フェアリーピンク・ティファニーブルー


ユニフォームに袖を通すと、仕事をするときとは別の意味で気持ちが引き締まる。白いユニフォームはジムチャレンジャーとしてコートに立った新米トレーナーだった頃を思い出すし、フェアリーピンクとティファニーブルーのユニフォームはポプラさんの元で修行していたときのことを思い出すから。

フェアリータイプのユニフォームを着るのは数年ぶりだけれど、元々少し大きめのサイズを着ていたこともあり、今の私が着るとちょうど良いサイズ感だった。

「見えてきたわ。この町を訪れるのも久しぶりね」

巨木の内側をくりぬいた形の居住区がある町、アラベスクタウン。
町看板に書いてある通り、アラベスクタウンはルミナスメイズの森の奥にある、巨木の森の下に築かれた町だ。巨木に日差しを遮られているので町は常に薄暗いけれど、森や町の中に生えている大小多数の光るキノコが照明の役割を果たしてくれている。
まるで、お伽噺に出てくる妖精が住む庭のような町なのだ。

この町の最奥に位置するアラベスクジムに向かってトゲキッスが下降する。フェアリータイプのロゴマークあたりに立って私を迎えてくれたのは、今も昔も尊敬してやまない人。

「ポプラさん!お久しぶりです!」
「久しぶりだねぇ。元気そうじゃないか」
「はい!ポプラさんもお変わりないようで」
「早速だけど、この子が次期ジムリーダーだよ。まだ『予定』だけどねぇ」

ポプラさんの隣に立つ、白色に近い癖のある銀髪と、暗い菫色の瞳の少年。身にまとっているフェアリータイプのユニフォームはまだ真新しい。背は私より少し低く、年齢は十代前半から半ばくらいに見える。
どこかで見覚えがある気がしたけれど、知った顔だとしても自己紹介は礼儀だ。

「クロエよ。ポプラさんには以前お世話になったことがあるの。短い間とは思うけれど、ポプラさんが貴方を育て上げるサポートをさせていただくわ」
「ぼくはビートです。以後お見知りおきを」
「ビート。今からルミナスメイズの森にクロエと行ってもらうからね。ポケモン達を呼んできな」
「分かりました」

お見知りおきを、なんて、十代の子にしては背伸びした敬語だ。しかし、不思議と違和感がない。もしかしたら、普段から敬語を心がけているのかもしれない。

言葉遣いは丁寧だけれど、眉間に寄せられていたシワがビート君の心情を物語っているようで、思わず笑った。これは確かに、ポプラさんが好みそうな子だ。
スタジアムに向かうビート君の後ろ姿からも、不機嫌さが見てわかる。

「口数が少ないところを見ると、ふてくされているようだねぇ。可愛らしいったらないよ」
「彼、ポプラさんが好きそうなピンクですね。真っ直ぐな強い意思を感じるけれど、どこか歪曲しているというか」
「そうだろう?真っ直ぐなだけじゃなくひねくれていないとねぇ。人間の幅は出てこないよ。クロエもちっとはひねくれることを覚えたかい?」
「さあ……どうでしょう。自分ではよく分かりません」
「真剣に返すようじゃあ、まだまだだね。嫌みの一つでも言い返さないと。まあ、その裏表のない真っ直ぐさがクロエの良いところではあるね」
「ありがとうございます……?」

褒められているのか、なんなのか。私のこういうところがきっと、ポプラさんにとってはまだまだなのね。ビート君を育て上げると同時に、私自身もまだまだ成長しなければ。ポケモンバトルは強くなったかもしれないけれど、内面はきっとジムチャレンジに挑戦したあの頃と差ほど……あ。
ジムチャレンジ。そうだ、ビート君をどこで見かけていたか、思い出した。

「あの子、エンジンシティの開会式で見かけた気がしますけど、ジムチャレンジを辞退したんですか?」
「辞退というより、ローズから失格を言い渡されたんだよ」
「え!?」
「ラテラルタウンの壁画が壊されたことは知っているかい?あれはビートがやったんだよ。ねがいぼしを集めるために、ね」
「あの子が犯人だったんですか!?どうしてそんなことを……」
「あの子は元々身寄りがなかったところをローズに見出だされ、ポケモントレーナーとして育て上げられたんだ。その後はオリーブに使われてローズのために必死にねがいぼしを集めていたんだが、壁画を破壊してしまうほどローズを盲信していたんだねぇ。少し考えたらそれがいけないことだと分かるだろうに」

ああ、そうか。もしかしたら、あの敬語はローズ委員長を真似して染み付いたのもなのかもしれない。彼に少しでも近付きたくて、認められたくて、自分を見て欲しくて。
それも、叶わなかったけれど。

「なるほど。そして、見限られて途方に暮れているところをポプラさんが拾った、と」
「そうだねぇ。同情や気まぐれがないと言えば嘘になるが、あの子の中にピンクを見たのは本当さ。ビートは強くなるよ。あたしを越えてしまうくらいにね。まあ、あの子の頑張り次第だけどねぇ」

直接ではないとはいえ、ポプラさんからここまで言ってもらえるなんて、少し、妬ける。でも、同じくらい嬉しい。
今まで何十年と、ポプラさんの期待に沿うトレーナーは現れなかった。私だって、バトルの腕は認められても「アラベスクジムリーダーとしては真っ直ぐすぎる。ピンクが足りない」と、言われたのだ。
それが、流星のように突然現れた。ポプラさんが彼の成長を望み、彼女の人生であるジムリーダーという立場を託そうとしているのなら、私はそれを全力でサポートする。ただ、それだけだ。

腰にモンスターボールを提げて戻ってきたビート君は相変わらず眉間にシワを寄せていたけれど、更生のやりがいがあるというものだ。

「お待たせしました」
「準備が出来たようだね。今日からあんたには修行の合間にルミナスメイズの森の見回りをやってもらうよ。あそこは迷子になるポケモンやトレーナーが多くいるからねぇ。管理をアラベスクジムが任されているのさ」
「分かりました」
「今日はついでに、フェアリータイプのポケモンをゲットしてきな。ダブランとゴチミルはエスパー単体だからジムチャレンジには出せないよ。残っているポニータとテブリムだけじゃ少ないからね。クロエ、今日はビートの付き添いを頼むよ」
「はい。行きましょう」

ルミナスメイズの森は広い上に薄暗く、光るキノコの明かりだけで進まなければならない。ルミナスメイズという名の通り、光の迷宮なのだ。
森という地形から足場だって悪いし、確かに案内はポプラさんには辛いかもしれない。ジムトレーナーのみなさんも年配だし、これも私が呼ばれた理由のひとつだと察した。

久しぶりにルミナスメイズの森へと足を踏み入れたけれど、相変わらず幻想的だし、静かでとても落ち着く。おじいちゃんの家に遊びに来たとき、よくルミナスメイズの森でかくれんぼをしたりフェアリータイプのポケモンと遊んだりしたっけ。
カタカタと揺れるボールの中には、ブリムオンが入っている。ルミナスメイズの森は彼女の故郷だ。幼い頃、ここで遊んでいたときにまだミブリムだった彼女と出会って、友達になったのだ。
懐かしいだろうからブリムオンを出してあげようとしたとき、隣から深いため息が聞こえてきた。
本当に、可愛らしい。いくら大人びた敬語を使おうとも、不機嫌さを隠そうとしないところは、まだまだ年相応の子供だ。

「ふふっ」
「なんですか」
「ご機嫌斜めかしら?」
「当然でしょう。見捨てられて困っているなら、頑張り次第では何とかしてやるからついてこいと言われ、それがまさかジムリーダーを継げということだったなんて思いもしませんよ。普通は」
「ポプラさんらしいわ。でも、決めたのは貴方でしょう。だから、逃げ出さずにここにいる」
「もちろんです。ぼくは諦めていません。ぼくにはリベンジしなければならない相手がいるんだ」

薄暗い菫色の奥に、微かに光が見えた気がした。
彼は誰のことを言っているのだろう。ローズ委員長ではなさそうだ。と、確信はないけれどなんとなくそう思った。

「試される?大いに結構です。ぼくはエリートですからね。ポプラさんにぼくのことを認めさせるのはもちろん、あっという間に越えてみせますよ」
「そうね。その意気でいなさい。そして、強くなりなさい。ローズ委員長に自分を手放したことを後悔させるくらい」
「無論です」
「ふふっ。ポプラさんが貴方を見定めた理由。なんとなくわかった気がしたわ。まあ、強くなるには溺れるくらいのピンクの毎日に耐えられないといけないけれどね」
「はい?ピンク?」
「そう。ピンクと、クイズと、フェアリー。これがアラベスクジムリーダーに必要不可欠な要素よ。私がポプラさんから教わったことは全て叩き込むから覚悟なさい」
「の、望むところです!ぼくに越えられないものはないことを証明します!」

ガサリ。草むらが揺れて一匹のラルトスが顔を出した。エスパータイプであり、フェアリータイプでもあるポケモンだ。
ビート君はニヒルな笑みを浮かべると、左手でスーパーボールを放ってテブリムを繰り出した。

さあ、まずはお手並み拝見といきましょうか。





2020.4.16


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