11.Ghost

『早くもプレイヤーが続々とファーストステージをクリアしちゃってまーす!おおっと!No.Y2103、ファーストステージクリアーっ!』
「……良かった」

手元のモニターを見ていたルイは胸を撫で下ろした。今し方、ユイが宝箱を見つけてミッションをクリアしたばかりだった。
ちなみに、ルイが持っているモニターも黒鋼のものと同じく、テラーを不必要とする簡易サイバーツールだ。アナウンスされる戦いがモニターの中央に映っているのだが、これは様々な参加者のバトルを中継するために映像がコロコロ変わる。しかし、他にも各参加者の記号名を入力することで常時彼らの姿を映したりも出来る。
黒鋼のモニターは現在4つに分割されている。メルディアーナがアナウンスするメインモニターと、小狼とファイ、レンをそれぞれ映し出したサブモニターだ。三人は今のところ目立った外傷はないものの、まだ誰もミッションをクリア出来ていない。
いったい何人が次のステージに進めるのか、参加者はもちろん視聴者にも告げられていない。参加者の半数とは聞くが、会場をざっと見たところ全ての参加者の人数を数えることは不可能だった。人数が目視では確認できないほど多いし、参加者の体がスリープ状態にある座席は浮遊して少しずつ移動し座標を変えているのだから。

(宝箱の場所は分からないとなると、見つけられるかどうかは完全に運か……いや、まだ他に方法はあるな。こんなゲームに参加するような奴らがいかにも思いつきそうな……ん?)

黒鋼はモニターから視線を外してルイを見た。彼女の様子がどうもおかしいのだ。顔色は青ざめ冷や汗を流している。体も僅かに震えているように見られる。なにをそんなに怯えているのだろうか。双子の妹も、彼女を守ると言った少年も、両方がステージをクリアし第一関門を突破したというのに。

「っ、おい!」
「……っ」

膝から崩れ落ちそうになったルイの腕を、黒鋼は掴んで支えた。捕まれている腕とは逆の右手で、ルイは眼帯に隠れた右目を押さえた。

「すみません……っ」
「痛むのか?」
「いえ。この右目は別に怪我をしているわけでも盲目なわけでもありません」
「……?」

ルイは眼帯を外し、ゆっくりと右目の瞼を持ち上げた。そこに現れた瞳の色は、金。左目の紫とは全く異なる色だった。微かに目を見開いた黒鋼に笑いかけ、ルイはその金を再び眼帯で隠した。

「僕にはユイのような魔力はありません。でも、この国では非科学的で異端と言われている霊力が右目に宿っていて、霊や、余所の国では妖とも言えますが、そういった類のものが右目で視えるんです」
「だから、右目が変色しているのか」
「おそらく。ふだんは右目を隠して視えないようにしているんですが、あまりにも強すぎる霊力を持つモノは眼帯を透過して、視えます」
「ここに……何かいるのか」
「はい。今までにバトルロイヤルで亡くなった方々の霊が」
「!」
「いろんな想いを持ったかつての参加者が、います」
「……」
「気味が悪いですか?この異端の力が」
「は?何でだ?」
「え?」
「俺がいた国では別に珍しいものじゃなかったけどな。むしろ視える奴の方が多かったが」
「……そう、なんですか?」
「ああ。つか、別にそんなこと関係ないだろ。おまえはおまえだろ。この国じゃ異端らしいが、そんな力を持ってもあの二人がおまえの側にいるのは、おまえ自身のことが好きだからだろう」
「……クロガネ、さん」
「あんま気にすんなよ」
(……不思議な人)

慰められているとか同情されているとか、そういった感情は感じなかった。ただ、思ったままの率直な言葉を投げかけられているだけ。そう、感じた。

(本当に、不思議な人だ)

そう思うのと同時に、ルイは自身にも違和感を感じた。何故、自分は会って一日と経たない人間にこんな話をしているのだろうかと。霊が視えるなんて、ユイやゼロなど一部の人間しか知らないようなことを、どうして話してしまったのだろう。

(……不思議なのは、僕も、かな)

再びモニターに視線を落とし、ユイとゼロの行動を追いかける。その隣にいる黒鋼のモニターの隅では、また別の戦いが繰り広げられていた。







(んー、やっぱりこれだけ広い屋敷から二人を見つけるなんて無謀かなぁ)
「ちょこまかとこいつ!」
(でも、二人とも変に猪突猛進なところがあるからなぁ。特にレンレンとか死なないからって無茶しそうだし)
「聞いてんのか!」
(あれ?でもこのゲームの場合、レンレンの不死の呪はどうなるんだろう)
「待ちやがれこのっ!」
「さっきから邪魔だねぇ。避けるのもメンドクサくなってきたし」
「うわっ!」
「小狼君がいたら怒られるだろうけど、っと!」

ファイは机の上に飛び乗って、高い本棚をゆっくりと足で押した。重心が傾き、本棚は重力に従って倒れていく。まずは並べられていた本達がバサバサと落下して男の自由を奪った。続いて本棚自体が男の上にのしかかり、男の姿は見えなくなった。屋敷の中の図書館に響きわたる重低音がおさまったあと、ファイは倒れた本棚の背にトンッと飛び降りた。

(なんだか、敵を倒す度に身体能力が強化されてる気がする。こんな本棚、黒様でもないと押せないからねぇ)

本棚から降りてゆっくりと歩きながら、片手に持っている宝箱を軽く振る。何も音はしないし、軽い。宝箱の中に何か入っているようには思えないが、おそらくこれがミッションクリアの鍵なのだろう。ファイはすでに宝箱を見つけていた。それでいて未だそれを開かず、ファーストステージにとどまったままだった。

(いざとなればいつでもミッションはクリア出来るから二人を捜して合流しようと思ってたけど、やっぱり無理かなぁ。二人のテラーを感知できればいいんだけど今は使えないみたいだし。これ持ってると、他の参加者に狙われて鬱陶)

そこまで考えたファイの思考は、刹那の間、真っ白になった。頬を生ぬるい何かが伝う感覚で我を取り戻し、繰り出された蹴りを避ける。血が汗のように飛び散った。足元には後頭部を殴られたときにバラバラと砕けた花瓶の欠片が散らばっている。
本棚の下敷きになった男は死んでいなかったのだ。音も立てずにそこから這い出し、ファイが持つ宝箱を奪おうと反撃を仕掛けたのだ。

「っつー……」
「おとなしく渡しておけば命まで奪わないでやったのによ!死ね!」
(あ、やば)

鈍い痛みが脳に残り意識が朦朧として、ファイは男の攻撃に反応出来なかった。ただ拳が振り下ろされるのをぼんやり見ることしかできなかった。
それなのに何故、ファイは未だ立っているのだろか。何故、額にナイフが突き刺さった男は仰向けに倒れているのだろうか。そのナイフに、ファイは見覚えがあった。

「え……?」

『……、No.A1509によりゲームオーバー』と、参加者全員のモニターに情報が伝わる。ファイはゆっくりと振り返った。数日前、リアルワールドで男達に絡まれていた少女が、そこに立っていた。









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