28.Corner

ただ、怖いと思った。ゲームオーバーになってしまうかもしれないというより、ここまで共に戦ってきたパートナーが死の寸前までに衰弱しているという事実が、怖かった。目をおさえて狂ったように叫んでいた小狼は今、ネジでも切れたかのように動きを止めて死んだように気絶している。離れた場所では、炎に包まれ、雷撃に貫かれながら、ファイとレンが戦っている。慈悲の欠片すら残っていない、無情ともいえる攻撃を、イヴは何のためらいもなく繰り出す。手加減を知らない子供のようだ、と思う。
きっと、彼女には関係がないのだ。このゲームに勝とうが、負けようが、願いが叶おうが、叶うまいが、誰が生きようが、死のうが、何も関係ない。ただ、この瞬間が楽しければそれでいいのだろう。ある意味、イヴは誰よりもゲームを楽しんでいるのかもしれない。雷属性の力を使用し、割れた窓を鉄の枠ごと外し、それをレンへ向けて飛ばす。鋭いガラスの欠片でレンの全身は切り裂かれたが、数秒後にその怪我は全て消えていた。

「っっっっ……!!!」
「あはっ!楽しい!楽しいわ!壊れないおもちゃ、ずっと欲しかったの!」
「レン!」

見かねたファイが、弾幕状の氷柱をイヴへと飛ばした。しかし、イヴが軽く指先を鳴らすと、彼女のパートナーである男は炎の弾幕を飛ばしてそれらを相殺した。

「邪魔しないで欲しいわぁ。せっかく貴方には手を出さないであげているのに。だって、貴方が死んだらこの子だってゲームオーバーでしょう?まあ、あたしがルールを改竄すればいいことなんだけど」
「……!」
「つまらないじゃない、そんなの。ズルなしで遊びたいわ、あたし。そうよ、こんなに楽しい遊びを終わらせるなんて嫌よ。永遠に遊んでいましょう。この電脳世界で」

彼らの戦いを見ているアオイの全身に、得体が知れない冷たさが駆け巡ったような気がした。自身の手が震えていることを誤魔化すように、アオイは倒れている小狼の手をぎゅっと握った。

「……起きて」
「……」
「……起きてよ……っ……シャオラン……!」

ふ、と。二人に黒い影が覆いかぶさった。弾かれたように顔を上げたアオイは、ナイフを構えて戦闘態勢に入る。他のプレイヤーであればすぐにでもナイフを飛ばしていたが、そこにいた人物が敵か味方か判断しかねたアオイは硬直した。バトルロイヤルの運営者の一人である、カインがそこに立っていたのだ。カインはどこか物悲しげな瞳でアオイを見下ろしていた。

「……貴方は……なんで……」
「このゲームの運営者の一人ですからね。参加者でなくともゲームに潜り込むということが可能ということです」
「……」
「ああ。安心してください。貴方方と、あそこで戦っている方々は視聴者の映像には映らないように細工致しましたから。あんな規格外の能力を持っているプレイヤーがいると知れたら、ゲームの信用に関わります」

カインは片膝をつき、その手を小狼へと伸ばした。しかし、その手はアオイによって振り払われた。

「触らないで!!」
「……A1509様」
「違う!私はそんな名前じゃない!アオイよ!両親がつけてくれた名前があるの!」
「……」
「……貴方達なんて嫌いよ……生き物を数値化して、こんな腐ったゲームを作っている……私の母さんを使って」
「!」
「ねぇ!?誰かの命を犠牲にしてまでこんなことをする必要があるの!?分からない……私にはわからない……嫌い……みんな……きらい……もう、どうしたら……」

予測できない事態の連続にアオイの思考は混乱し、今までため込んできた全てを吐き出すかのように叫んだ。雨ではない水滴によるシミが地面に出来た。カインは努めて冷静になろうとしていた。一つずつ、アオイがつむいだバラバラの言葉を繋ぎ、一つの答えを出した。

「……そうですか。貴方が、このサイバースペースを形成する核となっているテラーの本当の持ち主なのですね」
「……しらなかった、の」
「信じてはもらえないでしょうが。しかし、サイバースペースを作った父……アダム様が何か隠しておられるということは薄々感じておりました」
「……」
「今、わたしの弟達がアンノーンを止める方法を探しています。貴方のパートナーに、これを」
「!?」

カインは、握りしめていた右手の指を一本ずつ解いた。彼の掌には赤い球体が乗っていたそれは宙に浮くと、小狼の体の中へ吸い込まれていった。彼の頬に、微かに色味がさした。

「シャオラン!」
「炎の属性を彼に与えました。属性を奪われたショックで仮死状態になっていたようですが、これで大丈夫なはずです。リアルワールドの彼の体も確認してまいりましたが、無事でした」
「……」

戸惑いと、疑心を隠さない視線をカインへと向ける。彼は悲しそうに笑いながらも、この場を立ち去ろうとはしなかった。

「わたしに出来ることはここまでです。あとは、リアルワールドで動いている弟たちを信じるしかない……貴方はわたしが傍にいるだけで息苦しいと思います。しかし、このゲームが正常を取り戻すまで、貴方のパートナーが目覚めるまで、傍にいさせてください」
「……」

アオイは肯定すらしなかったが、拒絶もしなかった。ただ、カインの赤い瞳と視線を合わせないように、ずっと小狼の顔を見下ろしていた。









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