと切られ皿に盛りつけられどんっと目の前に置かれる。
なんともいいにおいだ。肉の焼ける独特のにおいが鼻を掠り、ナイフとフォークを手に早速いただくことにする。
いい焼き加減の肉や、付け合わせは大いに龍宝の舌と腹を楽しませてくれ、夢中で肉に食らいつく。どうやら、思っていたよりも腹が減っていたらしい。
隣の鳴戸もがっついて食べており、相変わらずのその豪快な食べ方に苦笑してしまう。龍宝は作法を守りゆっくりとしかし確実に肉を消費してゆく。
「美味い……!」
「だろー? そう思って、ここのホテルにしたんだよ。お前にいいモン食わせたくてさ。かわいこちゃんはやっぱ、色艶良くなくちゃな」
「またそんなことを言って! かわいこちゃんじゃありません!」
「俺にはそう見えるんだから仕方ねえだろ。お前はとびきりの美人だから。ちったあ自覚持ちな」
「極道に美人もへったくれも無いでしょう?」
「そんなことはねえよ。少なくとも、俺はお前の顔も身体も、大好きだけどな。キレーでよお、身体も正直でかわいいし。それに強いしな。そう考えると、最強だなお前」
真顔で告白され、思わずのどに肉が詰まりそうなほどに驚くが、言葉を消化した途端、顔に血が集まってしまい、慌ててフォークを置いてワイングラスに手を伸ばし酒で肉を流し込む。
「その……額面通り、受け取っておきます。嘘は絶対に吐かない人ですからね、親分は。だったら、誉め言葉としてもらっておきます。……大好きって言ってくださって、嬉しい……」
はにかむと、鳴戸も笑みを浮かべてまた二人で肉に取っ組む。
この幸せな一時がいつまでも続けばいいのに、そう願わずにはいられないほどに幸福な食事は終わりを告げ、今度はバーに移動し鳴戸はロック、龍宝は水割りを頼んで景色のいい窓際で食後の一杯を楽しむ。
「外、きれいですね。灯りがすごい……」
「イタリアも、夜になると日本の灯りなんて比じゃねえくらい景色がいいぞ。いつか、お前にも見せてやりてえけど……叶えられそうにもねえや」
「だったら言わないでください。切なくなります。……でも、本当にまた行ってしまうんですね。淋しくなります」
「お前は大丈夫だよ。俺が言うんだ、間違いねえ。大丈夫だ」
龍宝は街の明かりが涙で滲むのを感じ、思わず手で目を押さえてしまう。
「大丈夫だなんてっ……今までの俺を見たことも無いのによくもそんな、そんなことっ……! 俺がどんな気持ちでいたかも知らない。何も知らない親分に言われたくないっ……!」
「龍宝、俺はな」
目頭を押さえたまま、龍宝は首を何度も横に振った。
「すみません、恨み節なんて言うつもりはなかったのに……ごめんなさい、忘れてください」
すんっと鼻を啜ると、右側に座っていた鳴戸の手が龍宝の右手を捉え、そして恋人繋ぎでぎゅっと握ってくる。
「なんかなあ、俺はお前に、随分酷なことしちまったみたいだな。死んだって騙したことに対してじゃねえ。こうやってさ、お前呼び出したことだよ。そんなことすれば、俺が大好きなお前のことだ。こうなることは分かっていたはずなのに、俺は自分の都合しか考えてなくって……すまなかった」
「いいえ、俺が悪いんです。親分は悪くない。ただ、少し気が緩んだのかもしれません。親分が生きていたことにも安堵しましたし、こうして以前のように接してくれていることに対しても、心が躍っているんだと思います。亡くなったと、思い込んでいましたから」
もう一度鼻を啜ると、さらに強く手が握られる。手の骨が折れてしまいそうなほどに握ってくる手を見つめ、視線を鳴戸へと移す。