ナンセンス・シークレット

 龍宝は両手で顔を覆い、熱くなった顔を隠すようにしてしゃがみ込む。
「反則ですよ、おやぶんっ……!」
 だんだんと勃ってくる自身を感じながらしゃがんでいたが、キリがないと勢いよく立ち上がり浴室に入り、頭から熱いシャワーを思い切り浴びる。
 そういえば、今日は少し蒸していた。汗をかいた身体で抱かれるのは少し、抵抗がある。そう前に鳴戸に言ったことがあるが、平気な顔をして言い返された。
「んなことしちまったら、お前のにおいが消えちまうじゃねえか。シャワー浴びるとかそんな勿体ねえことするんじゃねえ」
 こう言われてしまったが、やはり男の汗くささというのは不潔感があってどうにもいけない。だが、相手が鳴戸だった場合、きっと龍宝も同じことを言うのだろうと思う。
 鳴戸のにおいが消えてしまうのは淋しいと、表現や言い方は違えど互いのにおいが気に入っているのが確かならば、鳴戸はきっと残念がるだろう。
 熱いシャワーを浴びたままベッドに入れば、きっとにおいも元通りになるはず。そう思い、敢えて身体を石鹸などで清めることは遠慮しておいた。
 ざっと汗が流せればそれでいい。
 浴室から出て、バスタオルで身体の水分を取ると随分さっぱりした気がする。そのタオルを腰に巻き、スリッパを突っかけてベッドまで行き掛け布団を捲って寝転がる。
 横向きに寝転がり、夜景を眺めながら過去がなんとなく頭に蘇ってくるのを感じ、目を瞑って振り返ってみることにした。
 そういえば、こういった関係になったのもかなり唐突で、いきなりだった。
 あの日の夜は二月も中旬の、未だ寒さ厳しい日で鳴戸が珍しくバーではなく、龍宝を小料理屋に誘ってきたのだ。
 なんでも、最近になってお気に入りになった店らしく騒がしいところが苦手な龍宝にはうってつけだからと、半ば強引に連れて行かれた店はそれは昔ながらのといった感じだが、今風の要素も所々見受けられ、なかなかいい感じの店だった。
 カウンターへ案内されると、勝手に鳴戸が料理すべてを選んでしまい、酒までも龍宝に決めさせず、戸惑っていると熱燗に猪口がテーブルに置かれ、女将を見ると優しそうな中年の女性でなんとなくホッとするような笑顔が印象的で、他に客もいたがうるさいわけでもなく、いい店だと記憶している。
「あ、親分まずは、一杯」
「悪いねえ、んじゃ頼もうか」
 猪口に酒を満たすと、鳴戸が勝手に徳利を手にして龍宝の猪口にも酒を満たしてしまう。ささやかな乾杯だ。
 酒はまろやかな味わいで、特に辛くもなく龍宝が好む味だった。
 こういったところにあまり入らない龍宝にとっては何もかもが新鮮で、ゆっくりと食べ進め美味い料理に舌鼓を打ち、酒を楽しんでいると何故そんな話運びになったのか、女の好みの話になった。
 すると女将は察したのか、奥へと引っ込んでしまいカウンターには鳴戸と龍宝二人きりになり、徐に鳴戸が猪口を傾けた。
「お前って女の話とかしねえけど、好みとかあんのか?」
「好み……。まあ、特に好みは無いですが俺に殺意が無ければそれで」
「っかー! つまんないことを言う男だねえお前は! それじゃモテねえぞ。って、お前はあれか、キレーな顔してるもんな。逆に女が放っておかねえか」
「それじゃあ、そのままそっくりお返しいたしますが親分はどんな女がお好みで?」
「俺か? そうさなあ……超絶美人って言いたいところだが、あれかな、床上手でそこそこ美人ならまあまあってとこか。俺は女には優しいんだよ」
「床上手で、そこそこ美人……どこでもいますよ、そんな女」
「言うねえ。さすがモテる男は違うわな」
「親分だってモテるでしょう。知ってますよ、俺は。親分の女になりたいって女が山ほどいること」
「でもな、どうしても抱けないヤツもいる。俺がどれだけ頑張っても、抱けないってヤツがさ」
 そう言って、手酌で猪口に酒を満たし鳴戸がぐいっと酒を煽る。
「親分にでもいるんですね、そんな人。まるで信じられませんけど。というか、奪ってやればいいんですよ、強引にでも。親分に誘われればいやなんて言うヤツ、いるとも思えませんけど」
 すると鳴戸は苦笑を浮かべ、自嘲気味な笑みに変わり下を向いてしまった。
「おやぶん……?」
「そっか、お前はそう言うんだな。……強引に、奪っちまえ、か」
 下に向けていた顔を龍宝に向けると、その顔はかなり真剣でまるで酔っている風ではない。何かいけないことでも言ってしまったのだろうか。
 内心、焦っていると信じられない言葉が鳴戸の口から飛び出した。
「俺はお前なら抱けるぜ」
「え……?」
「いや、言い方が違うな。俺が抱きたくても抱けねえ相手ってのは龍宝、お前だ。俺はお前を抱いてみてえ」
「御冗談を……」
「冗談に聞こえるか? 今の俺の言葉が」
 龍宝は顔に血が上ってゆくのが分かりながら、手に持っていた猪口を傾けてのどに酒を流し込む。
 冗談じゃないとしたら、だったら一体なんなのか。
 答えは分かっているがこれが本当の鳴戸の気持ちなのか確認しておく必要がある。そうやって理性はストップをかけたがるが、結局のところ龍宝から出た言葉はこれだった。
「だったら、抱いてみます? 本気で。俺も冗談で言ってるんじゃじゃないですよ。ちゃんと、考えて言ってます」
「……いいのか。お前、俺にめちゃくちゃにされるかもしれないんだぜ」
「構いません。親分にめちゃくちゃにされたいです。俺の叶わない望みが、今まさに叶おうとしているんですから、親分のお好きになさってください。俺はそれに、従います」
 それから、秘密の関係が始まった。
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