愛を噛む

 これは、なにかがあった。
 龍宝の直感が告げている。鳴戸の龍宝への気持ちを脅かす何かが、きっとさっき別れた後あったに違いない。
 だが、どうやって聞き出せばいいのか。何しろ相手は鳴戸。どう考えても引っ掛けは通用しないだろうし、真正面からぶつかることでしか分からない何かもある。
 龍宝は後者を取り、握られた手首を掴んでる手に自身の手を重ね合わせぎゅっと握る。鳴戸が好きだと言ってくれた滅多に浮かべない笑みを無理やりに浮かべ、さらに手をきつく握りしめる。
「俺は……親分が傍にいてもいいと言ってくれるのならば、ずっといます。傍に、いるつもりです。もし親分が俺を要らないと言ったら……」
「止めろ、聞きたくねえ。それ以上喋んな」
「言わなければ、なにも伝わりません。だから言います。ちゃんと聞いてください。親分が要らないと言っても、俺は傍にいるつもりです。だって俺は親分が、親分のことが……すっ……んんっ」
 言葉は鳴戸の口のナカへと消え、初めての告白は失敗に終わった代わりに情熱的な口づけが降ってきて、思わず息を乱してしまう。
「ん、んっ……んは、んっんっ、は、はあっ……はっはっ、んむ」
 鳴戸の両手は龍宝の手を振り解き、頬を両手で包まれてさらに濃厚なものを強いてくる。鳴戸の手が熱い所為で、顔全体が火照ってくるようだ。熱の伝導が激しい。
 だが、今はこの熱が恋しいと思う。龍宝も腕を持ち上げ鳴戸の手に両手を重ね合わせ握る。
 するとかなりの力をかけて頬を包まれ、顔の骨が軋むようだ。今夜の鳴戸はやはり、いつもの鳴戸ではない。誰か他人が乗り移った、とは考えにくいというか考えられない。
 だとすれば、何故こんなに激情に身を任せて迫ってくるのだろう。今夜は訳の分からないことだらけだ。大体、思えば下っ端の運転する車の中でもおかしかった。
 いつも他人がいる時はもっとドライに接してくるのに、今日はやたら絡みたがっていたしキスまでしてしまった。下っ端とはいえ人に関係が知られるのはまずいと鳴戸だって知っているはず。
 何故なんだろう。
 疑問が龍宝の頭を占める。
 そうしたところで徐に鳴戸が角度を変えて再度口づけてきたと思ったら、下唇に歯が当たりなにかと思う間もなくぶちっという肉が破れる音と共に激痛が走りじゅわっと咥内に鉄の味が拡がる。
 噛まれたのだと気づいたのは一瞬後で、溢れてくる血液を痛いくらいに吸いついて奪われてゆく。
「んんっ! んっんっんー!! うううっ、ふっ……ふっうっ……」
 痛くてたまらず、頭を振って逃げようとするが許されずさらに傷口を抉るように舌先を使って細かく肉を揺らしてきて、さらに量を増す血を吸い取り味わうようにしてのどに通しているようだ。
 こんなことをされたのも、今日で初めてだ。
 いつもの鳴戸は龍宝に対しそういった暴力的な行為に出ることは一度もなく、甘やかすだけ甘やかしてもらっていただけにこの仕打ちは些かきついものがある。
 悲しくなり、思わず瞳に涙を浮かせて口づけの最中、ずずっと鼻を啜ると勢いよく顔から手が離され、弾かれるようにしてベッドに転がされてしまい、あまりに激しい口づけの所為で上がる息を整えつつ、鳴戸を見るとそれは自分が傷を受けたような、そんな悲しい表情を浮かべており、傷口から血が流れ出てぽたぽたとシーツの上に真っ赤な血のシミができる。
「龍宝……」
 鳴戸の手が伸びるが、その手は硬く握られてしまい力なくベッドの上に落ちる。
「……すまん。痛かったろ」
 その言葉に、龍宝は努めて明るい笑顔を見せ首を大きく横に振る。
「いえ、このくらいなんでもないです。それより、俺はこんな傷程度で親分が去ってしまう方が悲しい。傷つけたいなら、傷つけてください。簡単に壊れてしまうほど、俺はか弱くないです。だから、その顔を止めてください。俺の方が、悲しくなってしまう……。親分には、笑顔が似合います」
「……龍宝っ……」
 降ろされていた腕が上がり、その手が頬を包み込もうとしたところだった。つい反射でビグッと身体が跳ねてしまい、手がそのままの位置で止まる。
「あ……だ、大丈夫です。あの、手で頬に触りたかったんですよね? どうぞ、触ってください。俺は親分のですから」
 自分から進んで止まっている手を取り、頬へと押し当てるとその手は外れてしまい、強く握られる。もうだめなのかもしれないと諦めかけた時だった。
 鳴戸の眼に強い光が宿ったと思ったら腕を引かれ、また腕の中に逆戻りしてしまい息をするのもつらいくらいにきつく抱きしめられ、鳴戸は肩で息をしながらなにかをこらえているようだった。
 問えば答えるのだろうか。
 だが、それをしたら何故か最後のような気がして、龍宝も腕を持ち上げて鳴戸の背に腕を回してシャツを掴み抱擁に溺れる。
 そしてそのままそのシャツを下に引くとずるりと肩からカッターシャツが鳴戸の肩から落ち、半裸の背中に腕を回す。
 やはり、背中も同じように熱くそして湿っている。
 首を横へと傾け、擦り寄るとますますきつく抱かれてしまい息をするのが苦しい。思わず唇を噛み締めると、噛み傷から血が溢れ出し、それは龍宝のあごを伝って鳴戸の肩に流れそのまま背を滑ってゆく。
 暗がりながら、何とも鮮烈な光景だ。
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