情念の人

 暫くの間、じっと動かずにいると腕の中で龍宝が身じろぎ出し、その眼がだんだんと開いてくると見えてきたのは澄んだ黒色の瞳で、未だ寝ぼけているのか今の状況が理解できていない様子だった。
 するとだんだん、眼が覚めてきたのか鳴戸を捉えた途端、慌てて飛び退こうとするが鳴戸はがっしりと龍宝を抱え離さずに頭を両腕で固定する。
 そして至近距離で慌てふためく龍宝に意地の悪い笑みを見せた。
「お、親分! あの」
「龍宝、さっきみたいなキスじゃ誰も起きねえぜ」
「気づいてっ……!」
「なあ、大人のキスってやつ、教えてやるよ。お前だけに、特別だ」
 何を言っているんだと、自分で思ってしまったがとにかく今は目の前の龍宝に夢中になってしまいたいと、鳴戸は本能の赴くがまま唇を奪ってしまう。
 先ほども思ったが、柔らかな唇だ。そして、甘い。確かな温もりが今、腕の中にある。その事実に興奮してしまい、何度も触れさせては離れることを繰り返していると不思議ともっと欲しくなってくる。ぢゅっと音を立てて唇を吸うと、咥内に龍宝の甘い唾液の味が拡がり身体が熱くなってくる。
 そうしたところで鳴戸の首に龍宝の腕が添えられ、そして絡まった。もっとしてもいいということだろうか。ならば、その許しに甘え龍宝の唇を舐め舌先を使いノックしてみる。
 薄っすらと開いたその口に、少々強引とも呼べる乱暴さで舌を捻じ込みナカで縮こまっている舌を大きく舐めた。
「んっ……んん」
 小さく、龍宝が啼く。鼻にかかったようなその甘えを含む啼き声に、鳴戸の気分も高まる。さらに舌を奥へと差し入れ、上顎を丁寧に舐めるとぶるりっと龍宝の身体が震えた。そして首に回っている腕が戦慄き出す。それを無視し、さらに幾度も舌を舐めるとじわりっと大量に龍宝の咥内に唾液が溢れる。それらすべてを奪ってゆく勢いで蹂躙し、きつく吸うと鳴戸の口の中に甘い液体が流れ込んできて大きくのどを鳴らして飲み下すと、鼻から龍宝の味が抜けてゆく。
 なんとも、砂糖水のような甘ったるい味だ。しかし、きらいではない。寧ろ興奮すると思う。頭を抱えていた手を額と、そして襟首に移動させさらに貪るべく舌を動かす。
 今度は上顎に加え、舌の下や頬の裏などにも舌を伸ばし積極的に咥内を探る。
「ん、ん……んん、んうっ……お、やっ……ふ、ん……! あ、はあっ……」
 するとまた、唾液が溜まってきたのでそれも飲み干し、仕上げとばかりに思う存分、柔らかで温かくそしてぬるついている舌を舐め回した後、ゆっくりと唇を離した。そして離した瞬間、もう一度リップキスを仕掛け、今度こそ顔を離してゆく。
 龍宝の両目は潤み、今にも涙が落っこちそうだ。頬を真っ赤に染め上目遣いで見つめられたので、もう一度、挑発するように軽く唾液に濡れた唇に口づけを落としてやる。
「なんでこんなに、上手いんですか……!」
「そりゃ、場数踏んでるからな。そういうお前こそ、へったくそなキスだぜ」
「しょ、商売女とキスなんてしませんから。あなたと違って」
「どうだ? もう一回してみるか」
「遊んでるんですか?」
「さあ、どうだろうな。遊んでるつもりはないけどな」
 そう言うと、何故だか龍宝は唇をきゅっと噛んでしまい顔を背けてしまう。その後を追うようにして、締めているネクタイを解きつつ、首筋に何度も軽く唇を置いてゆく。
「あ、あっ! お、おや、親分! まっ、あっ!」
 時には舌を使って小さく舐めたりもしていると、少しずつ龍宝が逃げていっているのが分かり、身体を起こし体重をかけて鍛え上げられているが鳴戸よりは華奢な身体を下に敷き、ワイシャツのボタンを一つ、外した。
 すると突然、激しい抵抗に遭い両肩を思い切り押されてしまい、思わず離れるとそこには肩で息をし、荒く呼吸を繰り返す龍宝が顔を真っ赤に染め、眉を切なげに寄せつつ鳴戸のワイシャツを握ってくる。
 その両手を、鳴戸は宥めるように優しく掴みそして右手の指にわざと音を立てて吸い付くように唇を置く。
「……っおや、ぶん」
「いやか、俺にこうされるのは」
 すると龍宝は激しく首を横に振りながら、それでも唇は噛んだままでなんとも苦しそうだ。鳴戸は片手を離し、龍宝の形の良い額に手を当ててさらりと撫でた。そしてそのままその手を頬へと移動させ、包み込むようにして親指の腹を使い触り心地のいい頬を擦る。
「は……おやぶん……」
 だんだんと龍宝の身体から力が抜けていっているのが分かる。硬かった表情も恍惚としたものに変わり、色が乗ってくる様はなんとも美しいものだった。思わずのどが鳴る。このように艶めかしい表情を見るのは初めてだ。
 ひどくそそられると思う。女とはまた違った魅力だ。というよりも、これは龍宝の持ち物なのだ。
 もっと近づけば、彼の持ち合わせた表情がいくつ見られるのだろう。それは、宝箱を開いてゆく感覚に似ている気がする。
 一つ一つ、鍵を開けながら眠っている宝を手にするのは愉しいだろう。その誘惑にあっさりと負けた鳴戸は、ゆっくりと上半身を龍宝へと寄せて左手で身体を支え、熱で潤み真っ赤に染まった唇へ口づける。
 やはり、甘いと思う。この甘さはどこから来るのだろう。人工的な甘さではなく、人体から生成される甘味というものが、この世にはあるのだ。不思議に思いながらも、片手で頬を撫で続けていると二人分の熱気で肌が湿気り、柔らかな素肌のかおりが鼻に掠る。このにおいもまた、甘い。

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