君の孕んだ世界より

 しかし、時間は無情にもやってきてまるで追い出されるようにしてラブホテルから放り出された二人は顔を見合わせ、苦笑いをして乗ってきた車に乗り込む。
 そこで、鳴戸から言っても仕方のない文句のような言葉が漏れ出す。
「あーあ。楽しかったが、挿れさせてももらえねえとは」
「す、すみません。あの、その詫びではないですが行きたいところがあります」
「いいぜ、そこ行くか」
 龍宝はハンドルを切り、目的の場所まで車で飛ばしたのだった。
「ずいぶん遠くへ行くんだな。もっと近くかと思ってたのに」
「疲れましたか? 申し訳ありません、もうすぐに着きます。あ、看板が見えました」
 駐車場へと車を乗り入れ、白線に沿ってぴたりとバックで車を停めると鳴戸がなんとも呆れたような声を出した。
「なんだあ? ここ、公園じゃねえか。堅気でもあるまいし、何の用だ?」
 龍宝はさっと運転席から降りて助手席に回り、ドアを開けて促すとしぶしぶといった体で鳴戸が降りて来て歩き出すその背を追いかけ、共に歩を進める。
 そこで目に入ったものに、スラックスの尻ポケットに入っている財布を取り出した。
「のど、乾きませんか? なにかいいもの言ってください。自販機があるんでね」
「そのくらい俺が払ってやるよ。お前こそ、なにがいい?」
 しかし龍宝は譲らず、小銭を自販機に入れてしまう。
「あーあー。じゃあ、無糖のコーヒーな」
「はい、コーヒーの無糖っと……。俺も同じのにしよう」
 一つを鳴戸に手渡し、空いているベンチに二人並んで腰かけると目の前には池が広がっており太陽の光を受けてキラキラ光る様に、なんとも開放的な気分になる。先ほどまで狭い部屋でコトに及んでいたのが嘘のように健全な広場だ。
 缶コーヒーのプルトップを押し上げ、中身を傾けていると同じようにコーヒーを傾けている鳴戸に先を急かされる。
「んで? なんでここなんだ。俺たちみてえな日陰者にゃ、ちっと居心地悪いぜ」
「少し……昔話をしてもいいですか」
「構わねえよ。黙ってるよりはマシだわな」
「俺がまだ高校生だった頃……俺よりワルだったヤツに、女ができたんです。スケバンとかではなく、ごく普通の女子高生で、その女と付き合い始めてからヤツはみるみるうちになんて言うか……まとも、ではないですがワルの道からだんだんと外れ出して、俺はそれが気に入らなくて半分当たり散らすようにヤキを入れてやりました」
「ほおー、まあヤクザにもそういったヤローはいることはいるけどな」
「でも俺は何故か許せなくて、目の敵のようにして殴りつけてましたがヤツは女と別れることはせず、どころか俺たちのような半分、外れたような世界から遠ざかるようにして卒業していきました。あの頃は分からなかったんです。ヤツの気持ちが。ワルという世界からたかが女一人のために足を洗うヤツの心が分からなかった。けれど、今なら少し分かる気がします。本当に好きな人と、日の当たる場所に出ることの素晴らしさがヤツを変えたんだと。そして、この公園がヤツとその女の待ち合わせ場所によく使われていて」
「お前、もしかして堅気になりてえのか」
「まさか。ただ、こうしていると気が和むんです。俺たちは常に心の中で己の心の刃を研いでなくちゃならない。けれど、ここに来てこうしてみて少しだけですが、堅気の連中の考えていることが分かるような気がします。親分という大切なお慕いしている人とこうして陽の元にいると……心から幸せだと、思うんです」
「そんなこと考えてたのか、お前。意外だな。なんつーか、お前は極道の世界にいることに対して誇りみたいなものを持ってるのかと思ってたのに」
「いえ、今いる世界に何の不満もありません。そのおかげで親分にも……出会うことができましたし。極道になっていなければ、親分と話すこともましてやその、抱き合う、ことすらもできていないと考えるとやはり、この道は間違っていなかったと言えますがそれでも、親分とこういう仲になってからよくヤツのことを思い出すようになりました。……不思議ですね」
「まあなあ。俺は逆に、お前がこの世界で息をしてくれることに感謝したいね。お前は大事な鳴戸組の宝だ。そういう意味で大切だと思うが、やっぱお前と一緒だわ。こういうことはあんまり口に出したくねえけど、まあいいか。俺も同じことを思ってるぜ。龍宝、お前といると俺もおんなじ。幸せだと思うぜ。だから、簡単に死んでくれるなよ」
「死にませんって。親分を遺して、死ぬわけないでしょう。それこそ、死ぬまでついていくつもりでいます。親分の背を見つめて、いつまでも……どこまでも」
「はあーあ、お前が嬉しいこと言ってくれるもんだからソノ気になっちまったじゃねえか。……あのな、この公園って実は曰くつきって知ってて誘ったとかそういうことか?」
 一体、鳴戸が何を言っているのか分からず思わずきょとんと黙ってしまうと、勢いをつけて立ち上がった鳴戸に腕を引かれ、立ち上がらされてしまう。
「親分? 曰くつきって……どういう」
「曰くつきっつったら曰くつきよ。いいから来な」
 公園に曰くつきとは一体なんなのか。まさか、ホラー方面ではあるまいか。べつに幽霊など怖くはないし、そういった怪奇現象に嫌悪は無いが妙に上機嫌に前を歩く鳴戸に、些かの不安を覚える。
 鳴戸が言う曰くつきとは一体。

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