甘くて切なくて愛しい

 ふと気づき、キスを止めると目の前には見たことのない優しい笑みを浮かべた鳴戸が、満足そうに龍宝の身体を抱えてくる。
「鳴戸おやぶん……」
 甘えた声で名を呼ぶと、すりすりと頬を手の甲で擦られ首の後ろに手が回る。
 近づく顔と顔。反射で目を瞑ると唇に優しい感触が拡がり、射精後だからか何故か甘味が強く感じられる。口を開け、舌を誘い込みながら早速絡めてみる。ぬるぬると互いの舌を咥内で舐め合い、柔く噛んだりもして遊んでいるようなキスをして散々楽しむ。
 他人とこのようなキスをしたことが無かった龍宝にとって、それは特別なものに他ならない。心底に鳴戸が愛おしいと思う。
 唇が離れてゆくと、それが淋しくて追ってしまう。そしてまたちゅっと吸い上げると鳴戸の味が口に拡がり、幸せな気分が心を満たしてゆく。
「おやぶん……はあっ……」
「龍宝、お前はかわいくていいな」
「ん……」
 他人にかわいいなどと言われようものなら、半殺しどころの騒ぎではないが鳴戸に言われると何故か嬉しいのだ。思わず少し笑んでしまうと瞼にキスされ、唇にも軽い口づけが落ちてくる。
 何とも甘ったるい時間だ。まさか、自分が鳴戸の腕の中でこんなにも満足を抱えることができようとは、まるで夢にも思っていなかった。
 ぎゅっと抱きつくと、鳴戸からも抱き返され二人は一部の隙間も無く身体を寄せ合う。
「はあっ……おやぶん……」
「あっついなあ、お前の身体。そうだ、汗もかいたしシャワーでも浴びるか」
「じゃあ、お背中流します」
 そう言いつつも、二人は離れようとせず互いの熱いくらいの体温を共有しながら抱き合い続ける。幸福な時間だ。いつまででもこうしていたいと思うが、そうはいかないことくらいは分かる。
 それでもと思い、鳴戸にしがみつく形で抱きついていると背に回っていた手が頭へと移動し、ぽんぽんと宥めるように叩かれ、そして髪を梳かれる。
「またいつだって抱いてやるから。いい加減離れな。イイコだろー? 龍宝は」
 少しむくれながら、それでも仕方がないとそっと鳴戸から身体を離す。するとぷちゅっと音を立てて口づけられ、また頭を撫でられる。
「しかし、汗かいたなー。龍宝お前、大丈夫か。顔が真っ赤っかだぞ」
「少し逆上せましたが、大丈夫です」
 もう一度だけ抱き合い、二人同時に浴槽から上がる。交代でシャワーを浴び、ラブホテルではお馴染みのスケベ椅子に座った鳴戸の背を流し、龍宝もさっと身体を湯で流す。
 そうすると、少しだけ頭の中がクリアになった気がした。
 それはどうやら鳴戸も同じようで、幾分かしゃっきりした表情でまた浴槽に足を突っ込んでいる。
「出るんじゃないんですか?」
「もうちょっとな。ほれ龍宝、お前も来い」
 両手を拡げられ、つい見えない力で引き寄せられるが如く、湯船に入って先ほどと同じ体勢になり、鳴戸の身体を足で跨いでぎゅっと抱きつき背中に腕を回す。
「きもちいい……」
 つい正直な感想が漏れ出てしまう。すると鳴戸からも龍宝の背に腕が回され、さらに身体が密着する。触れあっている熱い肌が、気持ちイイ。それはもう、とてつもなく。
 甘えるようにしてさらに擦り寄ると、背を緩やかに上下に撫でられその快感に思わずほうっと溜息が出てしまう。
 このように他人に甘えることを知らなかった龍宝にとって、鳴戸の腕の中は特別なものに他ならない。唯一無二、それが鳴戸の存在だ。鳴戸もそう自身のことを思ってくれていると嬉しい。そんな期待を胸に、首元へと顔を埋める。
 なんだか、切ない気分になってくる龍宝だ。今こうしているこの時間の鳴戸は自分のモノだが、そんな幸福がいつまででも続くとは限らない。何しろ、相手は鳴戸。一の子分が想いを寄せてもいい存在なのかどうか、いつも分からなくなる。分からないまま、恋心を抱き続けている。
「おやぶん……親分は、俺が鬱陶しくないですか……」
 弱気な言葉を吐いてしまい、そんな自分に動揺しながらも失言したと後悔していると、優しく背を撫でられ、ぎゅっと頭を抱き込まれる。
「鬱陶しいと思ってるヤツと、こんなことするほど俺もヒマじゃねえぞ。何らしくねえこと言ってんだ」
「だって……親分ですから」
「ばかなこと考えてねえで、そんなこと思うヒマがあったらもうちっと俺のことを考えてくれよ。言っとくが、プラスの方面でな。お前案外ナイーブなのな」
「プラスの、方向……」
 どこをどう取れば、鳴戸に対してプラスに考えられるのか。確かに、執着してくれているのは分かっている。それは充分に承知しているが、なにかの拍子に鳴戸が煙のように消えてしまうのではないか、いつもどこかでそう思ってしまう節があるのは否めない。
 ただの気紛れだと思いたくはないし、鳴戸がそこまで非情だとも思っていない。
 なんというジレンマか。
 愛していると言ってはくれたが、その愛もすぐに失せて無くなってしまわないか。
 無意識のうちにきつく抱きつくと、ふふっと鳴戸が笑いぎゅうっと強く身体を抱いてくれる。
「安心しろ、俺はここにいるぞ。お前の傍に、いるって」
「おやぶん……」
「さて、そろそろ出るか。時間も迫ってきてるだろうしな。ほい、龍宝。離れな」
「もうちょっと、あとちょっとだけ」
「しっかたねえ甘えただな。ま、じゃあちょっとだけ付き合ってやろう。かわいいお前のおねだりを聞くのも俺の愉しみだからな」
「愉しいんですか、親分は。俺がわがまま言っても」
「そりゃ、当たり前だろ。なにしろ、龍宝だからな。お前のわがままなんざ、かわいいもんよ」
 龍宝はその言葉の端々に愛を感じつい、さらに強く抱きついてしまう。そして、熱い吐息をつく。
「もうずっと、こうしていたいです。親分の腕の中に、いられるのでれば出たくないくらいには」
 けれど、そういうわけにもいかないのは分かっているが、言葉に出さずにはいられなかった。目の前の鳴戸が愛おしくて、恋しくて息ができなくなりそうだ。

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