この月の続く限りは

 雨上がりの、においがする。眠れなくて、庭まで来ていることを知られたら怒られてしまいそうだ。いつもここに来ると声を掛けてくれる庭師も誰もいない真夜中の庭から城を見上げると、ひとつの部屋の窓越しに光が揺らいだのが見えた。あの部屋、は。
 
「びっくりした……こんな時間にどうした? 何かあったのか?」
「……ヒース坊っちゃん」
 慌てた様子で出てきた主に「夜更かしはだめですよ」と言うと、呆れたようにため息を吐かれた。
「サラが言うことじゃないだろ」
「ふふっ、申し訳ありません。眠れなかっただけです」
 雨雲が流れた夜空を見上げる。手に持ったランタンの明かりは必要ないんじゃないかと思うくらい大きな月の光が、私と彼を照らしていた。日々近付いて来る月は、主の戦いが近い合図だった。
 両親も私と同じようにこのブランシェット家の使用人のため、私はブランシェット領からあまり出たことがなかった。賢者の魔法使いの役目というものも、よく分かってはいないのだろう。賢者の魔法使いに選ばれた私の主が、あの近付いて来る月を跳ね返してくれるのだということだけだ。
「ヒース坊っちゃん」
「どうした?」
「……いいえ、お部屋に戻りましょう」
 いつ帰ってきてもいいように、お部屋を綺麗にして待っています……なんて当たり前のこと、言えなかった。
 ヒース坊っちゃんは私の言葉に頷いた後、ふと空を見上げた。大きな月に少し顔を強張らせた彼の腕にそっと触れる。
「今日はもう休みましょう。……考え事は、しっかり寝てまた明日考えればいいんです」
「そう、だね……もう寝ないと」
 そう言った主は、それでも隣から動こうとしない。
 
 夜空に浮かぶ大きな月は、今日も憎らしいほど綺麗だった。
 
 
 (20220726修正/20210220)

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