うたかた物語

 大寒と呼ばれる、冬の中で最も過酷なそんな凍えてしまいそうなある日のことだった。
 龍宝は鳴戸と小料理屋『寅のれん』で熱燗と共に温かな夕食を囲み、女将も交えて楽しい時を過ごしたのだが、外へと出るといつの間にこんなに天候が荒れたのか、外はすっかりと吹雪になっており、鳴戸と二人で慌てて車へと逃げるように乗り込む。
 その間にも、二人のコートには雪がびっしりと張り付き布地を濡らす。
「うー! すっげえ寒い!! おい龍宝、早くお前の家行こうぜ。こりゃたまらねえや。てか、いつからこんなになった?」
 鳴戸の鼻は少しだけ赤く染まっており、龍宝も身を縮めながら運転席へと乗り込み、早速エンジンをかける。そして暖房を入れるが車内全体が温まるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「知りませんよ、俺が知りたいくらいです。寒いっ……!」
 早速、アクセルを踏み車を発進させて公道へと乗り、一路自宅を目指す。
 その間にも、雪はフロントガラスに絶え間なく当たっては弾け、ワイパーを激しく動かしながら道を進む。
「なあ、部屋に着いたらよお、あったけえもん飲まねえ? お前んちなんか酒ある?」
「酒……ありますけど、それよりも俺は熱い風呂に入りたいです。温まるならその方法が一番手っ取り早いかと」
「ふーん、風呂ねえ。……一緒に入るか?」
 その言葉に、龍宝は顔を赤らめた。確かに、鳴戸には身体のそこかしこを見られてはいるし既に暴かれてはいるが、改めて一緒に風呂に入るとなると何故だか恥ずかしい。
「いえ……独りずつでいいのでは? その方がゆっくり入れますよ。一番風呂は親分にお譲りしますから」
「お前、照れてんな? べつに今さら裸がどうとかどうでもいいだろ。お前の身体のことなんて隅から隅まで知ってるよ。たまにはいいだろ、お前んちの風呂の湯舟、デカいし」
「そ、そういう問題でもなく……! だったら、酒飲みましょうか。ホットウイスキーなんてどうです?」
 どうにかして、風呂の話題を消さねば。恥ずかし死んでしまう。明るいところでまじまじと身体なんて見られようものなら、羞恥で死ねそうだ。
 何度も鳴戸とセックスはしているが、龍宝のおねがいというわけでいつも暗がりで服を脱ぎ、ベッドに入るようにしている。理由は簡単、恥ずかしいのだ。女と違って胸も無ければ股間にはペニスがついているし、アナルを見られるのも恥ずかしい。
 ついでに言えば、腋毛もあればすね毛もあるのでいろいろ考えてもやはり、一緒に風呂は無理だ。
 シャワーを浴びている間も、何度も襲撃に遭っているが何とか死守して鳴戸には控えてもらっている。それが現状だ。
 というのも、明らかに男の身体というものを見せたくないのだ、龍宝は。自分が男であることを恥じたことは無いが、鳴戸と所謂、こういった関係になって思うのがやはり、女には負けるということだ。柔らかい身体を持っているわけでもない、鍛えてあるので筋肉はついているし、一般的な男の身体ではないくらいに鍛え上げてある龍宝の身体は男性的魅力には溢れていると自負できるが、それが鳴戸にとって気に入ってもらえるかはまた、別問題だと思っている。
 鳴戸に好かれる身体つきではない。自信が無いのだ。実際、鳴戸が龍宝の身体を目の前にして失望したりしやしないか、それが怖い。
 男の自分を受け入れてくれた鳴戸をつまらないところで失望させたくない、それが一番大きな理由かもしれない。
 いつもきれいな自分を見ていてもらいたいと思っているのだが、そうはいかないことも多々ある。そのたびに、きらわれやしないかだとかそういったことがついて回る。
 恋人同士と言っても憚りない関係でいながらも、何処か龍宝は自分に負い目を感じていた。それはきっと、鳴戸といる限りずっとついて回る問題なのだろう。
 女になりたいとは思わないが、一種のコンプレックスは感じる。
 龍宝は大きく溜息を吐き、憂いを含んだその吐息に鳴戸が片眉を上げたのが分かった。
「そんなにいやか? 俺と風呂入んの。気持ち悪ぃ?」
 その問いに、龍宝は答えられなかった。実際、気持ちが悪いと思うのは鳴戸ではないか。どうしてもそう思ってしまう。
 その後、車中は無言になりボタン雪を掻き分けながら車を進ませるのであった。
 自宅マンションの駐車場へと到着し、エンジンを切ると同時にいきなりだった。シートベルトを外した鳴戸が思い切り運転席側に倒れてきて、重力のままに龍宝の身体が下へ沈むと頬を両手で包み込まれ、ずいっと鳴戸の顔が近づいてくる。
「おっ、おやぶっ……んっ! んんっん! ちょ、んっ!!」
 何かと思う間もなく、唇が熱いもので塞がれてしまいその柔らかで湿った感触に思わず目を瞑ると、触れるだけの口づけを何度も施される。温かいキスだ。
「んっ……んん、ンッ……ふっ、おや、ぶ……」
 すいっと唇が離れ、そっと目を開けるとそこには切なげな笑みを浮かべた鳴戸の顔が目の前にあり、思わず名を呼んでしまう。
「鳴戸、おやぶん……?」
「やっぱ、だめなんかなあ……もっとお前の中、入って行きたいって思っても男の俺じゃ、限界があるのかもな。男と女でしか分からないものが、あるのかもしれねえって、思う。こういうお前見てると」
「こういう、俺……?」
「一緒風呂すらも断られるとさ、やっぱあれなんかなって。男同士ってのはやっぱり、ハードル高ぇかなと思うわけだ」
 黙ってしまうと、鳴戸はさらに表情を悲しそうなものに変え、徐に龍宝から離れて車から出て行ってしまう。
 なにも言えず、鳴戸の後を追うようにして車から出て、雪の中自室を目指す龍宝だった。
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