23.Believe

ルナが投げたチャクラムが、三日月のように軌道を描いて、ルカの首を掻き切ろうとしている。アリスはとっさに、自らの武器である不思議な形状をした杖の先から水を放出させ、チャクラムを弾いた。チャクラムはルナの手に戻っていく。赤と青、二つの視線がアリス、そして小狼とアオイを見た。

「アリス……!いったいどうして戻ってきたんだ!ここは僕が引き受けると言ったはずだ!君はどこかに身をひそめて……」
「嫌です」
「アリス!命令だ!」
「受理出来ません!」

アリスは、杖をぎゅっと握りしめながらルカをまっすぐに見つめ返した。もう、彼女の震えは止まっていた。

「私はルカ様に仕える身です。しかし、その命令は聞けません。私はルカ様をお守りするため、このゲームに参加しているのです。例えこの身が切り裂かれようと……いいえ。共に生き残るために、私も戦います」
「アリス……」
「いいんだよ?ルカ。私は二人を相手にしても」

ルナは笑う。彼女の背面のガラスは大きく割れて、その背後には大きな満月が浮かんでいる。流れ込んでくる風が、彼女の銀色の髪をなびかせる。

「運がいい。こんなにも月が青く、美しい。私のテラーは夜中、しかも月が満ちるほど強力になる。昼間の太陽が浮かんでいる時間帯しかテラーを十分に扱えない君だけじゃ、退屈していたんだよ」
「……言ってくれる」

ルカは、ルナに向かって大剣を突き付けた。その剣先に、光が集まる。集まった光はまるでレーザーのようにまっすぐ、鋭く、ルナへと放たれた。しかし、それは横から進んできた、電気を帯びた銃撃に阻まれた。ルナは不機嫌そうに唇を尖らせた。

「アサヒ。助けはいらないって、言ったでしょ?ルカは私の手で殺すの」
「くっ」

ルカは自身の光を、ひときわ闇が濃い部屋の隅に向けた。闇が暴かれるとそこには一人の男性……ルナのパートナーであるアサヒが、銃を構えて立っていた。

「……そのメイドが参戦するなら、二対一になる」
「いいんだよ。さっきも言ったでしょう。このステージで私は無敵に近い。そんな私が、テラー切れに近いルカだけを相手にしてもすぐに勝敗は付いちゃうじゃない」

アリスはルカに駆け寄ると、その身を支えて起こした。

「ルカ様」
「……君を死なせはしない。僕も死ぬつもりはない。二人で、戦おう」
「はい!」

ルカの足が床を蹴る。ルナに近付き、剣を振りかざすまで、わずか数秒だった。しかし、それ以上の速さでルナは動き、ルカの背後に回って彼を蹴り飛ばした。そこに、遠方からアリスの水による攻撃が飛んでくる。それをもルナは涼しい顔で避けると、チャクラムをアリスに向かって飛ばした。反射的にアリスはそれを避けたが、彼女の右頬には深い傷が出来てしまった。戻ってきたチャクラムについた血を払いながら、ルナは笑う。

「残念。もう少しで頭と体がさようなら、だったのにね」
「……!」

加勢しようとナイフを飛ばす構えを見せたアオイを、小狼が阻止した。

「シャオラン」
「おれ達が出る幕じゃない。あの、ルカと言う人と、ルナと言う人の間には、おれ達の知らない何かがある」
「でも」
「今、おれ達がやるべきことはそれじゃない」
「!」

そう、ここはフィラ・デル・フィアにおいて最も高いとされる場所。恐らく、この近くに次のステージへと進むためのゲートがある。クリア出来るのは三組。限りなく厳しい条件の中で、他人を気にしている余裕はない。アオイは歯を食いしばりながらも、頷いた。その時、横から電気を帯びた銃撃が飛んできた。ルカの攻撃を打ち消した、あれだ。小狼はアオイを突き飛ばし、自らその電撃を浴びた。

「っ」
「シャオラン!」
「だい、じょうぶだ。おれには電撃は効かないから」
「……」

全身から、火花をバチバチと放ちながら、アサヒは銃口を小狼に向かって突き付けている。

「ルナが太陽の二人を殺すまで、ステージをクリアさせるわけにはいかない。あの時、摩天楼の底に落とせていればよかったのだが」
「雷の属性……エアカーの操縦を奪ったのは貴方か」
「ああ」
「おれ達と戦っても、そっちが不利なだけだ。電気使い同士、電撃は効かない。それなら、仲間がいるこっちに分がある事は目に見えている」
「どうかな。その仲間が……足手まといになるかもしれない」
「……」

小狼はわずかに考え込む素振りを見せた。その直後、小狼とアサヒの丁度中間地点で電気が流れた音がしたと思うと、照明が落下してきた。小狼は電気を放ってそれを丸ごと破壊した。焦げ付いた臭いと煙があたりに充満する。小狼は煙に身を隠しながら、アサヒへと突進した。アサヒの体諸共、小狼の体はガラスを突き破った。アオイは目を見開き、割れたガラスに駆け寄ってそこから身を乗り出すように下を覗き込んだ。落ちていく。摩天楼の底へと、小狼とアサヒが落ちていく。

「シャオラン!」
「アオイ!もし、あの男の攻撃が君に集中したら君を守りながらだと戦えない!だから!君は!」
「シャオラン!!」
「大丈夫だ!勝つ!必ず!」

バチリ。小狼の周りに青白い電気が流れた瞬間、彼の落下は止まった。隙間なくそびえ立つビルの隙間に磁場を作り上げ、超電導現象のように宙に浮いているのだ。葵はほっと胸を撫で下ろしたが、落下が止まったのはアサヒも同じだった。アサヒも小狼と同じように磁場を作り、宙に浮いている。これから、二人による激しい空中戦が始まろうとしていることは目に見えている。アオイは悔しそうに唇を噛んだ。

(私は空中を飛べない。シャオランを助けられない……だから)

母の形見である銀のナイフを握りしめて、決意する。

(私はシャオランを信じる。そして、私のやるべきことをする)

アオイは立ち上がり、バベルの最上階であるこの空間を見渡した。何にもないこの空間では、ルカとアリス、そしてルナの戦いだけが繰り広げられている。ステージクリアの条件であるゲートは、ざっと見たところ見当たらない。

(一刻も早くステージをクリアするために、私はゲートを見つけなきゃ)

勝ち残り次のステージへと進むために、二人は互いを信じて、己のやるべきことを成す。ただ、それだけだった。







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