02.Solitude

「あり得ねぇだろ」

ファイと共に食料の買い出しに来た黒鋼は憤慨していた。何故かというと、食料という食料が見当たらなかったからである。

この世界では買い物もサイバースペースを通して行われるのが主流だが、モニター上に目当ての食糧が一切見当たらなかったので、二人がわざわざ近所の大型ショッピングモールまで足を運んだのだが、それも無駄だったようだ。
本当に、食べ物らしきものが一切見当たらないのでファイが店員……と言ってもアンドロイドに聞いたのだが、それは機械的な声でこう言った。『食物ヲ食ベテ栄養ヲ採ルトハ原始的デスネ。コチラヲ一錠飲メバ一日ニ必要ナ栄養ガ全テ摂取出来マスヨ』と、そう言って販売機の中にある錠剤のようなものを勧めてきたのだ。

今までにはない食文化に唖然としつつ、もちろんそれで納得出来る訳もないので、フィラ・デル・フィアに着いてから今まで一行は食料を探しに探し、街の隅の廃れた店でようやく手に入れてきた。そういう店もあるということは、この国曰く『原始的』な食文化は一般的ではないにしろ、それを好んでいる者もまだ少なからずいるらしい。

黒鋼は米袋を肩に担ぎ、ファイは野菜の入った袋を脇に持ち片手ではテラーを使い、モニターを召喚して道を確認しながら、家路につく。

「まったく、この国の食い物はなんだ?あれじゃ薬みてぇじゃねぇか」
「あれだと食事の手間は省けるだろうけど味もしないし、生きてるって感じがしないよねぇ」
「錠剤だけじゃなくて液体が入った袋みてぇなものもあったが、なんだありゃ?水か?」
「ううん。あれも栄養源だって。体に針を刺して管を通して直に栄養を送るんだってさ。一週間くらい食事しなくてもいいらしいよ」
「……なんだそりゃ。この国は人間まで給油式になったのか?」

どこか皮肉を込めたような口調で黒鋼は言い捨てた。
食べ物を育て、動物を狩り、それらに感謝の意を示して自分の栄養とする。そのような食生活を今まで送っていた黒鋼にとっては理解しがたい文化だった。
それはファイも同じで、新鮮な食材で美味しい料理が作れないと時折ぼやいていた。この場にはいないが、レンも「次元移動先の国独自の料理を食べるのが楽しみなのに」とつい先日嘆いたばかりだった。

「早く次の国に移動したいけど、バトルロイヤルに参加しなきゃいけないし、モコナの耳飾りも光らないから、まだまだいることになりそうだね」
「ああ」
「モコナみたいな魔法生命体は、この国では受け入れられないみたいだから、ずっと隠れているのもかわいそうだし、早く次の世界に渡ってあげたいけど……?」

摩天楼にかかるハイウェイを歩いていた二人だが、前方から話し声が聞こえてきてふと歩く速度を緩めた。一人の少女と、それを取り囲むようにガラの悪そうな男女が数名立っていた。

「リアルワールドに人がいるのも珍しいねぇ。だいたい、人の体は家でスリープ状態になって、サイバースペースにアクセスしてるみたいだから。学校とか仕事もサイバースペースが主らしいし」
「ああ」
「それにしても、なにか嫌な感じだねぇ」

ファイの言う「嫌な感じ」とは、道の先にいる少女と数名の男女のことだった。男たちは小馬鹿にしたような眼差しを少女に向け、女たちはその後ろでクスクスと笑いながら少女を見ている。彼らの視線の先は少女が持っている食料が入った袋に注がれているようだった。

「おいおい。今時食い物かぁ?」
「時代遅れもいいところだな。年寄くらいだろ、そうやって生活してんの」
「しかも、わざわざ歩いて買い物か?乗り物に乗るかワープパネルがあるってのによ」
「……」

少女は男たちのちょっかいを無視して、脇を通り過ぎようとした。 しかし、「おいおい、無視かよ?」という言葉と共に伸びてきた男の手に腕を掴まれてしまった。
その時、少女が着ていた服のポケットから何かがカチャンという音を立てて落ちた。ハイウェイに落ちた時の音からして固い金属のようなものだと分かる。少女よりも早く男がそれを拾い上げた。ちょっかいを受けても顔色一つ変えなかった少女が、微かに目を見開いた。

「!」
「なんだこれ?」
「ナイフじゃねぇか?物騒なもん持ってんな。しかし、結構いい値がしそうなナイフじゃねぇか」
「ああ。おい、子供がこんなもの持ってちゃ危ねぇなぁ?おにーさんたちが没収してやるよ」
「返して」
「ああ?」
「返して」

怯むことなく、少女は鋭い視線で男たちを見上げた。その反撃が予想外だったのか、男たちは一瞬だけ怯んだように見えたが、相手がまだ十代半ばの少女だということを思い出し、またふんぞり返りだした。ナイフを返す気は皆無なようである。
ファイがちらりと黒鋼に視線を送ると、黒鋼は無言でスタスタと歩き出した。まったく、分かりにくい人だ、とファイは小さく溜息をついて微かに笑いながら黒鋼の後を追う。

「あのー、すみませんー」
「ああ?」
「それ、その子のでしょう?返してあげてよ」

ファイは柔らかい言葉と笑顔で言ったのだが、裏腹に目は笑っていなかったし有無を言わさぬような声色だった。男たちの動きが、一瞬だけ止まる。あと一押しかな、と思ったファイは隣に立つ黒鋼を手で指した。

「あと、オレ達も食料を買ったんだけど、オレ達も時代遅れかなぁ?」

黒鋼の赤い瞳に睨みつけられ、男たちは完全に蛇に睨まれた蛙に成り下がった。だいたいの低能な人間というものは、容姿だったり能力だったり、自分より優れている者が現れると掌を返したように大人しくなるものである。
男たちはあはは、と引きつった笑みを浮かべた後、ナイフをファイに投げ渡し、脇に止めていた宙を飛ぶバイクに乗ってその場を飛び去った。バイクに乗っていた女たちが、今度は男たちに冷ややかな視線を送っていたことをファイは見逃さなかった。ざまあみろ、と笑顔を浮かべつつ内心吐き捨てるファイには真っ黒という言葉がよく似合う。彼の内心の呟きを察しているであろう黒鋼は溜息をついて、ぼそりと呟く。

「えげつねぇ」
「わーい。褒められたぁ」
「褒めてねぇよ」
「はい、これ。君のでしょう?」
「!」

取り戻したナイフをファイが差し出すと、少女は一瞬だけパッと目を輝かせ、それを受け取った。

「護身用かな?でも、ちょっと大き目だし君には少し危ないかもよ?間違って手でも切ったら」
「……このナイフでは何も切りません。とても大切なものだから」

少女は初めて言葉を口にした。その声自体は少女の外見年齢に相当するものであったが、声色はどこか大人びていた。その目もまるで、いくつもの修羅場を潜り抜けてきた戦士のような、鋭くもどこか諦めた色をした目の色だった。
子供らしくない子供だ、とファイは思った。共に旅をしている小狼もある意味子供らしくないと言えばそうだが、目の前の少女もまた彼と同じように何か命題を背負っているような気がした。過去に何かがあったのだろうか。それとも、普通以上の魔力値を持つ彼女は外見年齢以上の時を生きているのだろうか。
どちらにしてもそれならば納得がいくが、今は詮索すべきではないという結論に至った。現時点で、彼らと少女は顔を見知ったばかりの他人である。

「そっか。じゃあ、もう落としたりしないようにね」
「はい」
「それ、何を買ったの?」
「お魚と、お野菜」
「この国の人にしては珍しいね。オレ達が見てきたのはカプセルや点滴で栄養を採る方法だったから」
「おばあちゃん、それ嫌いなんです。それに、私も何かを食べて栄養を採る方が好きだから」
「そっか。そうだよね。オレ達もだよ。おばあちゃん、喜んでくれるといいね」
「……じゃあ」
「うん。気を付けて帰ってね」
「はい。ねえ、お兄さんたち」
「「ん?」」
「私の大切なもの、取り返してくれてありがとう」

振り返り際、少女が微かに笑ったことを二人は見逃さなかった。大人びた落ち着きと冷静さを持っていた少女だった。しかし、彼女の笑顔は年相応のものだった。
そういえば、この国に来て人の笑顔というものを見たのは久しぶりだとファイは思った。人に会うことすら珍しいのだから、笑い顔を見る確率はさらに低いのは当然なのだが、どこかホッとしてしまった。

「良かった。この国にも笑える人がいるんだね」
「ああ」

小さくなっていく少女の後姿を眺めながら、二人は微かに目を細めた。この出会いが、後々参加するバトルロイヤルに大きく関わってくることになろうとは、今の二人はもちろん少女ですら知る術はなかった。








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