イバラの愛は許された

 ホテルのキーには飾り兼、部屋番号が書いてある透明な長方形のチャームがついており、そこには『608』と印字されてあった。ということは部屋は六階にある。
 エレベーターに向かい『6』という数字を押すと四角い箱が動き出す。あっという間に六階に到着した龍宝の足は迷わず『608』号室に向かい、キーを使って扉を開けて中へと入る。
 灯りをつけるとなんとも解放的な空間が広がっており、清潔そうな室内に暫く呆けて突っ立っていると、ベッドが目に入った。
 今夜は、あのベッドで愛されたい。
 首を下へと落とす。愛とはなんという浅ましいものなのだろう。
 気を取り直し、一度ベッドへと仰向けに寝転がる。目の前では煌々と灯りが光を放っており、少々目に痛いくらいだ。
 思い切って起き上がり、バスルームへ向かいスーツを脱ぎ始める。その手はかすかに震えていて、手を重ねてぎゅっと握る。
 もう決めたことなのだから、いい加減覚悟を決めねばならない。随分、情けないと思う。こんなに自身は臆病だっただろうか。
 振り切るよう、服をすべて脱ぎ捨てて全裸になり浴室への扉を潜った。頭から思い切りシャワーを浴びると、少し冷静になってくる。湯は温かく、龍宝の身体をあっという間に濡らしてしまう。
「なにを、やってんだか……」
 思わず独り言が漏れる。本当に、何をやっているのだろう。拒絶されてハイ終わりなんてことも充分に考えられる。そちらの可能性の方が大きいというのに、女のように抱かれる準備までして何がしたいのか。
 今なら、未だ引き返せる。
 一瞬そう思ったが、龍宝はそうしなかった。
 シャンプーを手に取り頭を洗い、リンスでケアしてからボディーソープで念入りに身体を洗ってゆく。特に、男同士で必ず使うアナル付近はしっかりと清める。
 そこでもまた、溜息が出てしまう。迷いと混乱、期待が入り混じった感情が頭の中でぐるぐると回る。
 その考えを振り切るよう、シャワーで泡を洗い流しバスタオルで身体の水気を切り、そして腰にタオルを巻いてバスルームから出る。
 その足は一直線にベッドへと向かい、少し考えた後、バスタオルを取り去って全裸のまま掛け布団を捲ってベッドへと潜り込む。
 灯りは、消しておいた。
 せめて女と思って抱いてくれれば。そう考えてのことだ。もちろん、布団を捲れば龍宝だとすぐに分かるだろう。だとしても、ギリギリまで騙されていて欲しい。
 ベッドの中は冷たく、初めは仰向けに寝転んでいたが悪い考えしか思い浮かばないので、体勢を変えて横向きに寝転がると既に龍宝の体温で布団が温かくなっていることに気づいた。二つあるうちの枕の一つに頭を置いていたが、もぞもぞと中へと潜りすっぽりと布団をかぶってしまう。
 もうすぐここに、鳴戸が来る。女を抱きに来る。
 ごそごそと身体を動かし、横になったりうつ伏せになったり仰向けになったりと、緊張をそうやって誤魔化していると、徐に扉がコンコンと硬い音を立てた。
 ノックの音だ。
 だが、龍宝は返事をせずに布団にくるまっているとガチャッと音を立てて扉が開かれる。
「ん? おーい、部屋の灯りはどうした。んな暗いところで」
 鳴戸の足音がだんだんと近づいてくる。緊張のあまり、シーツを硬く握ってしまうとがばっと、掛け布団が勢いよく捲られる。
 そこで見開かれる、鳴戸の大きな目。
 龍宝は黙ったまま鳴戸の方へとごそっと音を立てて身体を向け、露わになった上半身を鳴戸がじっと見つめているのを感じながら、そのまま寝転がる。
 一向に鳴戸が動く気配がない。驚いているのだろう。それはそうだ。女だと思っていたのが、男の龍宝だったのだから。しかも、子分の身分。
 全裸の龍宝になにを感じ取ったかは分からないが、しかし、もはや龍宝の気持ちはしっかりと固まっており、臆することなく両腕を伸ばして鳴戸の首を引き寄せつつ、耳元で囁く。
「抱いて、ください……」
 ピクッと、鳴戸の身体が少しだけ跳ねると同時に、鳴戸自らスーツを脱ぎ捨ててベッドへと乗り上がってくる。龍宝は手を使ってネクタイを解き、放ってカッターシャツのボタンを上から外してゆく。
 その間にも鳴戸の手は龍宝の肌を這い、その熱い手のひらの感触に思わず身を震わせてしまう。
「はっ……あ。おや、ぶん……」
 裸になった鳴戸の上半身は逞しく、胸板が厚い。その胸へと手のひらをくっ付ける。熱いと思う。そのまま腹の方まで手を滑らせるとそれはいけなかったのか、制止するように手首を握ってきて、やはりだめなのかと諦めかけた時だった。
 そのまま手を引かれたと思ったら、近づいてくる鳴戸の顔がありゼロの距離で唇に柔らかで湿った感触が拡がる。
「んっ……」
 初めはなにをされているのか分からず、ぴきっと固まってしまった龍宝だったが小さく唇を何度も舐められるその濡れた柔らかいものの正体が舌と知ると、反射で口を開いてしまった。すると、ぬるっと咥内に湿った温かいものが入り込んできて思わず舌を縮めてしまうと、それごと絡め取られて何度も大きく舐められる。
 まさか、鳴戸からキスされてしまうとは。
 感激のあまり、泣き出しそうなほどの悦びが背を突き抜け、必死になって鳴戸の刺青を背負っている背に手を伸ばし抱きつきながら口づけに応える。
 自分からも積極的に舌を動かし、鳴戸の味を堪能する。酒くさいが、どこか香ばしくそして甘い。夢中になって口づけを愉しんでいると、鳴戸の手が身体中に這い始める。
「はっ、あっ……んん、んあっ……」
 肌の感触を愉しむように手が動き、その動きにもしっかり感じてしまう自分が何処か怖く、そして嬉しかった。例え前戯だけで終わるとしても、今この時の鳴戸は龍宝だけのものだ。
 悦びを感じないわけがない。
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