ロサディアマンテの未来

 穏やかな晴れ空の下を歩いていると、数週間前のできごとが遠い昔のように思えてくる。でも、今でも鮮明に思い出す。数々の冒険。辛かったことも、苦しかったことも、楽しかったことも、悲しかったことも、ドキドキしたことも。
 なにもかも、一つも取りこぼすことなく、わたしの宝物なのだと。

 真新しいラブラブボールが一つ増えて、胸が弾む帰り道。ポケモンバトルが開催されることもあるテーブルシティの広場の片隅のベンチに、見知った人とポケモンが見えた。

「あれはペパーくん? こんなところにいるなんて珍しいですね。……少し驚かせちゃいましょうか」

 隣を歩くエーフィに悪戯っぽく問いかけると、エーフィは「のった!」と言わんばかりに長い尻尾を揺らして、ラブラブボールの中へと戻っていった。
 わたしはそろり、そろりと慎重に、ペパーくんへと近づいていく。分厚い本に落とされた眼差しはそこから張り付けられたように動かず、そうとう集中しているみたいだった。

「何をしているのですか?」
「うっわぁっ!?」

 問いかけるのと同時に、ペパーくんの隣にピタリと座ると、耳が突き破られると思うくらいの大声と共にペパーくんが立ち上がった。

「な、なんだアレリか。驚かさないでくれよ」
「ごめんなさい。まさかそんなに驚くとは思わなくて……」
「まあいーけど」

 どうしたのだろう。ペパーくんの頬に赤みがさしている気がする。風邪を引いているとか、具合が悪いとかじゃないといいのだけれど。
 改めてわたしの隣に腰を落としたペパーくんに、わたしは我慢できずラブラブボールの中から一体のポケモンを呼び出した。新しく仲間になってくれたこの子を、誰よりもペパーくんに一番に知らせたかったのだ。

「ペパーくん、見てください!」
「そいつ、もしかして色違いのオラチフか!?」
「はい! 可愛いでしょう? 実は、ペパーくんのマフィティフがすごくかっこいいなって思っていたのです。そんなときに出逢ってしまったら、運命だと思うでしょう?」
「そっか! オラチフはいいぞー! 家族をすげぇ大切にしてくれるポケモンだからな!」

 ペパーくんはとても優しい手つきでわたしのオラチフを撫でてくれた。きっとこうやって、マフィティフにも愛情を注いで一緒に生きてきたのだろうということがわかる。わたしもペパーくんのマフィティフのように、立派にこの子を育ててあげたいな。

「でも、意外ちゃんだぜ。アレリはエスパータイプ専門だと思ってた」
「そうですね。……あまり意識したことはなかったのですけど、小さい頃からわたしのお世話をしてくれるポケモンたちはみんなエスパータイプでした。最近ゲットしたクエスパトラもそうですし、進化したエーフィもそうですね。ちなみに、このオラチフのテラスタイプはエスパーです」
「マジか!? ここまで偶然が重なるとすげぇな」
「偶然、でしょうか。……でも、この子たちがいてくれたおかげでわたしは決められた未来に抗い、自分が本当に望む未来を掴むことができた。わたし、きっとこれからもエスパータイプのポケモンたちと一緒だと思います」
「そっか。アレリがそう思うならみんなも幸せなんじゃねぇの?」
「はい! でも、みんなのおかげだけじゃありません。前にも言ったでしょう? そのことに気がつけたのも、ペパーくんがいてくれたからですから。ペパーくんと一緒に掴むことができた“今”こそが“過去”のわたしが本当に欲しかった“未来”です。だから、今回の課外授業の全てがわたしの宝物です!」

 本来なら、宝探しの課外授業が終わるころにはエーフィの命は尽きているはずだった。しかし今、彼女は確かにわたしの隣で息をしている。生きている。あのとき夢見ていた同じ未来を共に歩んでいるのだ。だとしたら、これ以上の宝物なんてきっと世界に存在しない。

「ペパーくんは何をしていたのですか?」
「ん。父ちゃんの研究資料やレポートを探して読んでた」
「あ、フトゥー博士……」
「よく考えたら、父ちゃんのこと何も知らないと思ったからさ。自分探しの一貫にもなるかなって」

 ペパーくんのお父さま――フトゥー博士がグレープアカデミー出身で、学生だった当時からその才能を発揮していたということは耳にしたことがある。それ以降のフトゥー博士については、わたしたち自身の目で知ることになった。
 グレープアカデミーを卒業したフトゥー博士はエリアゼロで結晶化現象の研究を進めており、タイムマシンの完成と未来のポケモンの転移に成功した。ハルトくんのミライドンも、未来からやってきたポケモンの一体だ。未来のポケモンを現代に呼ぶことは生態系を壊してしまう危険な行為であり、本来なら禁忌に等しいもの。でも、未来の世界への憧憬を捨てきれなかった博士は、タイムマシンを稼働し続けて未来のポケモンを召喚し続けた。結果、エリアゼロは未来のポケモン――パラドックスポケモンが蔓延る危険な地帯になってしまった。
 ペパーくんという息子を授かってからも、変わらず研究に明け暮れていた博士は――エリアゼロで命を落とした。未来のポケモン同士の縄張り争いを止めるために間に入った結果の事故だったというから、悲しい話だ。
 フトゥー博士が存命中に作っていた彼自身のAIに依頼され、バイオレットブックを持ってエリアゼロの最深部に向かったわたしたちは、たくさんの壁を乗り越え、犠牲を払って、なんとかタイムマシンを止めることに成功して家路につくことができた。
 本当に、一日では受け止めきれないほどの壮大過ぎる出来事がたくさんあった。エリアゼロと呼ばれる美しすぎる不気味な世界での冒険。凶暴なパラドックスポケモンとの出逢い。告げられた本当の博士の死。楽園防衛プログラムに乗っ取られた博士のAIとの戦い。そして、博士のAIはタイムマシンを止めるために自ら未来の世界へと旅立った。片道切符の、旅に出たのだ。
 わたしでさえ事態を飲み込むことがやっとだったのに、博士の息子であるペパーくんの気持ちを考えると……どうしたって、苦しくなる。きっとまた顔に現れていたに違いない。ペパーくんが「またか」というように、少し呆れた顔で笑っている。

「そんな顔すんなって! エリアゼロでのことは正直……全部受け止めるのに時間がかかったし、辛かった。今もたまにしんどくなるときもあるけど、オレはもう一人じゃないんだ」
「っ、はい! もちろんです! ペパーくんにはポケモンたちがいますし、ハルトくんやネモちゃん、ボタンちゃん、先生たち、それにわたしもいますから!」
「……へへ。ありがとな。アレリ」

 これから、たくさんの想い出をペパーくんと一緒に作ってきたい。みんなでポケモンバトルをしたり、ピクニックに行ったり、勉強を教えあったり。まずはそんなことからでいい。友達やポケモンと過ごす時間が、きっとペパーくんを明るい未来に導いてくれるはずだから。……なんて、わたしが心配しなくても、自ら博士のことを知ろうとしているペパーくんは、もう未来を見据えて歩き始めようとしているのだけど。

「それでさ、いろいろ考えたんだけど、オレ料理人を目指そうかなって思うんだ」
「料理人?」
「オレたちは秘伝スパイスに辿り着いたおかげでマフィティフとエーフィを治すことができたけど、誰もがそう運がいいわけじゃないだろ? だから、薬でも治すことができないポケモンを料理で元気にできたらいいなって……」
「ペパーくん……」
「……なんてな。めちゃくちゃ頑張らなきゃいけねーのはわかってるけど」
「いいえ! とっても素敵です! あの、わたしの夢も聞いてもらえますか?」
「ああ。言ってみろよ」
「わたしの夢はポケモンのお医者さんになること。両親や家がそうだから自分もそうなるんだって……はっきり言うと、動機が曖昧なまま目指していました。でも、今は違います。わたしは一匹でも多く、病気や怪我で苦しんでいるポケモンを診てあげたい。だから医者になりたいんです」
「そっか! それは確かに、アレリが自分で選んだ未来だな!」

 そう、これはわたしが選ぶ未来。わたしが決める未来。でも、もしわたしの力で治すことができなかったポケモンがいたとしても、ペパーくんの料理がきっとポケモンを元気にしてくれる。ポケモンにとって、多すぎるでも少なすぎるでもない、完璧な愛を与えてあげられる。それがとても嬉しかった。
 思わずパッとペパーくんの手を取って、鼻先が触れ合いそうな距離まで詰め寄った。

「はい! だから、ペパーくん! わたしたち、一緒にいたら最高のパートナーになれますね!」
「お、おお? そうだな?」

 どうしたのだろう。やっぱり、ペパーくんの顔が赤いみたい。長い前髪をかき分けて額に手を伸ばそうとするわたしをやんわりと押し戻して、ペパーくんが立ち上がる。「大丈夫だって!」って言っているから、ここは彼を信じることにしよう。

「お互い相棒が元気になったってことでバトルでもするか! 目の前に広場もあるし、次の学校最強大会だって近いしな!」
「はい! 負けませんよ!」
「よーし、快気祝いのテラスタルだ! 光っとこうぜ、マフィティフ!」

 ペパーくんのテラスタルオーブに、光輝くエネルギーが集まっていく。宝石にも劣らないその輝きをテラスタルオーブに受け止めると、ペパーくんは力いっぱいそれを投げた。中から現れたマフィティフは禍々しいあくタイプの冠を頭上に輝かせて、わたしがポケモンを喚ぶのを待っている。

 ――運命を覆すことはできないと思い込んでいた、過去の私よ。さようなら。

 さあ、わたしたちも煌めきを集めて、輝いて。

「みんなで一緒に輝く未来へ行きましょう! エーフィ、テラスタル!」



END

ピンクダイアモンドの石言葉:『完全無欠の愛』 2023.09.30 

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