※捧げ物
※ダイゴさん×シアナちゃん描写があります。
* * *
あのとき、あの部屋で初めて彼女をこの目に映した瞬間。あれが『恋に落ちた』というのなら、恋が愛に変わったのはいつだろう。
心地よく優しい音が聞こえてきて、ダイゴの意識はゆっくりと浮上した。トントントン、これは野菜を刻む音。グツグツグツ、これはスープを煮込む音。パタパタパタ、これは愛しい人がスリッパを鳴らす音だ。
もう少しこの音たちを聞いていたい。そう思いはしたが、目を閉じていては愛しい人の姿を映すことはできないため、瞼を持ち上げる。
着替えを済ませて寝室を出ると、仄かに甘い香りと温かい人の気配がダイゴを迎えた。
「おはよう!ダイゴ」
愛しい人──シアナはくるりと振り返ると、青空のように明るい笑顔をダイゴに向ける。
「おはよう、シアナ」
そしてダイゴもまた、愛しさを隠しきれない笑顔を浮かべるのだった。
「今日は会社の取引先に行くんだったよね?」
「そうだよ。シアナは次のコンテストの打ち合わせだよね?」
「うん。今度の衣装はどんなふうにしようかなぁって考えている時間も本当に楽しいから、今日の打ち合わせもすごく楽しみ」
「シアナは可愛いから何を着ても似合うよ」
「!そ、そんな、私はいつも衣装に助けられてて……っ!」
食卓にはシアナが作った朝食が並んで。一日の予定を確認して。他愛もない会話の中に、息をするように自然に愛の言葉を滑り込ませる。ダイゴの薄氷のような色の瞳は、目の前で真っ赤になるシアナの姿を映したとき柔らかな温度が宿る。
「ど、どうしたの……?」
「何がだい?」
「なんだか、今日はいつもと少し違うみたい」
「僕が?」
「うん」
シアナは飲み物が入ったカップを口元に持っていきつつ、こくりと頷いた。
「なんというか……いつもより……その……優しい顔をしてるなぁって」
「いつもは優しくないってこと?」
「ううん!そうじゃないの!なんて言えばいいのかな……あのね……私のことが大好きって想ってくれていることが……すごく伝わってくるというか……」
そこまで口にすると、シアナは限界と言わんばかりに顔を隠した。白雪のような肌は首元から耳まで真っ赤になっている。その様子が可笑しくて、愛おしくて、さらに表情が蕩けていくのが自分でも分かる。
「そう?僕はシアナのことを毎日大好きだって想ってるよ?知ってるでしょ?」
「そ、そうだけど……っ!」
「でも、そうだね。夢を見たからかな」
「夢?」
「うん。初めてシアナと逢った、あのときのことだよ」
あの日、出逢った瞬間にダイゴはシアナに恋をした。シアナの美しさのみならず、見知らぬダイゴのことを献身的に介抱してくれた、その優しい心にも惹かれたのだ。
「そっか。ふふっ」
「どうしたんだい?」
「出逢ってだいぶ経つのに、当時のことを思い出してくれるのって、なんだか嬉しいなぁって」
「っ」
シアナはそう言うと、柔らかく、美しく、微笑んだ。
心臓がうるさく音を立てている。熱に浮かされたように顔が熱い。まるで、シアナに初めて恋したあの時のようだ。
そのとき、ダイゴは理解した。今のダイゴとシアナの間にあるのは愛だと、そう思っていた。出逢ったふたりが恋人になり、婚約者になり、夫婦になったように、恋心が愛情へと変わったのだと。
でも、違うのだ。恋はいつしか消えてなくなったりしない。愛と共存しているのだ。だって、ダイゴは今も、シアナが微笑むだけでこんなにも胸を高鳴らせるのだから。
「シアナ」
「ん?」
「愛してるよ」
「!わ、私も!ダイゴのこと、大好きだし、愛してる」
きっと、これからずっと一緒にいて、おじいちゃんとおばあちゃんになったとしても、ダイゴはシアナに恋し続け、愛し抜くのだろう。
ダイゴはあの日『空に落ちた』のだから。
2021.08.22