フェアリーダンス・ソルフェージュ


フェアリータイプ同士が戦っているのを見るのが好き。まるで本物の妖精が舞い踊っているかのように、可憐で、優雅で……観客席まで届くほどの口喧嘩が聞こえてこなければ尚、その世界に浸れるのでしょうけど。

「問題だよ。あたしのあだ名はなんでしょう?」
「そんなもの簡単です。魔法使いでしょう」
「ブッブー。外れだよ。正解は魔術師さ」
「ほぼ一緒の意味じゃないですか!いいでしょうそのくらい!その前に、ぼくがジムリーダーになるのにこの問題が必要ですか!?」
「弟子が師匠のことを熟知するのは当然だろう?生意気言う子にはこうだよ!クロエ」
「はい!エルフーン、お願い」
「エルルッ!」
「あーーーっ!?」

観客席からエルフーンが飛ばしたわたほうしがキルリアにまとわりつき、素早さを奪う。その隙を狙い、クチートが大顎を開けて牙を剥く。
ここ、アラベスクスタジアムでは、ポケモンバトル中にクイズを出される。私がジムチャレンジをしていた時代から変わっていない。クイズに正解するか、不正解してしまうかによって、自分のポケモンのステータスが上がったり下がったりしてしまうのだ。
フェアリータイプの不思議な力でやっている、と当時ははぐらかされていたけれど、からくりは至ってシンプル。ポケモンのステータス変化の技を使用していただけのこと。

正直なところ、ビート君の実力は期待以上だった。数週間前にゲットしたばかりのラルトスがもうキルリアに進化しているし、ポケモンの素早さを下げられたことに悪態をつきながらも、頭を切り替えて冷静に指示を出している。
元はエスパータイプを専門としていたようだけれど、フェアリータイプへの知識を蓄える早さも目を見張るものがある……まあ、あれだけ朝から晩まで本の山に囲まれてポプラさんからの教育を受けていれば、嫌でもそうなるか。

目の前で繰り広げられているバトルへと意識を戻す。バトルは佳境ともいえるエース対決に持ち込まれていた。ポプラさんはマホイップを、ビート君はこれまた進化したてのブリムオンを。
ダイマックスバンドとモンスターボールがマゼンタに輝き、キョダイマックスしたマホイップが現れた。
甘いイチゴのような香りに包まれたフィールドが、さらに揺れる。ビート君がブリムオンをダイマックス……いえ。

「ブリムオンもキョダイマックス……!?」

キョダイマックスとは、ダイマックスの中でも特に特殊な現象だ。ポケモンが巨大化して能力が上昇するだけではなく、姿形まで変わりポケモンごとの専用技を使用することが出来る。
キョダイマックス出来る個体は限られている。親から子への遺伝はなく、どのようにしてキョダイマックス出来るポケモンが決まるのかはわかっていない。
ただひとつ確実なことは、キョダイマックス出来る個体は非常に珍しくそれだけで普通のポケモンより強力ということだ。

マホイップのキョダイマックス技キョダイダンエンと、ブリムオンのダイフェアリーが同時に放たれ、スタジアムは轟音に揺れ、光が溢れ返った。

勝負の終わりを察して、コートへと向かう。片膝をつき肩で息をしているのは、ビート君とブリムオンの方だった。

「なんだい。ブリムオンはキョダイマックス技を覚えていないのかい?これは叩き込んでやる必要があるね」
「はぁ……はぁ……っ」
「一度のバトルで息が上がるとは情けないね。こんな年寄りにも勝てないようじゃ、まだまだピンクを教え込まないといけないね」
「っ、そこまで言うのなら、別にぼくにジムリーダーを継がせなくても良いのではないですか?」
「そうだねぇ。ポケモンバトルだけで考えたら、あたしもポケモン達もまだまだやれるさ。でもね、それだけじゃあない。派手なパフォーマンスを求められるエキシビションマッチ、スポンサー企業の商品の宣伝、町の管理など、ジムリーダーは他にもやることがたくさんあるからね。年寄りの体力ではそろそろ大変なんだよ。それに」

柔らかく目を細めるその姿に、魔術師としての色はなく。

「年寄りを軽んじるのはもちろんよくないけどさ、年寄りがでしゃばってる世界もよくないからねぇ。ガラルのポケモンバトルを進化させるには新しい風を吹き込んでやらないと」

ポケモンを愛し、ジムリーダーという職を愛し、ガラルを愛しているからこそ、更なる発展のために静かに舞台を降りる道を選ぶ。
エリートを自称するだけあって、ビート君は賢い。だから、説明せずとも咀嚼して呑み込んだ言葉の意味をすでに理解しているのだろう。

ちょっと出掛けてくるよ。と言って、ポプラさんはスタジアムをあとにした。

「驚いたわ」
「何がですか?」
「貴方のブリムオン。キョダイマックス出来る個体だったのね」
「ええ。ぼくも、ブリムオンに進化させてから初めて知りましたが」
「ワイルドエリアでゲットしたの?」
「……いいえ。ぼくがポケモントレーナーになるときに、ミブリムだったこの子をローズ委員長からいただきました。それから、ずっと一緒にいてくれている子です」

右手にはめているブカブカの腕時計を撫でながら、ビート君はそう言った。
ミブリム。穏やかポケモン。人やポケモンの気持ちを汲み取ることに長け、苦手な強い感情を受けとると逃げ出すこともあるという。そんなポケモンが、いくら与えられたからといえビート君のそばにずっと寄り添っているということは。
彼の本質はきっと、妖精の羽のようにとても繊細で柔らかく、それでいて強い意志と清らかな心を持ち合わせている。

「クロエさん」
「何かしら?」
「ぼくのポケモン達の回復が終わったら、相手をしてください。早く強くなって、あのバアさんに一泡ふかせてみせます。もちろん、ローズ委員長にも」
「良いわ。相手をしてあげる。それに、その心意気に免じてポプラさんをバアさん呼びしたことも黙っておいてあげましょう」
「……ふふ。ありがとうございます」

憎まれ口ばかり叩いているけれど、貴方は気付いていないでしょう。初めて会ったときより、ずっといい表情をするようになってきたことに。







アラベスクタウンに生えている一際巨大な木の根本に、ママの実家……つまり、おじいちゃん達の家がある。
おじいちゃんの名前はオカ・ヒジキ。ガラル地方を代表するブランド『ヒジキオカ』の創設者だ。現社長はママのお兄さん……私の伯父さんであり、この家にはおじいちゃんとおばあちゃん、伯父さんとその奥さん、そして私にとってイトコにあたる子達、そしてメイドのみなさんが住んでいる。
ヒジキオカはポプラさんのスポンサー企業のひとつだ。だから、私がポプラさんのサポートをして次期ジムリーダーを育てるためにアラベスクに滞在することになったことをママが伝えると、二つ返事で部屋を用意してくれたらしい。大企業の会長と社長が住む屋敷だけあって、どこもかしこも大きく広く、部屋も余っていたらしいけれど。
幼い頃、ママやパパと一緒に帰省したときには、広い屋敷や庭をイトコの子達と走り回って遊んだっけ。と、借りている部屋で寛ぎながら頭の片隅で当時のことを思い出していた。

『なるほど。不祥事でジムチャレンジの資格を剥奪させたトレーナーがいるとはローズ委員長から聞いていたが、まさかそいつがポプラさんの跡継ぎ候補だったなんてな』
「私も驚いたわ。でも、悪い子じゃないみたいなの」
『クロエがそう言うのなら、本当にそうなんだろうな。ジムリーダーになったそいつとバトルするのが楽しみだ』
「鍛え上げておくから覚悟しておいてね。あっという間に私を追い越して、ポプラさんと肩を並べる強さになるわ」

スマホロトムの画面の向こう側にいるキバナ君はダンベルを片手に、私はストレッチをしながらお互いの声を聞く。キバナ君の次の言葉を待っていると『ヌメー』という鳴き声が聞こえてきた。
キバナ君のヌメルゴンの声ではない。画面に映ったのは、薄い黄色とピンクの組み合わせの体を持ったヌメラ。私のヌメラだ。私はしばらくナックルシティに戻らないし、ママはシフトが不規則だからと、キバナ君に預かってもらっているのだ。

「ヌメラ。元気?」
『ヌメヌメー!』
「ふふっ。元気そうね」
『ああ。オレ様とポケモン達のトレーニングの様子を毎日楽しそうに見ているぜ』
「ジムチャレンジの忙しい時期に預かってくれてありがとう。私と一緒に来てもよかったのに、フェアリータイプのポケモンがたくさんいる森に囲まれた町って話したら、縮み上がっちゃうんだもの」
『ははっ!フェアリーはドラゴンの最大の弱点だからな!でも、やっぱりクロエのヌメラ、強くなる素質は十分にあるぜ!本人にその気がないのが惜しいところだ』

床の上でスライムのごとく溶けてくつろいでいる姿からは、とてもそうには見えないけれど、キバナ君が言うのだから間違いないのでしょう。もし、この子が戦いたいと思うようになったときに、応えてあげられるようヌメラという種族についてもっと勉強しておかないと。

「キバナ君は最近どう?ジムチャレンジは順調?」
『いや、オレ様のところにはまだ誰も来ていないな』
「そうなの?そろそろジムチャレンジャーが到達する頃じゃないかと思っていたけれど」
『ジムチャレンジが始まった日にちから計算すると、例年だと一人二人と挑戦者が見えていてもおかしくないんだけどな』
「そうよね。今年のチャレンジャーは手応えがないのかしら」
『いや、そういう問題でもないみたいなんだよな』
「どういうこと?」
『どうも、スパイクタウンの町の入り口のシャッターが閉まっていて誰も中に入られないらしい』
「え?なにそれ。ということは、誰も7つ目のジムに挑戦すら出来ていない、ということ?」
『ああ』
「ネズ君がそんなことをしているの?」
『分からねぇ。相変わらず会議には出ないし、電話にも出ないからな。隣町だし様子を見に行きたいが、オレ様も忙しいからなぁ』
「そうよね……」

ジムチャレンジの開会式に参加しなかったりすることはあっても、ネズ君はポケモンバトルを愛しているし、誰かが不利になるようなことはしない人だ。何か理由があるのだと思いたいけれど、それを確かめる手段がない。

『クロエが気にすることねぇよ。クロエはポプラさんのサポートに集中しててくれ』
「そのことなんだけど、私の出番は思ったよりも早く終わりそうよ。あと一週間くらいでナックルシティに戻れそう」
『ほんとか!』
「ええ。ビート君の飲み込みが早いお陰ね」
『そっか』
「ふふっ」
『なんだ?』
「嬉しそうにしてくれて、私も嬉しいなって」
『そりゃ、これだけ長いこと離れているのも久しぶりだったからな。オレ様から頼んだ手前、早く帰ってこいとも寂しいとも言えないしな』
「そうね。確かに、キバナ君が隣にいない毎日って、なんだか不思議だわ……これが、寂しいって言う気持ちなのね」

幼い頃から毎日一緒にいたから、こんな感情知らなかった。体の一部をぽっかりと失ってしまったような、そんな感覚。

『戻ってくる日にちが決まったら教えてくれよ。クロエが好きな店を予約しとくから、ささやかだがお疲れさま会をしようぜ』
「ええ。楽しみにしているわ」
『それで、だ。その時、ここ数日で考えたフェアリータイプへの対策に関して意見を聞きたい。オレ様のところへチャレンジャーが来る前に、対策を完璧にしておきたいからな』
「もちろん。私でよければ」
『いいのか?オレ様は助かるが、ただでさえフェアリー漬けの毎日なのに』
「最強のドラゴン使いに頼ってもらえるなんて、フェアリー使いとしてとても光栄なことだわ。それに」
『それに?』
「キバナ君のそういうところが好きだし、尊敬しているから」

自分の今の実力を傲らないところ。どんな相手だろうと慢心しないところ。周到に準備して相手を迎え撃つところ。ストイックな向上心を持っているところ。
彼の隣にいることを選んだ理由はないけれど、あるとしたら尊敬出来る相手だからこそ、なのかもしれない。
もちろん、照れを誤魔化すように頬を掻きながら目尻を下げて笑う姿を可愛いと思ってしまうことも、理由のひとつなのだけれど。





2020.4.19


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