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実に5年ぶりの再会になるのかもしれない。本来なら案外短いと感じる期間なのに、アヴドゥルがまた昔よりも小綺麗な身なりをしていたので、経った年数を何度も数え直してしまったほどだ。
「お前ッ、どうしてここに……!」
「あんたこそ! ちゃんとした服も着れるんじゃない! ピアスももっと控えめだったのに!」
「お前は随分と黒くなって、すぐにわからなかったぞ!」
「あのねぇ、健康的って言ってよ」
「ハハハ! お前に世辞など使うか」
などとお互いに声を荒げながら、駆け寄るなり意味もなく肩を叩き合う様は興奮しきっていて、最早恥も外聞もない。
ふと、視界に大柄の影が紛れ込む。私は途端にアヴドゥルの背後に、彼の連れらしき集団が控えているのを思い出して、慌てて挨拶をした。白人とアジア人が二人ずつ、些か唖然とした様子で返事をした。
よくよく見ると驚いたことに、年若い二人は学生服を着ていて、日本人らしい。そして年配の紳士と髪を立てた白人男性。全員壁のように大きいが、統一感のない4人だ。
現地の案内でもしていたところだったのだろうかとは思ってもみたが、それにしても奇妙な組み合わせで、経緯は推測できない。
何にせよ、興奮のあまり仕事の邪魔をしたと恥ずかしく思って、私は急いでアヴドゥルと4人に謝った。騒ぎ過ぎたことを思い出して、仄かに顔が火照る。
しかしアヴドゥルは、
「なぁに」
気にすることはない、と相変わらず笑って、快活そうに連れを振り返った。4人はやはり鳩が豆鉄砲を食ったような表情をして佇んでいる。
「友人との個人的な旅だ」
アヴドゥルは私をまた見つめ返して、そう嬉しそうに話した。

友人。言われてみてもあまりにもばらばらな5人で、おかしな感覚だ。
通行人が何やら盛んに言葉を交わしながら、膨れたリュックや肩や腕を弾いて無理矢理に通って行くので、私達はひとまず落ち着いて話ができるように、街路を進むことに決める。彼らは予約しているホテルがあるらしく、一度そこへ立ち寄ってから、地図でも貰って食事の出来る場所の案内を頼むらしい。
途中まで一緒に、と歩き出そうとした時、アヴドゥルが「ジョースターさん」と男性の名前で呼び止めた。年配の紳士がソフト帽を抑えながらゆるりと振り返った。
「もし良ければこいつも一緒に行ってもいいでしょうか」
「えっ?」
私は思わず、隣に立つアヴドゥルを勢い良く見上げた。アヴドゥルは私の都合など一切お構いなしといった風に、けろりとした様子でいる。
ジョースターさんと呼ばれた紳士は、アヴドゥルの突然の提案と私の動揺を悟ったのか、気遣わしげに、
「わしらは構わんが……」
と私へ視線を寄せた。4人の目がアヴドゥルと私を交互に行き来する。旅行の邪魔をしているようで、いたたまれない気持ちになり、私は引きつった笑みを貼り付けた。
「しかし、彼女にも予定があるんじゃあないか?」
ずっと一人旅だったので、とにかく言葉に飢えていた。出来ることなら勧めに甘えたい気持ちもあったけれど、こちらはみすぼらしい貧乏旅行なので、迷惑になるかもしれない。断ることに後ろ髪を引かれるものの、水入らずの輪に割り入る居心地の悪さも遠慮したいのだ。
人恋しさを振り切るようにアヴドゥルを見上げてウンウンと頷いていると、アヴドゥルもちらりと私を見てから、物分かり顔でふっと軽く笑った。
「いえ、どうせこいつの用事なんて、あってないものですから」
「ちょ、ちょっと?!」
「おいおい、アヴドゥル、彼女が困っているぞ」
「困ってなどいません、こいつは捻くれているだけです」
「はい〜〜?!」
ジョースターさんの後ろで、緑の学生服を着た、長い前髪の男の子がぷっと吹き出したのが見えた。紳士の声色も、少しばかり柔らいでいる。
「アヴドゥルはああ言っているが、どうだね?」
人混みの中、こちらを興味深げに眺めながら待っている4人目へ遣って、それでも私がまだ迷っている素振りを見せると、リュックで隠れていない、肩の付け根をばしりと叩かれる。
「らしくない気遣いはするな」
平手を飛ばした大きな手をアヴドゥルはすっと下げて、もどかしそうに私を睨んだ。
「いいだろう? 俺はお前と話がしたいのだ」
一瞬、呆気にとられた。頭からじわじわと浸透するにつれて、足の先まで羞恥で火照る。
旧友にこう言われて、嬉しくないはずがない。けれどこちらは、久々に会ってまだ昔の感覚を掴みかけているところだというのに、いきなりこの調子じゃ、照れ臭さで顔が赤らんでしまう。
私ははにかみながら、期待を込めてもう一度尋ねる。
「本当にいいの?」
「ああ、これを逃せば次はいつ会えるかわからん。皺だらけでは会いたくないだろう」
その通りだと私が笑うと、銀髪の男性が暑さに顔を顰めながら、「決まりだ決まり!」と横合いから叫んだ。
「何もこんなところで言い合いなんぞしなくてもいいじゃねーか、もう腹が減って仕方がねぇよ」
などと言いながら、黒い学生帽の男の子と左右に流れる雑踏をかき分けて、既に歩き出している。
「それじゃあ続きは、歩きながらでもしよう」
周りの騒音に掻き消えそうな声を追って数歩進んだあと、ジョースターさんと緑の学生服の男の子が私達を待つ。
「まったく」
呟きながらも、アヴドゥルの声には決して呆れ返った響きはない。
私は優しげな音と、横で影を作る褐色の肌を辿って、アヴドゥルを見上げた。陰った男の顔の中で、青みがかった白目が綺麗なコントラストを描いている。ぼうっと汗のにじむ顔を眺めていると、光を受けて飴色につやめく黒目が私へ寄せられて、ほんの僅かに細められた。
「行くか」
日除けのマントが、足元をひらりと舞う。また込み上げてくる照れを誤魔化すように視線を外せば、背を向ける寸前のジョースターさんが視界に入る。纏う雰囲気が、数分前よりもずっと柔和になったように感じられて、私は広い背をじっと見つめてしまった。気づけば困惑気味だった紳士の顔には、微笑みが薄っすらと滲んでいたような気がしたのだ。
それは、きっとアヴドゥルに向けられているものなのだろうと思った。アヴドゥルは今も変わらず、生真面目で実直な男として信頼され、また私が思わず吹き出してしまったあの頃のように、愛おしく思われているのだ。
そう気づいた時に、自分を褒められたみたいに誇らしく思った。私は浮かぶ笑みと一緒に、友人の好きな部分が変わらない喜びを噛み締めた。
だから私も、ひとつ変わらないところを、アヴドゥルへ見せてやろうと思ったのだ。

チャンスはすぐに舞い込んできた。
近場に予約したというホテルへ向かって歩く道中、ようやく先へ行った二人へ追いついた時に、気になる話し声が耳に流れ込んできた。銀髪の青年が、ジョースターさんと話をしているようだった。
「憶測だがありゃあもしかして……」
「ポルナレフ」
普通の声量だったので、はっきりと聞こえたのだけれど、内容はわからない。しかし、私達が追いつくと紳士が慌てて諌めたところを見れば、アヴドゥルと私の話題であることは明白だった。
バツの悪そうに咳払いをするジョースターさんは、
「それでアヴドゥル、そろそろこちらの女性を紹介して欲しいのだが」
と若干しどろもどろになっている。ポルナレフと呼ばれていた銀髪の青年が、面白そうに、
「隠し事はナシだぜ」
と野次を飛ばすのに、「黙っとれ」なんて掛け合いを聞いて、私の推測は確信に変わった。
アヴドゥルは真面目な男なので、今のところ、ジョースターさんの質問に答えることしか念頭にないようだ。私はニヤつきそうになる頬に鞭打ちながら、空腹のお腹に力を入れてアヴドゥルが口を開くのを待った。
「これは、紹介が遅れてすみませんでした。こいつは名前と言って、私の……」
「恋人です」
続く声を遮って、高らかに喉を震わせると、一瞬、男たちの動きが止まった。
ちょっとしたジョークのつもりだったのだが、目をまんまるにしてぽかーんと口を開けたアヴドゥルの表情と言ったら、いつもの強面なんて想像もつかない間抜けっぷりだ。
「こ、こらッ! 何を言ってるんだ」
と焦り気味に怒鳴ったアヴドゥルの声は、どっと盛り上がった歓声や笑い声、「やっぱりなぁ〜〜!」という銀髪の青年の叫び声にすっかり紛れてしまっている。ポルナレフ、やめんか! 承太郎、花京院お前まで、なんて叫びが次々と飛び出すが、空回りしている。
「ジョースターさん、勘違いなんです! こら、お前も撤回しろッ!」
こちらへ向けられた怒声に、私はにやにやと笑って、
「キャッ」
と芝居がかった動作で頬に手を当てると、恐らく肌が白ければ顔を真っ赤にしているのだろうアヴドゥルは、息を切らせながら手首をむんずと掴んで、私の頬から手を離させる。眉間にはぎっちりとシワが刻まれていて、随分怒っている様子だ。
「お前、どういうつもりだ」
「どういうって……」
私はアヴドゥルの横で口元を緩ませている銀髪の青年に笑いかけながら、
「隠し事はなし、でしょ?」
とまた恥じらうように、口を掴まれていない手で覆って、僅かに目を逸らした。
暑い空気を口笛が突き抜けていく。悪乗りも随分とウケてくれたらしい。それにしても、茶番に即座に乗ってくれる、随分と気のいい人たちだった。これをきっかけに、すっかり意気投合してしまうほどだ。
こうして、動揺して声を荒らげるアヴドゥルの姿に味をしめた私は、吹き出しながらのジョースターさんの強い勧めもあって、急遽ホテルまで一緒に宿泊することとなったのだった。

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14/07/20 短編
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