すきになったのは間違いじゃない

 こんがりと焼けたお菓子はそれは甘かったが、いやな甘さではなく焼き立てなのもあり、持っている手が若干熱いがそれもそれで、優しいたまごの味が嬉しい。外はサクッとしていて中はしっとり。食感も楽しい。
「親分、いい神社に来ましたね。あの人も優しいですし、いい雰囲気です、ここは」
「そうさなあ……菓子、美味ぇな。俺もう食っちまった」
 そう言って茶を啜る鳴戸の顔にも柔らかな笑みが浮かんでおり、龍宝は口をつけていない部分を千切り取り、鳴戸に手渡す。
「はい。まだ食べ足りないようなのでどうぞ」
「え、いいのかよ! もらっちゃうぜ? 後から惜しんだってだめだからな」
 その菓子はさっと引っ手繰られ、鳴戸の口に消える。すると、まだ食べ足りないようなのでなんだったら買ってきてもいいとベンチから立ち上がろうとしたところでまたしても、祢宜さんが盆を手にやってきて、その盆には追加で二つの桃山が乗っている。
「仲良きことは、美しきかなと言いますよね」
 そう言って立ち去ろうとする祢宜さんを、鳴戸が呼び止めた。
「なあ、なんでこんなに良くしてくれんの? 確かに金は多めに渡したけどよ」
「いえ、少し羨ましく思っただけですよ。あなたたちは男性同士ですが……強い絆で結ばれているように見えます。空気がね、温かなんですよあなたたちの傍だけ。それが、とても微笑ましくて美しくて……」
 その言葉に、龍宝は顔を赤らめるが鳴戸はまたしても大声で笑って誤魔化すように「まあな」とだけ言い、ふと思いついたように言葉を繋げた。
「ああそうだ、ここら辺になんか美味いもん食わせてくれる店ってねえ? 俺たち空きっ腹なんだよ。なんでもいいから、名物とかさ」
「名物……ではないですが、そうですね。神社から出て右側に走っていくとイチゴ狩りをさせてくれる場所があるんですが、その近くに『とらいち』というお蕎麦屋さんがあります。そこの蕎麦が絶品でして、私も足繁く通っているんです。今日は店は開いているでしょうからいかがでしょうか」
「蕎麦! いいねえ、ありがとさん。帰り道だから寄って帰るわ」
 その言葉に祢宜さんは笑んで頷き去ってゆく。
「龍宝聞いたか、蕎麦屋だってさ。帰り寄ろうぜ」
 実は龍宝は昨日、麺を食べたのだが余計なことは言わないに限る。
「いいですね、寄りましょうか。どうせ帰り道ですし」
「よしっ! 決まりっ! モツ煮があるといいなー」
 その言葉に少し笑った龍宝は、焼き立て菓子に手を伸ばし、頬張りながら空を眺めるのであった。
 そしてその帰り道。
 注意をして蕎麦屋を探すと確かに、イチゴ狩りの幟が立っている傍に小さな店構えながらも古くから営業しているようなそんな蕎麦屋の『とらいち』という看板を見つけ、バイクを駐車場へと停めて店内へ鳴戸と連れ立って入る。
 店の中に客の姿はなく、些か不安になるがそのまま適当な席へと腰掛けると、真っ白な割烹着を着た婆が茶とおしぼりを運んでやってくる。
「はい、いらっしゃいませ。外は寒かろうと思って、蕎麦茶淹れましたのでどうぞ。ご注文はお決まりになりましたら呼んでくださいな」
「ありがとよ、婆さん」
 そこで早速メニューを開くが何しろ年季が入ってボロボロだ。それを丁寧に捲りながら筆で書いたのだろう、メニューの品々の名前を見てゆく。
「あっ! モツ煮がある! 俺あれだ、天ざるそばとモツ煮とー」
「だったら俺はこれにします。鴨汁ざるそばと揚げ出し豆腐。後は……親分あとは?」
「枝豆とかでいいんじゃねえ? お前は」
 すると、先ほどの婆がやってきて「味噌田楽が美味しいですよ」と言い、先ほど鳴戸たちが並べ立てたメニューを紙に書きつけている。なんとも耳がよろしいことだ。
「んじゃ、それ頼むわ」
「はいはい。では、少々お待ちくださいね」
 婆が去ってゆくと、二人だけの空間が拡がり、熱い茶を一口飲むとどこかホッとすると思う。
「茶、美味いですね。身体が冷え切っちまってて」
「おう、婆さん気が利くな。俺も美味いと思って飲んでた」
 その後、暫く無言になり龍宝はじっと鳴戸を見ていた。不思議なものだと思う。こうして二人で小旅行に出かけて、縁結びの神社まで行き、菓子を振舞ってもらって土産も買い、帰り道には蕎麦を食う。
 まるで堅気だ。
 けれど悪い気はしない。どころか、今でも気分は高揚している。
「……おやぶん、未だツーリングは終わってませんが……楽しかったです。ありがとうございました」
「なんだい、急に改まっちまって。なに、こっちこそすんげえ楽しかったし。いいってことよ。やっぱあれだな、お前と出かけるのは楽しい。かわいいもんなー、お前」
 そう言って手を伸ばして頬を撫でられ、思わず赤面してしまう龍宝だ。
「よ、止してください。俺はかわいくなんかっ」
「かわいいよ、お前は。かわいい、かわいい」
 その後、また会話が途切れ二人が茶を啜るささやかな音が店内に音を作り、奥では蕎麦を茹でているのだろう、調理する音が聞こえるだけだ。
 贅沢な時間だ。
 今日がバレンタインデーだということをすっかり忘れていた龍宝だったが、思い出したことにより急な羞恥が襲ってきて顔を赤くしていると、またしても鳴戸の手が伸びてきてさらさらと手の甲で赤く染まった頬を撫でられる。
「ははは、なに想ってた? 顔が真っ赤だぞ。ほっぺたがりんごみてえになってる」
「いえ、今日はバレンタインだなと。親分とそんな日にこういった時間が過ごせて、その……幸せだなあと」
「そうだぜ? 俺たちは幸せだと思わねえと。何しろ、一生を共にしたい相手に巡り合えたんだからな。お前は知らねえが、少なくとも俺はそう思ってる」
「お、俺も……そう、想ってます」
 自然、二人は手を繋ぎ合って顔を見合わせ、そして笑い合う。
 そうしたところで注文していた料理が次々と運ばれてきて、そのどれもに舌鼓を打つ二人だ。
 何しろ、どれを食べても絶品に美味い。
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