世界はあなた独りだけ
電話越しにでも分かる、懐かしい鳴戸の声。思わず涙ぐんでしまうと、向こうからかすかに笑い声がしてすんっと鼻を啜り受話器を持ち直す。
「お前、今どこにいる? 出て来られるか」
「もちろんです。親分が呼ぶならどこへでも駆け付けます。親分こそ、どこにいるんです」
「ああ、俺は車ン中。二人っきりでな、逢いたいからよ、お前が家にいるなら迎えに行く」
ドキドキと心臓が高なる。二人っきりでということは、密会ということに繋がるのではないか。
すぐにでも自宅であるマンションの住所を言うと、電話はそこで切れ早速整容をサッと済ませスーツに着替える。
もしかして、ということがあるので家にある適当な保湿クリームをポケットに入れ部屋から出て階下を目指す。
心臓の高ぶりが止まない。
本当に鳴戸なのだろうか。確かにあのスクラップ工場跡で見た彼は眉間に大きな傷があり、暗がりでも分かるほどに今でも愛している精悍かつ整った顔の鳴戸だった。口ひげはたくわえていたものの、あれは間違いなく鳴戸だ。
愛する人に見間違いなどあるはずがない。
胸を躍らせつつ、マンションから出るとそこには一台の車が停まっており、屈んで中を覗き見るとスーツを着た間違いなく鳴戸が運転席に座っており、ガラス越しに目が合うと優しく笑んでくれる。
ぶわっと、心に喜びが拡がり目尻を湿らせながら助手席側のドアを開け、乱暴に乗り込み助手席を乗り越え運転席に向かってタックルするように、目の前の身体に抱きつき肩を揺らす。
「おやぶん、おやぶん、鳴戸おやぶんっ……!!」
「随分と熱烈な歓迎だな。……なんだ、泣くなよ」
「顔を、ちゃんと顔を見せてください。俺に、見せてっ……!」
顔を上げると、至近距離には間違いなく鳴戸の証である眉間の傷があり、口ひげもたくわえていない。以前の彼に間違いはなく、唇を震わせながら頬を両手で包み込みじっと穴が開くほど長い間、見つめる。
手に触れる頬の感触も、熱もにおいも何もかもが覚えている鳴戸で、まるで崩れるようにして手が頬から離れ、胸に拳を押し当てて身体を寄せる。
「おやぶんっ……逢いたかった、ずっと、ずっと逢いたかった。死んだものだとばかり、思ってっ……」
言葉の最後は涙で途切れ、スーツに掴まって涙を零すと鳴戸の両手が上がり優しく頭を撫でられる。
「ごめんな、龍宝。これにはいろいろ訳があんだよ。いいから離れな。二人きりになれるところに連れて行く。そこでゆっくり……な?」
「いやだ……いやです、離れたくない。離れたらまた、きっと何処かへ行ってしまう。もう、独りはいやですっ……!」
「こーら。聞き分けのない子はきらわれるぜ。ホテル、取ってあるからよ。そこ行って、ゆっくり……」
鳴戸の言葉を掬い上げるように龍宝は顔を上げ、無理やりキスに持ち込み力任せにぐりぐりと自身の唇を押しつけ、角度を変えつつ何度も口づける。
「ん、んっ……ふ、ふ、はっ……おや、ぶ……んんっ」
一度唇を離すと、今度はそれを追うように鳴戸から口づけてきて、まるで自分は大人だと言わんばかりに余裕のキスで翻弄してくる。
興奮し切っている龍宝を宥めるよう、ゆっくりと味わうように唇同士が何度も触れ合い、ちゅっちゅっとリップ音を立てて口づけられ、次第にその大人しくも柔らかなキスに蕩けさせられてしまい、頬を両手で包み込まれ、親指の腹で肌を撫でられつつ口づけは続いてゆく。
「ん、ん……ふっ、はっ、んんっ、んっ、ふっ……んんっんっ」
思わず小さく啼いてしまうと、のど奥で鳴戸が笑ったのが分かったが分かっただけに終わり、そのまましがみついていると小さく唇を舐められる。
つい昔の癖で口を大きく開いてしまうと、ぬるりと鳴戸の舌が咥内に入り込んできてナカを大きく舐められ、舌を絡め取られてぢゅっと音を立て唾液が啜り取られてゆく。
龍宝も負けじと鳴戸の舌に吸いつき、唾液を持って行ってのどに通すとふわっと鼻から鳴戸の味が上ってきてなんとも心地がいい。
そのまま積極的に舌を動かして鳴戸のモノと絡めながら柔く食んだり吸ったり舐めたりと、久方ぶりの口づけにすっかり夢中になってしまう。
ふっと唇が離れ、至近距離にある鳴戸の顔をじっと見つめてしまうと未だ手で包まれていた頬を親指の腹ですりすりと撫でられ、目の前にある顔がこれ以上なく優しく笑む。
「お前、ちーっと見ない間に美人になったなあ。キレーになった。頭がクラクラしちまうよ。ホント、いい男になったな」
「そんな……親分こそ、なんにも変わっていなくて安心しました。俺の記憶の中の親分がいて……嬉しっ……」
「だから泣くなって。美人が台無しになっちまう。キレーな顔してんだから、泣くのは止しな」
「だって……親分が忘れろなんて言うから……もう俺のことなんて、どうでもよくなったのかと」
すると、頬から手が外れその代わりにがっしりと背中に腕が回りしっかと抱き寄せられる。
ふわりと、鳴戸のにおいが鼻に掠る。懐かしい、鳴戸の持つ鳴戸だけのかおりにまた思わず涙してしまう。
「そのことだが、ちぃっとゆっくり話がしたくてな。お前が離れてくれねえとホテルに行くこともできやしねえんだが、離れてくれねえか」
「……何処にも、行きませんか? せめて、今晩……明日の朝まではあなたと一緒に居たい……」
「分かった。それまでは何処にも行かねえから。ほら、離れな。約束は守るのが男ってモンだ」
しぶしぶ離れると、額に一つ口づけが置かれもう一度ぎゅっと身体を抱かれると漸く腕が離れてゆき、改めて助手席に座り直すとエンジンがかけられ、徐に車が公道に乗る。
その鳴戸の横顔を、龍宝はまるで眩しいものでも見るように目を細め、口元に笑みを乗せて明日の朝までの時間を思うのだった。