01.Cyber city

電脳都市フィラ・デル・フィア

そこは、一行が訪れたどの国よりも文明が発達している国だった。この国の人々は魔力をテラーと呼ばれる電子的な力に変換し、サイバースペースと呼ばれる電脳世界の中で生活をしている。
テラーが高い人間ほど、リアルワールドからサイバースペースに移動して長時間滞在することが出来る。そこで様々な情報を得たり、遊んだり、また戦うことが出来るのだ。

リアルワールドとサイバースペース、二つの世界が平行に存在しているこの国だが、人々の生活は必然的にサイバースペースが中心となった。
サイバースペースは無限といえるほど広がっており、情報や娯楽、人との出会いまでもそこいらに散らばっている。しかし、人すらもいつからか記号化し、便利化したサイバースペースで、人はリアルワールドに楽しみを見いだせなくなっていた。
また、サイバースペースは良いことばかりの世界ではない。サイバースペースを使用した犯罪は増え、戦争の勝敗を娯楽として賭けることもある、どこか荒んだ世界でもあるのだ。
さらに、サイバースペースの普及に伴い、リアルワールドでの繋がりが薄れてしまっているのも事実。一行がこの世界に来てから一週間ほど経とうとしているが、一行はこの国の人間の数名としか話していない。すれ違う人に話しかけても、だいたい無視されるか、リアルワールドの中でさえも自分の世界にこもり話しかけられたことに気付かない人間が多い。

テラーを使い、手元にモニターを召喚しサイバースペース内の情報をリアルワールドで眺めながら、ファイは息を吐いた。

「なんだか寂しい世界だねぇ、この国。どこかインフィニティに似てる気がする」
「インフィニティでも賭け事があってたもんね」
「それよりも、これどうするの?参加するの?」
「ああ。優勝することは厳しいだろうと思う。でも、必ず勝つ」

レンの問いに、小狼は力強く頷いた。

これ、とはこのフィラ・デル・フィアで催される年に一度のゲームだった。『バトルロイヤル』。その名の通り、参加者全員が一斉に戦い、ミッションをクリアしながら最後の一人となるまで敵を討つゲームである。
しかし、本物の殺し合いというわけではない。参加者はテラーを使用し、アバターと呼ばれる自分の分身をゲームの舞台となるサイバースペースに投影し、そのアバター同士が戦うのだ。アバターが倒れればゲームオーバー、参加者本人が死に至ることはない。つまり、以前訪れた桜都国のような仕組みと言える。
しかし、桜都国では全くの別人となり仮想世界でゲームを楽しむことも出来たが、今回は違う。バトルロイヤルでは、参加者のビジュアルがそのままアバターに投影され、参加者自身の力がそのままアバターの力となる。参加者の本体とアバターは一部がリンクしているのだ。つまり、痛みはもちろん感じるし、アバターへのダメージが大きければ本体がショックを受け、目覚めなくなってしまった事例もあるという。事実上の死が訪れる恐れもあるのだ。危険と隣り合わせのゲームであることに変わりはない。

そんな死と隣り合わせのゲームが、なぜ毎年開催されるほど人気なのか。それには理由があった。

「そりゃあ誰もが必死になるだろうよ。優勝した者にはなんでも願いが叶えられるという権利が与えられるんだからな」

吐き捨てるように、黒鋼は言った。

フィラ・デル・フィアには王以外に、サイバースペースを統率する、マザーという意志を持つテラーの塊が存在しているらしい。実質的にはマザーがこの国の王のような存在であるという。マザー自体がテラーであるのだからその力は強大で、ありとあらゆる願いを叶えることが出来るという。
今までの優勝者が叶えてもらった願いの事例は、金持ちになりたいという願いから、強大な力が欲しいという願いから、憎いやつらを殺してくれという願いから、過去に戻りたいという願いから、不老になりたいなど、様々であった。
ただ一つだけ、死者を甦らせることと不死の願いだけは、マザーでも叶えることが出来なかったという。

「死者は蘇らない。でも、魂を躰に戻すという願いなら、もしかしたら」

小狼の言わんとしていることは全員が理解していた。小狼の中にいるもう一人の小狼と、別の地にいるさくら姫の中にいるもう一人のサクラと、もう一度出会うために。一行は、この死のゲームに参加することを決めたのだった。







手元に召喚したモニター画面を操作し、バトルロイヤルの申し込みを完了した少女がいた。No.A1509、それがそれが少女に与えられた記号だった。

「もう引き返せない」

まだ、どこか幼さの残る声で少女は呟いた。しかし、その言葉の中には揺るぎようのない強い意志が秘められていた。

「必ず、取り戻す」

左手に握る銀のナイフを十字架のように見立てて、少女は祈るように目を閉じた。








- ナノ -