世界の終点

 午後の潮風は心地よく、陽も穏やかに照っていて暑くも寒くもない陽気に、つい上を向いてしまい一度大きく伸びをする。
「そういえば、お前もスーツだな。ま、俺もだけど。バカンスに来るならもっと弾けた格好の方がよかったか?」
「いえ、俺はスーツとバイクに乗る時の服以外持ってないんで。それに、弾けた格好は似合わないんですよね。スーツが一番着慣れていて楽です」
「やっぱお前もそうか。俺もスーツが手放せねえな。極道の性ってやつかね」
「似合っている服装が一番です」
 さくさくと細かい砂を踏みながらそのまま何気ない話をしながら歩いていると、ふと手が気になった。鳴戸の手を見ると、ちょうど龍宝側が空いており、顔を赤くしながら俯き手の甲をこつんこつんと鳴戸の手に当ててみる。
「ん? 何だ龍宝、手がどうした」
 言えやしない。手が繋ぎたいとは。思わず言い淀んで顔を赤くすると、どうやら得心がいったらしい鳴戸が力強くぎゅっと手を握ってくれる。
 思わず顔を上げて鳴戸を見るとその顔は優しく笑んでおり、繋いだ手を少し上げてみせてくれる。どうやら、意図は伝わったらしい。
 誰にも見せたことのない、満面の笑みになった龍宝は頬を染めながら鳴戸の手を握り返し、寄り添うように歩き出す。
 しかし、熱い手だ。体温の低い龍宝の方へと流れ込んでくるその熱に、笑みは深くなるばかりだ。
 少し照れくさいが、なんとも心地がいい。潮風も、空の色も、そして鳴戸の体温もなにもかもが龍宝を祝福してくれているようだ。
 そのまま手を繋いだまま歩いていると、前方に人影が見えたためそっと手が離れてゆく。それを惜しみつつ歩き進めてゆくと、未だ年若いやんちゃな年頃の青年たちの集団と行き違いどうやら酔っ払っているらしい。
 なんと命知らずなことに、龍宝たちに絡み始めたのだ。
「なんだあ? 男二人でこんなとこ歩いちゃって。デキてやがんのか? おにーちゃんたちよお」
「行きましょう、親分」
「親分! 親分って、どの親分? ボクたちおホモだちってか?」
 けたけたと笑いものにされ、元々気の長くない龍宝があっという間にブチギレてしまい、五人いた若者を数秒も経たぬうちに砂浜とお友達にさせ、鳴戸のスーツの袖を引く。
「この方をばかにするのは俺が許さん。頭の悪い、チンピラが。浮かれてんじゃねえ」
「ほー! やるねえ、さすが俺の龍宝。堅気相手でも容赦ねえ」
「……親分、手、手を……」
「はいはい、手ね。まったく、鳴戸組の宝さんは純情なのか凶暴なのか」
「あんなやつらのことは忘れましょう。それより俺は、親分と海が見たい」
「ちょっと、座るか」
「こいつらとは離れた所へ行きましょう。気分が悪い」
「怖ぇ怖ぇ。んじゃあ、もう少し歩くか」
 頷くと、鳴戸が笑みを浮かべながら手を差し出してくる。大きく武骨な手だ。その手を迷わず取って握り、並んで再び歩き出す。
「気持ちイイですね、潮風。こんな風にゆっくりとこうして歩いたことなんてないので、とても新鮮です。それに、おやぶんも、いてくれて……嬉しいです」
「おお、いいもんだよな。俺も穏やかな気分だぜ。お前じゃないけど、久しぶりだなー、何の目的もなくゆっくり歩くなんて普段無いもんな」
「おやぶんの手、あたたかいですね。いつもあたたかいですが、今日はさらにあたたかい気がします」
「お前の手もあったかいな。女とは違って、ごつくてデカい手なのにどうして繋いでるとこんなに気分がいいんだろうな。不思議だぜ。お前といると不思議なことばかりだ」
「俺も、同じです。でも、同じで嬉しい……」
 暗黙の了解のように二人で水平線が望める砂浜へと腰掛け、繋いだ手もそのままに龍宝は頭を鳴戸に預けた。
「……しあわせな、時間ですね。潮風に乗って、親分のにおいがします。心地いいにおい。鳴戸親分」
「なんだ?」
「呼んでみたかったので、呼んでみました。……鬱陶しいですね、すみません」
 すると、鳴戸も龍宝の方へと凭れかかってきてさらに強く手を握られる。
「お前は、かわいいなあ……。なにが鬱陶しいもんかい。かわいいもんだぜ、お前のそういう甘えたところ、結構好きだな」
「好き、ですか」
「ああ、好きだな。大好きだ」
「俺も親分がすごく、好きですよ。大好きです」
 会話はそれで無くなり、どちらからともなく顔を寄せ合いそっと目を瞑ると唇に柔らかで温かな感触が拡がる。
 自由になっている片手で鳴戸の頬を包むと、同じく鳴戸も龍宝の頬に手を当ててきて、そのうちに角度を変えて何度も口づけ合い、唇を舐め合う。
 うっすらと口を開けると、するっと鳴戸の舌が咥内に入り込んできてぢゅっと音を立てて唾液が啜り取られ、龍宝も負けじと鳴戸の舌に乗った唾液を吸いのどに流し入れるとふわっと、のど奥から鳴戸の味が拡がりなんとも心地いい。
 そうやって口づけに夢中になっていると、鳴戸が体重をかけて伸し掛かってきてその弾みで砂浜に倒れてしまい、目を開けると至近距離に凛々しい鳴戸の顔があり、思わず誘うように笑んでしまうと、また口づけられる。
「ん、ん……おや、ぶんっ……んんっんっ」
「龍宝……」
 今度は龍宝が鳴戸の咥内へ舌を入れると、まるで待っていたかのように舌を柔く食まれ舐めたくられる。

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