風光る

 まるで彼女のような季節だと、春が巡ってくるたびにミカは思う。あたたかな日差しが降り注ぎ、時には恵みの雨を降らし、花が咲き食物が育ち、動物たちが活発に動き出す。そんな季節に生まれたカナリーもまた、ひだまりのように明るくあたたかいのだ。

「プレゼントは、持った。念のために作ってきたお弁当も良し、っと。……カナちゃん、早く来ないかな」

 カナリーと待ち合わせをしている星落としの湖の前で、ミカはあたりを見渡した。数日前、誕生日に何かしたいことはあるかカナリーに聞いたところ「一緒に空を飛びたい!」という答えが返ってきたため、崖や谷が多いこの場所まで足を運んだのだった。
 誕生日のプレゼントには鳥が刻印されたコンパスを選んだ。少し前にモンドの女性を中心として流行っていた錬金薬を使ったコスメにすることも迷ったが、再び翼を広げることができたカナリーはこちらのほうが喜ぶだろうと、ミカは考えたのだ。

(今日はカナちゃんの誕生日。毎年のことだけれど……どう伝えよう。「僕の幼馴染みでいてくれてありがとう」「カナちゃんと出逢えたことは僕の人生の宝物だよ」「明るくて可愛いカナちゃんのことが大好きだよ」……うう、いざ言葉にしようとすると恥ずかしいな……)

 どんな言葉で想いを伝えよう。特別な日なのだから、特別な言葉がいいだろう。しかし、いくらそれらしい言葉を思い浮かべてもしっくりこない。いっそのこと手紙を書いてきたらよかったと、ミカは少しばかり昨日までの自分を恨んだ。
 それにしても、ずいぶんと待ったがカナリーの姿は現れない。もともと、ミカが早く着きすぎてしまったということもあるが、それでも待ち合わせには不向きな場所だったかもしれない。木が並び、岩が無造作に転がっているこの場所は見通しが悪いから。

「あっ、カナちゃん!」

 雲ひとつない抜けるような青空に、金色の鳥が飛んでいる。それがカナリーだった。ツインテールは大きくなびき、風元素と同じ色をした風の翼はカナリーの背で大きく開いている。
 ミカは右手を高く挙げて左右に大きく振った。精一杯の目印を送っているつもりだが、カナリーはゆっくりと滑空しながらあたりを見回している。まだミカの存在に気づいていないようだ。

「なにか目印があった方がいいかもしれないな。地上から空は良く見えるけれど、空からは木や岩に紛れて見えにくいかもしれない」

 目印になるものを探して、周辺を少し歩こうとした。しかし、それはすぐに見つかった。

「……そうだ」

 ミカはクロスボウを取り出すと、狙いを湖へと定めた。氷星のビーコンは湖に着水すると同時に、水面の温度をグッと下げる。大きな湖のほんの一部ではあるが、春の穏やかな気候の中で凍った湖は不自然に映るだろう。きっと、それがミカによるものだとカナリーは気づいてくれる。
 ミカの想像通り、カナリーはすぐに湖の異変に気づくと、滑空のスピードを上げた。しかし、おかしい。そろそろスピードを落とさないと地面と衝突するというのに、カナリーは速度を落とすどころかむしろ加速させていく。

「ミーカーくーん!」
「う、わぁぁっ!?」

 例えるならば狂風のコアが体当たりしてきたような衝撃だった。なんとか抱き止めたはいいものの、その拍子に尻もちをついてしまったミカは声を絞り出すように唸った。

「いたたたた……」
「ごめんなさい! スピードを落とすの忘れちゃってた。怪我してない?」
「う、うん。少しビックリしたけど大丈夫だよ」
「よかったぁっ!」

 抱き止められたミカに半ば馬乗りになったまま、カナリーは小さな太陽が浮かぶミカの瞳をじっと見つめた。もとより明るい表情がみるみるうちに緩み、破顔する。

「ミカくん」
「うん」
「だーいすきっ!」
「ええええっ!?!?」

 顔が、熱い。幼馴染みだけだったところに彼氏と彼女の関係が付与されてしばらく経つが、甘い雰囲気に進んだことはほとんどなかった。自分たちには自分たちのペースがあると思ってさほど気にしていなかったミカにとって、ストレートに伝えられる好意をやり過ごせるほどの余裕はまだない。

「き、急にどうしたの?」
「えっ? ミカくんが先に大好きを伝えてくれたんだよ?」
「ぼ、僕はまだなにも言ってないけど……」
「……来てっ!」
「わ」

 カナリーはミカの手を引いて立ち上がらせると、神の目に自身の魔力を重ねた。すると、風の種もないのに小さな風域が発生する。そのまま風の翼を広げたカナリーに導かれ、ミカは上空へと羽ばたいた。久しぶりの感覚だった。少しだけ、鼓動が速くなる。

「ミカくん、見て!」

 カナリーに促されて、恐る恐る視線を眼下へとおろす。七天神像を中心に、星が落ちたことで作られた湖が広がっている。そしてその表面は、ミカの氷元素力によって凍りついていた。上空からでもよく見えるその形は、大きなハート型をしていた。これは確かに、熱烈な愛のメッセージだ。

「ね? ありがとうミカくん! 私もミカくんのことだーいすき!」

 屈託のない笑顔と好意を正面から浴びたミカは、グローブをつけた右手で口元を覆い隠した。こんなにしまりのない表情を恋人に見せるわけにはいかない。
 地上に戻ったら、きちんと言葉として口にしよう。「誕生日おめでとう」も「好き」も「ありがとう」も。何を言おうかと悩んでいた、その全てを伝えよう。
 そうしたらきっと、彼女は今以上に眩しい笑顔でミカを照らしてくれるはずなのだから。



2024.04.19
- ナノ -