夜月の花

 真夏の夜空に華が咲く。
 今日は花火大会が開催される。その日に託けてではないが、龍宝には鳴戸に言わなければならないことが一つだけあった。
 人には、言っていいことと悪いことがある。けれど、それらは表と裏のように何処かで繋がっていて、どちらかを選ばなければならないことがあるのだ。
 言えば、困らせる。けれど、言わなければ鳴戸に悪いことをしてしまう。自分の勘違いならば、今日のことは笑って忘れればいい。
 笑えれば、の話だが。そして、忘れられればの話にもなる。
 今までの人生の中で人をそういう意味合いで好きになったり、愛したことが無い龍宝にとって、いま抱えている問題は些か荷が重すぎる。
 どうしていいか、まったく分からない。どう鳴戸に言い出そうか。龍宝が発した言葉により、鳴戸は一体どんな顔をするのだろう。
 怖い。
 恐ろしいが、曖昧なままではいられない。それが、どちらにとっても良くないことだと分かるからだ。経験がない龍宝でも、それは何故か分かる。
 今夜、なにもかもに決着をつけよう。
 それですべてが明らかになったとしても、納得できる気がする。予感めいた衝動が龍宝を突き動かし、鳴戸組組事務所の二階へと向かう。
 襖は閉まっており、階段を上がり切ったところで「鳴戸おやぶん?」そう声をかけるが返事はなく、そっと襖を開けて見るとなんと、呑気にも仰向けで寝入っており、どうやらぐっすりの様子だ。
 足音を立てないようそろりと傍へと寄り、かなり近いところまで迫り正座をしてじっと眠っている鳴戸を見つめる。
 その眼は鳴戸の半開きの口に行き当たり、かなり血色がいいそれは赤々としていてまるで高熱でも発しているような色艶だった。
 あの唇が、自身の唇に押し当たった。何の前触れもなく、突然触れられた。その時の柔らかで温かな感触を思い出し、つい自身の唇に手を当ててしまう。
 あんな風に自分の中の何かを奪われたのは初めてのことで、それは驚いた。だが、どこかでしっくりきている自分もいて、鳴戸はそのまま離れていったが本当は、離れて欲しくなかった。
 蓋をしていた感情が溢れ出てくるようなあの口づけは一体、なんだったのだろう。
 思わず手を伸ばし、鳴戸に触れようとしたその直前。ぱちっと開いた大きな眼は龍宝を捉えた途端、弧を描きすぐに手を引っ込めると今度こそ、笑い声を上げた。
「なぁんだよ、寝てるトコじーっと見やがって。起きちまったじゃねえか。寝込み襲うのはよくないぜ」
「そ、そんなつもりじゃっ……!」
「まあ、いいけどよ。いま何時だ? あー、眠たい」
 大きく伸びながらそう問われ、腕時計を見て時刻を確認する。
「三時過ぎですね。もうすぐ半になります。あの、親分。今日……花火大会があるって知ってましたか?」
「ああ、あるみてえだな。若いもんに見回らせてる。なんだ、お前も知ってたのか」
 その言葉に、首を傾げる。どういう意味なのだろう。
「いや、さ。花火って夏だけじゃねえ? だから、景色のいいところでさ、二人で花火見ようって誘おうかと思っててよ」
「それは奇遇ですね。俺も親分を誘おうと思ってたんです。……二人きりで、見たくて」
 少し他意を含めた言い方をすると、僅かに鳴戸の眼が見開かれるがすぐに元に戻り、また弧を描く。
「んじゃ、今のうちにちょい腹ごしらえしとくか。う〜ん、定食屋行かねえ? 俺さ、昼も食いそびれてんだよな。お前待ってたんだけど、なかなか来ねえから」
「ちょっと……迷ってまして」
 黙る鳴戸。思わず俯けていた顔を上げると、そこには至って真剣な表情を浮かべた鳴戸が起きた時の体勢のまま寝転がっており、黙ったままのそれに何となく生唾を飲み込んでしまう。
「あ、じゃあ……なにか食べに行きましょうか。俺も昼、軽くしか食べていないので。腹膨らませてから行きましょうか」
「ん、行くか。ちょい、起こしてくんね?」
 先に立ち上がった龍宝に鳴戸は手を伸ばしてきて、その手を取るといきなり思い切り引かれてしまい、予想だにしなかったその行動に受け身すら取れず、鳴戸の上に乗っかる形で顔を上げると至近距離に鳴戸の顔があり、口角が上がったと思ったら片手が身体に回る。
「……おやぶん……? あの」
「はあーあ。切ねえなあ、こういうの。らしくねえって分かってんのに」
「おやぶんっ……」
 これ以上、喋って欲しくなかった龍宝は口を塞ぐつもりで鳴戸に抱きつく。すると、力強く抱き返され、その熱い抱擁につい甘美な吐息をついてしまう。
「勘違い、させてえのかな?」
「……そう思いますか、親分は。今の時間が、勘違いだと思われますか?」
「どういう、意味だ」
「どうもこうも、抱擁には一つしか意味なんて無いでしょう? 親分もそのつもりで俺をこうして抱いているんじゃないんですか?」
「それは……」
「さ、俺は腹が減りました。親分も減ったでしょう? いつもの定食屋でいいですよね? 出かけましょう」
「ガキのクセに、誤魔化すのが上手いのね」
 その言葉に返事はせず、緩んだ鳴戸の腕の中から抜け出した龍宝はそのまま階下へと降りる。その顔は、色みがかった紅葉の葉のように真っ赤だ。
 鳴戸は、それを知らない。寧ろ、知らない方がいい。簡単に気持ちを見せてはいけない。意地とかではなく、未だどこかで信じ切れていないのだ。
 鳴戸が自身を好きだということを。
 信じたら負ける。
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