13.Second stage

足の裏が柔らかい地面を踏む感触がして、ゆっくり瞼を開いた。予想通り、下は地面だった。人3、4人が通れるほどの道があり、その脇には人の倍以上はある茨が伸びている。ところどころにバラのような花を咲かせたそれは、しばらく歩くと違う色の花を咲かせている。この茨の道を上空から眺めたら、それは美しいグラデーションになっているのだろう。そう思いながら、ファイはモニターの文字列を読み上げる。

「セカンドステージ。『想い出の箱庭』、だって。ミッション『男女でペアを組み、一組の参加者を撃退せよ』、か。ということは、少なくともここでまた半分以下に絞られるね」
「ペアってどうやって認証するの?」
「これじゃないかな?ゲームの受け付けの時、手の甲に記号名とバーコードみたいなのが烙印されたでしょう?」
「なるほど」
「あ、ここからテラーは使えるみたいだよ」
「どうりで」

ファイと互いの手の甲を合わせてバーコードを反応させながら、茨の道に挟まれた先にある空を見上げ、レンは呟いた。空は青く澄んでいるが、時々、雷のようなものが走ったり、火柱が上がったりしているのだ。恐らく、参加者たちのテラーを使った戦いはもう始まっているのだろう。グローブを手にはめてみると、それが自分の体の一部であるようにしっくりと馴染んだ。

「さて。まずはボロボロのファイをどうにかしないとね」
「どうにかなるー?オレ、テラーが使えるようになっても回復系の魔法は使えないし」
「たぶん、何とかなるわよ。属性を割り振ってあるくらいだから恐らく、このゲーム中は属性に絡んだ魔法しか使えない。さっきの雷や炎みたいにね。でも、それをどう応用させるかはテラーを使う者の実力次第」

ファイの傷口に触れたレンは、意識をそこに集中させた。思わず手を引っ込めてしまいそうになる衝動に耐え、ファイは痛みを堪えた。淡い光が傷口を覆う。傷口がジンジンと痺れたが、その痺れは痛みとは違った。数分と経たないうちに、ファイの傷は完全に癒えた。

「よし、成功」
「ありがとう。どうやったの?」
「ん?ただ、私の属性は水みたいだから、ファイの体にある水分や血液を操れないかって思っただけよ。意外と簡単にできてよかったわ。これからはジャンジャン怪我していいからね!死なない程度に」
「なんかさ、レンレン、以前に比べてオレに対して容赦なくなったよね?気のせい?」
「ファイがそう思うのなら、そうじゃないの?」
「レン!?」

第三者の声、しかし、ファイもレンも聞き覚えのある声に、反射的に体が動いた。レンは目を見開き、反対にファイは諦めたように目を閉じた。二人の後ろから走ってきたのは、シュードだった。右目は青いが、左目が黒く変色している。彼の武器は見当たらないが、恐らく属性は闇か何かだろうとレンは察した。
驚きはしたものの、そう冷静に考えられるくらいレンは落ち着いていた。それは、彼が自分の知るシュードとは同じであり違う人物だと理解しているからだろう。恐らく彼は、自分をこの国のレンと勘違いしているのだということまで察せるくらい冷静に、狼狽えるシュードを見ていた。

「レン……?どうして、君は、死んでいる、はずじゃ」
「貴方の知るレンが死んでいるのなら、そうじゃない?」
「しかし」
「確かに、私もレンよ。でも・・・そうね。あの子の言葉を借りるなら『貴方のレンは私じゃない』」
「!」

シュードは目を見開き、視線を落とした。ファイはというと、どこか安心したような表情を浮かべていた。

「そう、だな。オレの知るレンは確かに死んでいる。それに、君はレンにしては感情表現が控えめみたいだ」
「あー」
「何よ、ファイ。その何か言いたげな声は」
「いやぁ、昔はそういう時期もあったなぁと」
「変わったのはお互い様じゃない」
「隣の君は……ワープパネルの前で会った」
「ああ、うん。そうだよー。あの時はミヤビちゃんにお世話になりましたー」
「知り合いだったの」
「うん、っていうか顔見知り程度だけどね。さぁて、どうする?戦う?」

ファイがそう口にした瞬間、その場の空気が変わった。ビリビリとした殺気を、三人は互いに感じている。正式には二対一。互いの戦闘能力は未知数だが、傍から見てみれば明らかにシュードの分が悪い。ふ、と先に殺気を緩めたのはシュードだった。

「オレは戦わない。確かに、君はオレの知るレンではないみたいだ。だからと言って、簡単に気持ちの整理はつかない。かつて大切な人だった人と同じ姿をした君を、殺せない」
「あら。かつて、ってことは、今は別にいるんだ?大切な人」

ニヤリ、とレンが笑ってみせると、シュードも微かに表情を緩め、来た道を引き返していった。その反対方向を、レンとファイは進んでいく。この先、彼らの道が再び交わるかどうかは、運命の悪戯とやら次第だ。

「私って意外と心配症だったみたい」
「え?」
「もしかしたらシュードは、今もこの世界のレンの、死んだ人の影に囚われてるんじゃないかって、最初彼を見たときに思ったんだけど。でも、シュードもシュウと同じだものね。彼は強い人だったわ。今、思い出した」
「気になる?シュードの大切な人」
「少しだけね。幸せになってほしい。こんなゲーム中だってわかってるけど、彼の大切な人と幸せになってほしい。その人、どんな人かしら」
「オレ、少し心当たりあるかも」
「そういえば、さっきミヤビちゃんとかなんとか言ってたわよね?」
「そうそう。きっと……」

ファイは言葉を喉の奥に飲み込んだ。レンも歩くのをやめて、その場に硬直した。強烈な血の匂いが臭覚を刺激したからだ。近くでバトルが起きているのは間違いなかった。
ここでいくつかの選択肢が出現する。戦いを避けるか、参戦するか。ペアを組んでいる男女を倒せばこのステージはクリア出来る。例えば、戦い疲れているペアに忍び寄り、不意を突いて倒すという選択も出来る訳だ。卑劣な方法に違いはないが、勝利のためならそのような戦いを選ぶ者も出てくるだろう。
どうするか。進むか、引き返すか。ファイとレンは互いに目配せした。しかし、結論を出す前に新しい情報が二人の耳に届いた。「ミヤビ!止めて!」ミヤビ。その名を持つ人物が、この先で戦っている。先ほど出会ったシュードと、彼の大切な存在かもしれないという、女性。思考が結論に至る前に二人は走り出した。

茨の通り道を抜けた先には、広場があった。遠くにはファーストステージの舞台であったと思われる屋敷が見える。屋敷に対してこの庭は広すぎるように思えたが、これもセカンドステージ用に空間を調節したからだろう。ファーストステージでは逆に、庭に対して屋敷が異様に広く走っても走っても端にたどり着かなかった。
広場の間には噴水があり、穏やかな水のせせらぎが、ここが戦場だということを忘れさせるようだった。しかし、目に映る光景は戦場、否、地獄絵図そのものだった。

「あれ?確か以前、リアルワールドでお会いしましたよね?お久しぶりです」
「ミヤビ、ちゃん?」
「はい。ミヤビです」
「何を、してるの?」
「何って、戦ってるに決まってるじゃないですか。今はバトルロイヤル中なんですから」

ミヤビはおかしそうに笑いながら、扇についている血を払った。彼女の扇は本来紙で作られている部分が鉄のようなもので出来ており、その刃は研ぎ澄まされ、殺傷能力は高そうだった。

「私、どうしても叶えたい願いがあるんです。だから、勝ちますよ。例え双子の姉を倒してでも」
「そこに倒れてる子……君のお姉さんなのか……!?」

ファイが言うそこ、とは、血だまりの中だった。白い石畳は赤黒く変色している。血は乾いていない。恐らく、この血だまりはまだ出来て新しい。そして、この血だまりを作り出した二人、ユナとウィリアムが瀕死状態になってから、そう時間は経っていない。

「ミヤビ、話を……っ!」

体を起こし、何かを訴えかけようとしてきたウィリアムを一瞥し、ミヤビは扇を振り下ろした。風が発生し、それは鎌鼬のようにウィリアムののど元を掻っ切った。ウィリアムの体が再び血だまりに沈む。

「今更何の話があるんですか?ウィリアムさん。私、全部知ってるんですよ?ずっと前から二人でバトルロイヤルに出る計画を立てていたことも、優勝して二人で別の世界に行こうとしていたことも。私には暫く旅行に行くなんて嘘言って、馬鹿にしないでください。もう帰ってこないつもりだったくせに。私を置いて二人で幸せになるつもりだったくせに」
「ミタビ、ちゃん」
「みんな、私の傍から消えていく。いなくなってく。ユナも、ウィリアムさんも……シュードさんも」
「ミヤビちゃん……やっぱり、君がシュードの」
「だから!全部リセットするんです!全部、全部を忘れさせちゃえばみんなでまた暮らせるでしょう!?何事もなかったように過ごせるでしょう!?だから!私はひっそりサイバースペースにアクセスして戦闘経験を積んできました。私はこのゲームに優勝して私の大切な人たちから記憶を奪うことに決めたんです」
「貴方は本当にそれでいいの?」
「!?」

前に進み出てきたレンを見て、ミヤビは目を見開いた。彼女の言葉に不意を突かれたというよりも、彼女の存在自体に意識を奪われたようだった。その証に、ミヤビはレンを凝視して目をそらそうとしなかった。

「その三人から記憶を奪って、貴方ただけが憶えていて、貴方は辛くないの?本当に今まで過ごしたみたいに笑えるの?」
「レンレン」
「だってそうでしょう?ファイ。偽りで隠した幸せなんか」
「ファイさん」
「「?」」
「貴方とは顔見知りだし、私の邪魔をしないようなら見逃そうと思っていたんですけど、気が変わりました。貴方から、貴方達から消します」
「ミヤビちゃんっ!」
「ちょっと、人の話を」
「貴方が連れてきたこの人が!私の大切な人を私から奪ってる!消えて……消えてーっ!」

ヒステリックに叫ぶミヤビの周りに鎌鼬が発生した。それらはミヤビの想いを正確にくみ取り、空気を裂きながらレンへと向かう。レンが応戦しようとした直前、彼女の目の前に巨大な氷柱が現れてレンの代わりのそれが砕けた。氷を属性として持っているのは、この場で一人しかいない。

「ファイ」
「ミヤビちゃん。君が大切な人を想うように、オレも大切な人を想ってる。その人を傷つけるつもりなら、オレも戦うよ」
「……」

ミヤビとファイが対峙する隅を走り、レンは倒れているウィリアムとユナに駆け寄った。二人の傷口の中でも重傷と思われる箇所に手を当てて、テラーを発動させる。二人同時だと少しずつしか治癒できないが、一人に集中していてはもう一人が危険だと判断したレンは、同時に治癒を行うことにした。

(まだテラーの仕組みに慣れてないっていうのもあるけど、二人同時は少しきついかな……!)
「物好き、だな。君は」
「えーっと、ウィリアムさん。集中してるんだから話しかけないで」
「……今、俺たちを、倒せば、君と彼は、次のステージに、進める、のに」
「そういうの、嫌いなの。その代り、貴方達の傷が治って、彼女の双子の妹さんと話し合いがついたら、遠慮なく戦わせてもらうわ」

レンの言葉を聞いて微かに笑い、ウィリアムは再び意識を手放した。どうやら、彼はまだ喋れる余裕はあるらしい。問題は、ユナの方だ。死んではいないようだが、一度も何の反応も示さない。
治癒にあてるテラーの配分を若干ユナの方に多く調節し、レンは対峙する二人に視線を向けた。ファーストステージで手に入れた武器、不思議な形状の小笛をファイが唇にあてた時、動物の高い鳴き声のような音があたりに響いた。








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