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区画が違うせいで、承太郎とは一度も学校が同じだったことはないけれど、親同士の仲で出会った縁がある。
母とは、聖子おばさんが日本に嫁いできた来たばかりの頃からの付き合いのようで、言葉や土地に慣れようと参加した町内の料理教室で教えあう内に、言葉の壁もなんのそのと意気投合したのだと聞く。ホリィの名前から、“聖子”というあだ名が生まれたのも、きっとその頃からなのだろう。当時離婚したばかりだった母にとっても、聖子おばさんとの出会いはかけがえのないものであったのだという。
母はおじさんとはあまり面識はないらしく、空条家とは二十年来の女同士の世間話で成り立っていて、いつまでも仲の良い空条夫婦をネタにしてはからかい合う、女子高校生のようなテンションは今でも変わらない。成長するにつれ、それについていけなくなった承太郎と私は順調に反抗期に突入し、二人の親が騒ぐに十分な話題を提供した。
「へー」
懐かしさに思わず声を漏らす。聖子おばさんが整理していたのだろう。和室でお茶を淹れてもらうのを待つ間、ケヤキの座卓の上に途中で投げ出されたアルバムを捲りながら、私は幼い頃からのことを思い返していた。
「中学校の入学式と高校の入学式、まったくの別人じゃない」
「つまらねーもん見てんじゃねーよ」
私の笑いを含んだ呟きを、低い声が遮った。飴色に透けた漆塗りの茶箪笥の前にいる承太郎は、先程から引き出しを開けてはごそごそと何やら探しているらしい。
気にもとめず、数枚の写真を手にとってまじまじと見つめた。承太郎は昔から物静かでよく人に頼られていたが、こんなにも変わるものかと、並べられた写真を改めて見て私は妙な感心を覚える。
おじさんのいない日々の中で、承太郎へべったりと寄り添うことで寂しさを緩和していた聖子おばさんのためか、承太郎は金持ちだお坊ちゃんだと騒がれ、時にからかわれていたこともあったのだという。小さい頃から竹を割ったような性格で、決めたことには迷いもなく度胸が据わり、陰湿なことを最も嫌っていたのは変わりはないけれど、そんな性格だからこそ、もしかしたらこせこせした周囲に嫌っ気がさしたのかもしれない。
「男らしくなったでしょ?」
お盆の上に湯気の立つお茶を乗せて、聖子おばさんがにこやかに居間へ現れた。スリッパを脱ぐと長い足で畳のへりを跨ぎ、座卓にお盆を置く。承太郎はいつも通り無視を決めているらしく、気にする様子はないが、箪笥を漁っている正面を覗き込めば多分、苦い顔をしていることは明らかだ。
承太郎の背を見ながらウンウンと頷く私へ、聖子おばさんは皺を寄せて満足そうに目を細めると、
「承太郎、探しているのはこれかしらァ?」
とお盆から箱を掴んで掲げ、おどけたように首を傾けた。中腰で引き出しを覗き込んでいた承太郎が、眉のぎっちりと寄った顔を上げる。
「ね?」
どうやら、探しものは見つかったらしい。聖子おばさんの手に握られた“本練り”と書かれた箱を見て承太郎は、「持ってやがったのか」と不機嫌そうに声を漏らした。

空条家にお邪魔してやることは、大体決まっている。毎日のように庭師が手入れしていく庭内は東屋もあって、山奥の別荘を借りたみたいに穏やかで静かだ。暖かい日はそこで庭を眺めながら読書をするし、肌寒くなってくれば、今日のように聖子おばさんの近くでのんびりとお茶をいただく。たまにおばさんの趣味の手伝いをしたり、教えてもらったりもする。私が承太郎と過ごす時間というのは、昔に比べればそれほど多くはない。
「もう行くの?」
「ああ」
脱いでいた帽子を取って立ち上がった承太郎を、私は思わず引き止めた。軽い返事が投げられる。
おばさんがお茶を淹れて、羊羹を切って出したばかりだ。それなのに承太郎ときたら平らげるなり、「美味かった」とだけ零して、さっさと自室へ続く長い廊下をのしのし歩いて行ってしまった。聖子おばさんはそれに何を言うでもなく、「そうそうこの羊羹、手練りで美味しいのよね!」なんて、至福の表情で頬張っている。
言ったって無駄だ。私は肩を竦めて、座卓へ向かって座り直した。
「お友達に貰ったんだけど、取り寄せも出来ないのに、承太郎ったら気づいたら一人で食べちゃってるんだもん」
だから隠しちゃった、と言う割には、おばさんと私のお皿には、まるでケーキか何かかと思うほど豪快に切られた羊羹が乗せてある。私は親子だなぁと苦笑いしそうになった。気取ったり、執着しないそういうところが好きだった。
承太郎もそうだ。取っつきにくくて付き合いも口も態度さえも悪くなったけれど、やっぱり聖子おばさんの息子だとたまに思うことがある。

まだ私が小学校に入ったばかりの頃、町内の同い年の子供達が猫へ悪戯をしていたのを注意したばかりに、いじめられて落ち込んでいたことがあった。母親へ毎日のように泣きついていた私のことを、聖子おばさんから聞いたのだろう。下校途中、いつもなら会うはずのない承太郎が突然公園の垣根から飛び出して来て、呆気にとられる間もなく、傘や木の枝で私を叩いていた悪ガキ集団を蹴散らしてしまった。慌てたあまり、怪我をした子もいた。
そのせいで承太郎は大人達からこってりと絞られたし、聖子おばさんも町内役員から随分と注意するよう言われたらしい。空手も柔道も、武道は一切やっていなかったから、長く問題視されることはなかったものの、承太郎以上に無関係の聖子おばさんへ、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになったことを今でも思い出せる。
そして説教を終えて帰ってきた承太郎が、謝ろうとした私へ言った言葉は忘れようにも忘れることはできない。
俺が守ってやる──
今の承太郎じゃ、絶対に言わない台詞だ。
「んん〜幸せ」
頬に手を当てて、聖子おばさんが夢見心地に呟く。私はそれに軽く笑った。
座卓の隅へ寄せた写真は、どれもこれも別人のようだ。いつからこんな姿に変わっていったのか、多分この思い出に比べればずっと最近のことだというのに、それだけは記憶に残っていない。
でも、たとえもう子供じみた気障な言葉は吐かなくなっても、承太郎はそれでも迷いもなく行動に移すに違いない。承太郎は、そういうやつだ。
「本当、美味しいですね!」
私も羊羹を大きく切って口に入れる。咀嚼をしながら、渋めのお茶を飲めばもっと美味しい。
「そうよね、そうよね!」
朗らかに笑うおばさんを見ていると、いつだって確信に変わる。承太郎は、この人によく似た息子なのだと。
だから私は、このすぐ後に消息を絶った承太郎の話を聞いた時、嘘だと直感してしまったのだろう。


承太郎が勾留された。それを知るよりも前に、聖子おばさんが倒れたことを人伝いに聞いて、母と私は慌てて空条家へ赴いた。
聖子おばさんは今では顔が広いといっても、日本ではいざという時すぐに頼れる人はいない。学校へ行く間に家政婦を頼むにしても、その他の時間に承太郎一人で家事や看護がすべて出来るとも思えない。20年来の仲は、こういう時にこそ使われるべきだった。
空条家の門前に着いた途端、黒塗り車の並びに深刻な事態を感じ取って取り次ぎを頼んだのだが、私達はおばさんの顔を見る間もなく、黒服の男たちにすげなく追い返されてしまった。
数日間は、母も何度もおばさんの元へ赴いたにも関わらず、SPのような威圧感を放つ男達は、
「ジョースター氏に依頼されたことですのでご安心下さい」
の一点張りで、決して事情を口外しようとはしない。それ程の重病なのだと感じざるを得なかった。
しかし母の方は本気で心配をしていただけに、気持ちを無碍にするようなおばさんの父親の強引なやり方に、あまり良い気分にはならなかったようだ。気に留めつつも、落ち着くまでは足を運ぶことはなくなっていった。承太郎も通学路で顔を合わせることはなくなり、それ以来ぱったりと消息が途絶えた。
だから、一体空条家に何があったのか。承太郎はどこへ行ったのか。私達がそれを知ったのは、ふた月近くも経ってからのことだった。

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13/01/28 短編
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