冒険者たちのバラッド


今日のパトロール担当エリアはこもれび林だ。最近は高レベルのポケモンが出現しやすいナックルシティ近辺のエリアを担当することが多かったけれど、今日の担当エリアは比較的低レベルのポケモン達が生息する、ワイルドエリア駅から近いエリアだ。この人員配置には、人間にはどうしようもならない理由があった。

『はぁ?ブラッシータウンからエンジンシティへ向かう途中の線路にウールー達が集まってる?』

いつものようにトゲキッスの背に乗ってワイルドエリア上空を飛びながら、スマホロトムから発せられるキバナ君の声に肯定を返す。

「そう。それで、エンジンシティへ行きたいトレーナー達がワイルドエリア駅で足止めを食らっているの」
『マジかよ。ウールー達を退かすのはなんとかなるとして、線路の点検やら異物確認やら、その後の始末が大変そうだな』
「ええ。いつ復旧するか分からないから、トレーナーのほとんどがワイルドエリアを通ってエンジンシティへ向かっているみたい」
『それで、スタッフの人手が足りずに休日出勤させられている、と』
「そう」

ワイルドエリアに面している街のひとつ、ナックルシティのトップクラスに位置する立場として、キバナ君はワイルドエリア管理スタッフ達の業務内容や日報にも目を通している。一日が始まる前に、エリア内のスタッフ配置ももちろん確認するけれど、今回のハプニングによる人員の変更は急だったからか、私の直属の上司から事後に変更が知らされたようだ。
心配してわざわざ電話をくれるのは有り難いけれど、せっかくの休みが急な出勤になってしまった私は不機嫌極まりなかった。

「キバナ君。間接的とはいえ貴方一応、私の上司に当たるわけだから、余裕を持って人員を確保していて欲しいわね。ジムチャレンジも始まることだし、スタッフの採用を増やすとか」
『おお、今日は言葉にトゲがあるな』
「ゆっくりしてるところに出勤命令が出たんだから当然よ」
『まあまあ。確かに、スタッフの数は増やしたいんだけど、なかなか条件に合うトレーナーがいないんだよな』

キバナくんが言うように、ワイルドエリア管理スタッフの採用条件は意外と多い。
第一に、ダイマックスバンドとジムバッジを8つ持っていることは最低条件。他にもポケモンバトルの腕だけじゃなく自身の戦闘能力も必要となるし、天候や地形やサバイバルや医療に関する知識なども必要だ。採用条件は満たしていても、多岐に渡る試験を突破しなければならないことがあり合格率は極めて低い。
だから、スタッフ数がギリギリであることは理解しているけれど。

「とにかく、そういう理由で、ジムチャレンジの開会式に参加するために、多くのトレーナー達がワイルドエリアを突破しようとしているの。その中には若いトレーナーも多いわ。監視を強化してトレーナーとポケモン双方の安全を……」

そこまで話したところで、口をつぐんだ。遠くで大きな爆発音が聞こえてきたからだ。
音が聞こえた方向を見てみると、地上と空を繋ぐように赤い光の柱が伸びていた。さらには、マゼンタ色に渦巻く暗雲が空に浮かんでいる。
あの赤い光は、ポケモンの巣穴から出ているガラル粒子が放出されて出来る柱であり、暗雲はポケモンがダイマックスしたときに発生するものだ。
つまり、あそこにはダイマックス状態のポケモンがいて、ダイマックスポケモンとのバトルが行われているということになる。

ワイルドエリアの管理スタッフはトレーナー達が危険に晒されているからといって、すぐに助けに入るわけではない。それだとトレーのー達が冒険するに何の意味もない。
しかし、さっきキバナ君と話していた通り、ジムチャレンジに挑戦するトレーナーになりたての若い子供達が、見たことのないポケモンとの出逢いやワイルドエリアに踏み込んだ興奮などから周りが見えなくなったり、無茶をしがちだ。それは私自身がよく知っている。
だから、トレーナーを見つけたら傍観し、危険な状態であれば取り返しがつかなくなる一歩手前で助けに入る。それも私達の仕事。

『クロエ?どうした?』
「ダイマックスポケモンとのレイドバトルが行われてるみたい。ちょっと様子を見てくるわ」
『分かった。気を付けろよな』
「ええ。ありがとう。トゲキッス、あの光の柱を目掛けて飛んで」
「トゲトゲッ!」

普通のレイドバトルなら遠くから様子を確認するだけだ。しかし、相手がキョダイマックスしている特殊なポケモンである場合や、ダイマックスした力が暴走しているポケモンが相手である場合などには様子を見て、必要であれば援護や鎮静に入る。
さらに言うと、挑戦しているトレーナーとダイマックスポケモンとの間に、レベルの差がありすぎる場合も、だ。手も足も出せずに手持ちのポケモンが全滅して、ワイルドエリアを単身で抜け出せず、救助されるトレーナーもいるのだから。

こもれび林に向かっていた航路を、うららか草原へと切り替えて飛んでいくと、バトルの全貌が見えてきた。ダイマックスしているのは草ドラゴンポケモンのカジッチュ。そして戦っているのが、十代前半ほどの子供達三人。傍らでバトルを見ているのが私の親友の一人、ポケモン博士であるマグノリア博士の助手であり孫でもあるソニアだったのだ。
帽子を被った男の子はヒバニーに、帽子を被った女の子はメッソンに、紫の髪をしたどこか見覚えのある男の子はサルノリに、それぞれ指示を出している。三人ともダイマックスバンドこそつけているようだけれど、誰もポケモンをダイマックスさせていない。
彼らの年齢とポケモン達の進化前の姿から分かるように、まだトレーナーになりたての子供達のようだった。

「これが……ダイマックス!」
「強すぎるぞダイマックスポケモン……!」
「だから、ダイマックスしたポケモンは本当に強いから気を付けなさいって言ったじゃない!誰のポケモンをダイマックスさせるかで喧嘩してないで早く戦わないから……」
「マサル!ホップ!ソニアさん!次、来るよ!」

カジッチュはダイソウゲンを発動させた。カジッチュが放った巨大な種が地面に埋め込まれた瞬間、育ったキノコが破裂してヒバニーにダメージを与える。タイプ相性的には効果は今一つだけれど、さすがはダイマックスしたポケモンが放った技。ヒバニーは一撃で瀕死になってしまった。

「ソニア!」
「えっ!……クロエ!?」
「危なそうだから助っ人に入るわよ!」
「お?誰だ?」
「話はあと!とりあえず、倒すわよ!トゲキッス!ダイマックス!」

トゲキッスを一旦ヒールボールに戻した。右手首にはめているダイマックスバンドに嵌め込まれた願い星とガラル粒子が共鳴して眩い光を放ち、ボールを包み込む。すると、ボールが巨大化して私の両掌におさまった。
いってらっしゃいの気持ちを込めて巨大化したボールにキスを贈り、それを上空へと投げ上げる。ボールの中から再び現れたトゲキッスは、ガラル粒子の力により巨大化して現れた。カジッチュと同じように、赤いオーラを体にまとい、マゼンタの暗雲が頭上に浮かんでいる。
これが、ポケモンのダイマックスだ。

「トゲキッス!ダイジェット!」

風を集め、竜巻のように放つ。飛行タイプのダイマックス技を受けたカジッチュは、爆音をたてて砂煙の中にその姿を消した。巣穴のエネルギーにより長時間ダイマックス化出来る野生のダイマックスポケモンが、戦闘不能になった証だ。
こちらがトゲキッスのダイマックスを解いていると、元のサイズに戻ったカジッチュは巣穴の中に帰っていった。ひとまず、これで安心出来そうだ。

さあ、目をキラキラさせている子供達には悪いけど、今からお説教タイムといきましょうか。

「すっげぇ……!これがダイマックスしたポケモン同士のバトルか……!」
「わたし、生で見るのは初めて!」
「おれも!」
「ありがとー!クロエ!助かった!」
「ソニア、知り合いか?」
「うん。この子、クロエ。あたしの親友でワイルドエリアの管理スタッフをしてる子」
「ワイルドエリアの管理スタッフ?」
「そうよ。ワイルドエリアはレベルの高いポケモンがたくさんいる広くて危険なエリアだから、パトロールをしているの。君達みたいに、無鉄砲にレベルの高いポケモンに挑んで危ない目に遭っているトレーナーを見つけたら助けに入ったり、ね」

あえてトゲのある言葉を選ぶと、ようやく状況を理解した子供達はバツが悪そうに目を泳がせた。どうやら、自分達が危ない状況だったということは理解しているみたいだ。

「ジムチャレンジに向かう新人トレーナー達かしら?冒険するのはいいことだし、浮かれる気持ちも分かるけれど、油断したり自分の実力を過信してはダメよ。ダイマックスポケモンに挑むのならそれなりの実力をつけてから挑みなさい」
「はい……」
「すみません……」
「アニキから推薦状をもらったからって、ちょっと舞い上がっちゃったな」
「兄貴?」

兄貴。推薦状。その言葉を結び合わせてハッとしたのか。紫の髪に金の瞳、そして浅黒い肌の色。どこか見覚えのある顔立ちだと思ったら。

「君、ダンデ君の弟?」
「そうだぞ!兄貴を知ってるんだな!」
「ええ。ダンデ君やソニアとはジムチャレンジの同期なの。君の名前は?」
「オレはホップ!で、こっちがオレの幼馴染み達」
「おれがマサルで」
「わたしがユウリです!」
「この子達三人とも、ダンデくんからジムチャレンジの推薦状をもらったのよ」
「なるほどね。チャンピオンから推薦状をもらったとなると、舞い上がる気持ちも分かるけど、本当に気を付けてね。悪いことはいつ起こるか分からないんだから」
「……クロエさん?」
「……さ!分かったら、いきなりダイマックスポケモンに挑みにいくんじゃなくって、まずはレベルの低いポケモンを相手にしなさい!太刀打ちできないようなレベルのポケモンに出くわしたらとにかく逃げる!はい、これお守り代わりのピッピ人形。君には元気の欠片をあげるからヒバニーに使ってあげて」
「ありがとうございます!」
「マサル、よかったね」
「よーし!気を取り直してエンジンシティに向かうぞー!」
「キャンプもしようよ!」
「いいね!木の実をとってカレーを作ろう!」

私とソニアに背を向けて、三人は走っていった。
やれやれだ、といった様子で苦笑しているソニアの出で立ちは、パンツスタイルに太いヒールのブーツ。動きやすさを重視したこの格好から察すると。

「ソニアも旅をしているの?」
「あ、うん。あの子達がまどろみの森で不思議なポケモンに出逢ったんだけど、その事について調べておばあ様に報告しようかなって」
「フィールドワークか。博士の助手も大変ね」
「まあね。それにしても、あの子達を見ていると思い出すよね。あたし達がジムチャレンジに参加したときのこと」
「……うん。そうね」
「懐かしいなー。あの子達にはああ言ったけど、あたしも初めてのワイルドエリアはすごく興奮したし、無茶する気持ちも分かる……」

そこまで言ってから思い出したかのように目を見開いたソニアが、心配そうに私へと視線を送った。
ソニアは私の事情を知っている。自分の言葉で私が気分を害したのではないかと懸念してくれているのだ。
気にしていない、と首を横に振り、再びトゲキッスへと飛び乗る。

「じゃあ、私の今日の担当エリアはこの隣だから」
「あ、うん!ほんとにありがと!お仕事頑張って!」
「ソニアも気を付けて。ジムチャレンジセミファイナル準優勝のバトルの腕前だから大丈夫とは思うけどね」
「あはは……昔の話だよ」

何か思うことがあるのか、ソニアの笑顔はどこか乾いているようだった。嗚呼、しまった。今度は私が失言してしまったかもしれない。
自分がセミファイナルトーナメントに準優勝したときの優勝者は、ファイナルトーナメントにおいて当時のチャンピオンを見事打ち破り、新しいチャンピオンとしてマントを纏った。かつてのライバルが今やガラル地方のトレーナーの頂点となり、自分とは違うトレーナーをライバルとしている彼女の気持ちは、彼女にしかきっと分からないのだ。
お互い様だったね、ごめんね、とお互いに視線で語る。親友とはいえ、触れられたくないところ、思い出したくない過去はあるのだから。

「今年のジムチャレンジが本格的に始まる前に、ルリナも誘って今度お茶しましょう」
「いいわね。シュートシティに気になるカフェがあるの」
「じゃ、お店選びはクロエに任せた!また連絡する」
「ええ。またね」

ソニアに手を振って空へと上昇した。誰かの今を守るために、私達は今日も往く。





2020.2.10


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