バトルプレリュード


ジムチャレンジ。ガラル地方ならではのダイマックス現象を取り入れた、年に一度開催される一大エンターテイメント。それが、もうすぐ始まる。

ジムチャレンジ当日、エンジンシティの警備を担当することになった私は、エンジンスタジアムの周辺を巡回していた。もうすぐ開会式が始まるという時にちょうど休憩の時間になったので、スタジアムロビーのソファーに腰かけてその時を待つ。
前日に受付を済ませたジムチャレンジャー及び、彼らを迎え撃つジムリーダー達は、開会式に参列するためすでに控え室に入っている。もちろん、幸運にも開会式のチケットを手に入れた人達はすでに観客席に腰を下ろし、開会を今か今かと待ち望んでいるだろう。

かつては、私もユニフォームを纏ってあのスタジアムに立った。キバナ君はもちろん一緒だったけど、あの時ソニアやルリナ、ダンデ君達とも知り合った。
もう十年以上も昔のことなのに、つい先日のように思い出せる。甘いものが好きだから背番号を821(ハニー)にしたんだっけ。
そして、スタジアムに立ったときの興奮、歓声を浴びたときの高揚。憧れのチャンピオンになるんだという、キラキラした夢。
それが、ジムチャレンジを終える頃には、ワイルドエリアスタッフになりたいと思うようになっていたなんて。あの時の私に伝えても、きっと信じないんだろうな。

『レディースアンドジェントルマン!わたくし、リーグ委員長のローズと申します』

ロビーに設置されている巨大モニターに、ローズ委員長と秘書のオリーヴさんが映し出された。
いよいよ、だ。今年のジムチャレンジが幕を開ける。

『お集まりのみなさまも、テレビでご覧のみなさまも、本当にお待たせしましたね!いよいよ!ガラル地方の祭典、ジムチャレンジの始まりです!』

先日開催されたエキシビションマッチと同じく、この映像もインターネットや地上波で全世界へと放送されている。

『ジムチャレンジ!8人のジムリーダーに勝ち8個のジムバッジを集めたすごいポケモントレーナーだけが、最強のチャンピオンが待つチャンピオンカップに進めます!それでは、ジムリーダーのみなさん!姿をお見せください!』

観客席からの歓声が一段と高まる。わざわざチケットをとってまで開会式を実際に見たいという人は、この瞬間を目当てとしている人が多いのだ。 なんせ、ガラル地方が誇るジムリーダー達が全員集結するのだから。
それぞれの専門タイプのユニフォームを纏ったジムリーダー達が、スタジアムに足を踏み入れる。ジムリーダーに知り合いが多い私から見ても圧巻の光景だ。
ポケモンバトルの駆け引きを楽しむ勝負師。大会を盛り上げるエンターテイナー。ひたすらに勝利を求める戦士。
その全ての顔を内に秘め、彼らはスタジアムに立つ。

『ファイティングファーマー!草タイプ使いのヤロー!』

ターフスタジアムのジムリーダー。農夫でもあるヤロー君は穏やかで優しく、ポケモンを必要以上に傷つけない戦いかたを好む。その優しい性格ゆえに、ジムリーダーの一番手として初心者達の案内番のような役割を任されている。

『レイジングウェイブ!水ポケモンの使い手、ルリナ!』

バウスタジアムのジムリーダー。そのルックスのよさからモデルとしても有名な彼女は、穏やかな口調からは想像がつかないほど強い闘争心を内に秘め、負けん気の強い性格だ。カジリガメという狂暴なポケモンを切り札として従えているということから、彼女のトレーナーとしての技量が伺える。

『いつまでも燃える男!炎のベテランファイター、カブ!』

エンジンスタジアムのジムリーダー。チャンピオンになる一歩手前まで進んだり、マイナーランク落ちから再びジムリーダーに返り咲いたりと、様々な経験を積んだベテラントレーナー。彼に勝てずジムチャレンジを諦めるトレーナーも多く、ジムチャレンジ序盤の高く厚い壁としてトレーナーを迎え撃つ。

『サイレントボーイ!ゴーストタイプのオニオン!』

ラテラルスタジアムのジムリーダー。初めて見る顔だ。確か、去年までラテラルスタジアムのジムリーダーは格闘使いのサイトウちゃんだったはず。
仮面で顔を隠していてよく分からないけれど、若いというよりは幼い印象だ。その年齢でジムリーダーとしてあの場に立っているのだから、バトルの腕前は言わずもなが。彼がどんな戦いかたを見せるのか、楽しみだ。

『ファンタスティックシアター!フェアリー使いのポプラ!』

アラベスクスタジアムのジムリーダー。70年間ジムリーダーを務める大のベテランであり、その経験から相手の行動を予知するようにバトルを進め『魔術師』の異名を持っている。
私もジムチャレンジ当時はポプラさんと戦った。フェアリーポケモン達の力を最大まで引き出せるポプラさんに感銘を受けて、ジムチャレンジ後はアラベスクジムで修行をつけてもらったこともある。つまり、ポプラさんは私の師でもあるのだ。
高齢になったことや、自分の価値観や考えでは限界があるという考えから跡継ぎを探しているけれど、今彼女がスタジアムにいるということはまだ跡継ぎは見つかっていないらしい。
ちなみに、私もジムチャレンジ時代に跡継ぎを選ぶオーディションを受けたことがあるけれど、真っ直ぐすぎるという理由から不合格だった。

『ジ・アイス!氷のプロフェッショナル、メロン!』

キルクススタジアムのジムリーダー。人懐っこく面倒見が良い性格だけれど、ポケモンのこととなるとスパルタ指導を行うことで有名だ。確か、息子さんにジムリーダーを継がせたいと話しているのを聞いた気がするけれど、メロンさんがここにいるということはまだ息子さんは合格点にいかないらしい。
ドラゴンは氷に弱いというタイプ相性があるとはいえ、晴れパーティをも駆使するキバナ君に対して無敗ということから分かるとおり、ジムリーダーとしての実力は相当なるものだ。

ジムチャレンジ7番手のスパイクスタジアムのジムリーダー、ネズさんは現れなかった。
常識人で面倒見の良い彼はシンガーソングライターであり、バトル中はマイクを取り出しシャウトしながら相手を煽るように試合を運ぶ。そんな彼が任されているスパイクスタジアムはダイマックス出来ない場所にあるため、試合はある意味で本来のポケモンバトルの形式で行われる。
そもそも、ネズさん自身がダイマックス嫌いだという噂も聞いたことがある。今回の開会式不参加となにか関係があるのかもしれない。

『ドラゴンストーム!トップジムリーダー、キバナ!』

そして、ナックルスタジアムジムリーダーのキバナ君。ドラゴン使いであると同時に天候パーティ使いでもある上に、ダブルバトルも得意とする。名実ともに、ガラル地方が誇る最強のジムリーダーなのだ。
入場しながらSNSに載せるための自撮りをしているあたり、相変わらずではあるけれど。

「ふふっ。キバナ君は相変わらずね」
「そうだな!」
「ダンデ君!チャンピオンがこんなところにいていいの?」
「俺は開会式に出なくていいから構わないだろう」
『一人来ておりませんが……ガラル地方が誇るジムリーダー達です!』

いつの間にか隣に現れたダンデ君に驚いていると、続いてジムチャレンジャー達が入場を始めた。ジムチャレンジに年齢制限はないから、老若男女様々な人がいるけれど、やはり十代から二十代の若い世代が多く感じる。
スタジアムをぐるりと見渡す人、観客席に向かって手を振る人、緊張で顔を強張らせている人。いろんな人がいるけれど共通して、その目はこれから待ち受けるジムチャレンジへの期待と高揚から輝いていた。
モニターを指差しながら、ダンデ君が興奮した声をあげる。

「クロエ、見てくれ!弟のホップもいるんだ!」
「ええ。知っているわ。何日か前にワイルドエリアで会ったもの。あの茶髪の男の子と女の子……マサル君とユウリちゃんだったかしら。彼らも含めてダンデ君の推薦なんでしょう?」
「ああ。最初は推薦する気はなかったんだが……彼らのバトルを見て気が変わってな。今年は見所のあるトレーナーが多そうだ。ほら」

剃り込み入りの黒髪をツインテールにした女の子が映し出された。無表情ではあるけれど、緑色の目はやはりどこか輝いていた。
あの子は、確か。

「確か、あの子はネズの妹だ」
「マリィちゃんね。お兄さんと同じ、悪タイプ使いかしら」
「かもな!モルペコと一緒みたいだしな。それから、あの少年」

白、もしくはクリーム色に近い癖のある銀髪の少年。彼は自信と挑発を表情として浮かべているようだけれど、菫色をした目には深い影が落ちている。

「ローズ委員長の推薦を受けた子だ」
「委員長直々の?それは、期待が持てるわね」
「ああ!」

ローズ委員長がジムチャレンジャー達へ激励の言葉を贈ったところで、開会式は終わった。観客席やスタジアムから戻ってきた人でロビーがざわつき始める中、ダンデ君は未だにモニターから目を離さなかった。

「嬉しそうね、ダンデ君」
「もちろんだ!彼らのように見所のある若いトレーナーとチャンピオンカップで戦えるかもしれないと思うと、嬉しくて仕方がない」
「ガラル地方のポケモントレーナーを強くすることがダンデ君の夢だものね」
「ああ。強いトレーナーを育て上げ、そして戦い、勝利する!それでこそ無敵のチャンピオンと呼ばれるに相応しいだろう」

そう話すダンデ君の表情を、なんと表現したら良いだろう。身の毛がよだつとも言うべきかしら。純粋すぎる輝きを放つ金の目には、笑顔には、狂気すら宿っているようだった。
純粋にポケモンが好きで、ただバトルを楽しんでいたかつての少年はもういない。取り付かれたかのように勝利に執着するその姿は、見る人が見れば狂戦士だ。
無敗で無敵のチャンピオン。誰もが憧れるガラルの英雄。誰も近付くことが出来ない高い場所から見える景色は、一体どんなものなのだろう。

「アニキ!」
「ポップ!マサルとユウリも一緒だな」
「ああ!」
「あっ、クロエさん」
「この前はありがとうございました」
「いいえ。みんな、ユニフォーム姿が決まってるわね」
「俺達がジムチャレンジに参加した頃を思い出すようだな!」
「ええ。初めてスタジアムのコートに立ったときは感動と興奮で胸がいっぱいだったわ」
「そうだ!ポケモンスタジアムの……コートに立ったぞ……!うまく言えないけどワクワクとドキドキで震えてる」
「ああ!いよいよだな。ポップ、マサル、ユウリ」
「やあ!」

ダンデ君がいるだけでも注目を浴びているというのに、そこにローズ委員長まで現れてしまった。そろそろ職務に戻りたいけれど、こうなってくるとこの場を脱出するのも難しい。

「きみ達がチャンピオンに推薦されたトレーナーですね。ようこそ、初めまして。わたくしローズと申します!」

ローズ委員長はホップ君達の腕に注目し、目を丸くする。

「ちょっと待って!すでにダイマックスバンドをお持ちなんだ!いいねえ!あなた達はねがいぼしに導かれたのですね。ちなみにダイマックスバンドを開発したのはわたくしの素晴らしい会社なのですよ!今年のジムチャレンジは特に楽しくなりそうですね!いい!素晴らしい!ガラル地方が盛り上がりますねぇ……おっと」

スマホロトムが音をたてると、画面を一瞥したローズ委員長はそれをスーツの内ポケットに仕舞った。

「申し訳ないのですがわたくし急ぎの用事がありますのでね。あなた、臨時スタッフですね」
「はい」
「街の外れまで案内してもらえますか。オリーヴくんがアーマーガアタクシーを手配してくれているはずなので」
「承知しました」
「ありがとうございます。ではみなさん、ごきげんよう!」

よかった。これで、ローズ委員長を案内したあとは業務に戻ることが出来る。
それにしても、オリーヴさんがわざわざ街の外れにタクシーを呼びつけた理由は何だろう、ローズ委員長の斜め前を歩き案内しながらぼんやり思う。
スタジアム周辺には、開会式を終えたジムチャレンジャー達に声援を送ろうと彼らを待っている人が数多くいるけれど、すれ違う度に驚愕の視線を私達に送っている。ガラル地方最高地位にいると言っても過言ではないローズ委員長がすぐそこを歩いているとなれば、それも当然だ。
ああ、そうか。ローズ委員長ほどにもなると、スタジアムの目の前だと注目されて身動きがとれなくなることを考慮して、かもしれない。

「あなたはナックルシティ管轄のワイルドエリアスタッフですね」
「はい。でも、どうしてそれを?」
「ナックルスタジアムにはエネルギープラントがあるでしょう。あれはマクロコスモスの管理管轄ですからね。たまに様子を見に行くんですよ。そのとき、あなたを何度か見かけた気がしたのです」
「そうですね。ナックルスタジアムにはよく足を運んでいますので、おそらく私かと」
「ああ。存じていますよ。確かジムリーダーのキバナと恋仲でしたね」
「ええ、まあ」
「素晴らしい!大切なものがあるということはそれだけで原動力に繋がりますからね」

まさかローズ委員長から話を振られるとは思っていなかった。それも、私自身のことについてを。
ローズ委員長は大企業の社長でもあるから、様々な人と会う機会が多いと察しがつく。その全ての顔を覚えてなんていられないだろう。
そんな中で、なぜ私の顔を覚えていたのだろう。単なる気まぐれなのか、それともジムリーダーであるキバナ君と繋がりがあったからか。わざわざ追求することはしないけれど、少し気になってしまった。

「もし、あなたがキバナを大切に想うのであれば」
「え?」
「どうか、あのプラントも守ってくださいね。あれはガラル地方にとって大切なものですから」

それは、どういう意味ですか?
問う前に街の外れにたどり着いてしまった。ローズ委員長が言っていたとおり、そこには地に降りたアーマーガアタクシーの前にオリーヴさんが立っていた。
私に一言礼を言うと、ローズ委員長はタクシーに乗り込んだ。私に一礼したオリーヴさんもローズ委員長に続く。
タクシーがゆっくりと空に舞い上がっていく。たったそれだけのことなのに、まるで神様が空に帰っていくみたいだ。そんなことを思ってしまった。

「ガラル地方にとって大切なものを守るということは、すなわちガラル地方に住むキバナ君を守ることに繋がるということ?上に立つ人が考えることはよく分からないわ……でも」

エネルギープラントがあるナックルスタジアム、そしてナックルシティはキバナ君が心から愛している場所。もちろん、私にとっても。私達の日常が在る、大切な私達のセカイ。
ローズ委員長から言われるまでもない。守る理由なんて、それだけで十分なのだ。





2020.3.2


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