にゃあと鳴けば恋

 鳴戸は、野良猫のような気質の人間だ。もしくは人間の姿はしているが、中身は丸きり猫なのかもしれない。
 自分の居心地のいいところをよく知っていて、一度気に入れば懐くようにしてそこばかりに集中するが、飽きるとまるでそんな場所など無かったかのようにプイッと何処かへ行ってしまう。
 そういう意味合いでの、猫というわけだ。
 しかも性質の悪いことに、飼い猫ならばずっとお気に入りの場所を自分の城としてい付いてくれるが、野良猫とくれば現金なもので一所にいられない性質なので、何か気に入らないことがあればどんなに気に入っていても出て行ってしまう。
 もしくは、仮に怪我をしたとして一度は弱みを見せても傷が癒えれば、すぐにでも出て行ってしまう。いくら引き留めようとも、自分の居場所はここではないと言わんばかりの態度で礼も言わずに、さっさと立ち去ってしまう。
 元来、鳴戸はそういった人間なので根本からの風来坊とでもいうのか、繋ぎ止めておく方が土台無理な話なのだ。
 野良猫は所詮、どれだけ世話をしてやろうとも野良猫。今の自分が気に入る場所を求めて彷徨い続け、いずれ生が尽きてゆくまで独りで生きていく、そういった生き物なのだ。
 野良猫に首輪をつけることはできない。
 鳴戸を縛ることは誰にも、何者にもできない。結局、そういうことなのだろうと思う。そして、そんな鳴戸に惚れてしまった龍宝もまた、鳴戸という野良猫に魅せられた人間の一人だ。強く、逞しくそして優しい鳴戸。
 好きになるのにそう大して時間がかかることもなく、自然にぐんぐんと惹かれてゆく自分を止められなかったというべきか、龍宝の気質もどちらかと言わずとも猫のようなものなので、鳴戸という居心地のいい人に惹かれてゆくのはまるで当然のことで、気づけばあっという間もなく惚れていた。
 しかし、惚れて幸せになれる人物と、惚れてはいけない人に惚れた不幸は裏表で、龍宝はその狭間で苦しんでいる最中だ。
 鳴戸と何かあれば幸福な気分になるし、ただの気紛れで鳴戸が女に傾いたりすれば妬けてしょうがない心を抱えて歯噛みしているしかない。
 ただ、大切にされていることだけは分かっているつもりだ。他の組員に言わせれば、よくもあの鳴戸の心をそこまで繋ぎ止めることができたもんだと、そういった直接的な言葉では聞かなかったが、ニュアンスではそんな感じだった。
 元々、鳴戸は情が深い人間なので鳴戸が大切に思った人間ならば、猫かわいがりして懐に仕舞い込んでしまうことは知っている。現に、仕舞い込まれていると思える。
 だが、なにしろ気紛れなので鳴戸が気にせず放った言葉で思った以上に心を抉られることもあれば、かわいがられ過ぎて惚れているという気持ちを持った龍宝にとって、逆にその気持ちが重たくなることもある。
 人間の気持ちとは、何と複雑なのだろう。
 常々、業の深い生き物だと思う。
 龍宝は隣で寝息を立てる鳴戸をじっと見つめ、一つ溜息を吐いて眠り込んでいる鳴戸の胸に頭を置き、そっと目を瞑り少し前からの出来事を思い出していた。
 最近の鳴戸のお気に入りは龍宝の自宅だ。
 というのも、それには訳があり体調でも優れなかったのか珍しく鳴戸が酒に酔い、このまま帰すのも気が引ける上、危なっかしいことこの上なかったので自宅に呼んだのが始まりだ。
 すると、どうやら龍宝の住まう部屋が存外気に入ってしまったらしい。その日から、龍宝を連れてバーをハシゴした後、女を抱くこともあまりしなくなり、その代わりに龍宝の住まう部屋へ訪れてはさらに酒をしこたま飲み、寝てしまうのだ。
 その際、最初のうちは鳴戸にベッドを貸してやり、龍宝は床へ布団を敷いて寝ていたがある日、ぐっすり眠り込んでいることをいいことに、こそっとベッドに潜り込んでもいやがられなかったことが嬉しくて、それ以来、龍宝と鳴戸は同衾して朝を迎えている。
 しかも朝になると何故か、鳴戸の腕はがっしりと龍宝の身体に回っておりある時などは、服まで剥かれて鳴戸もシャツを脱いでおり、二人とも上半身剥き出しの裸で寝ていたこともあった。
 何故そんなことになったのか、そういったことは実は何気に結構あることで、龍宝を女と間違えているのか何なのか、ある時など寝た時はベルトだけ緩めてカッターシャツにスラックス姿で眠っていたはずなのに、全部服が脱がされていて鳴戸の腕に囲われていることすらあったほどだ。
 温かな鳴戸の肌は心地よく、思わず嬉しさのあまり目尻を湿らせてしまった。好きな人の腕の中にいるという束の間の幸福に浸り切り、その日は一日中気分が浮足立ってしまって、事務所の人間に不審に思われたほどだ。
 またある時は、鳴戸までもが全裸でもちろん龍宝も剥かれており何か腹に当たると思って下を見ると、鳴戸のモノが勃起していたことまであった。龍宝を腕に抱きながら、勃たせていたのだ。
 単なる朝勃ちとは考えにくいほどに勃っていたあの時は一体、何だったのだろうと不思議に思うほど、鳴戸とはいろいろなことが実はあったのだ。
 そんな日々が数ヵ月続くと、今度は初めはただ一緒に眠れることが幸せだったはずなのだが、人間という生き物は欲深く、隣で無防備に眠られると幸せなはずなのに切なくなるのだ。こうして頼ってくれるのは嬉しいが、それと同時に自分の気持ちを抑え付けるのがひどくつらい。
 そういう意味で鳴戸を慕っている龍宝としては、いつ鳴戸がこのベッドから出て行ってしまうのか、そしてまた居心地のいい場所できっと眠るのだろうと考えると涙が滲む。
 切なくて、苦しくて胸が痛い。
 これがきっと恋をしているということなのだろう。恋してはならない人に恋した、龍宝の咎。
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