鼻つきぺったん 〜ifトリ昼〜 使い古した言い方で言うなら綿飴みたいにふわふわな雲がぽっかり、青い空を背景にやけに映える形で浮いていた。あれは何雲だろう、とぼんやり頭の片隅で考えていた私はそろそろ体が痛くなってきたなと窓の外を向いていた首を回し、高い天井を見上げた。 と、そこにひょこり。 現れたものは二つの菖蒲色。珍しく真面目な表情をした、飛段さんだ。口さえ閉じていれば普通に精悍な顔つきであるその男を私はじっと穴が空きそうな程に見つめてみた。 するとふと、私の顔に影が落ちる。その影はオールバックの形をしていて、逆行に沈んだ飛段はその顔をゆっくりと私に近づけてきた。私は黙って、その顔に落ちる陰影の調子に見惚れる。その珍しい色の瞳が、私のありきたりな黒曜の色のそれとぐんぐん距離を縮めていって――… …ふわり、 存外柔らかな肌が私のそれと同じところに重ねられた。 「…………」 「……………」 「…………何してるんですか?」 「んー? 鼻ぺったん」 すりすりと軽く何往復か鼻の頂点を擦り合わせた後、飛段さんはゆっくりと床に寝そべる私の体からその身を離していく。 「先端擦り合わせるってなんかエロいよなー」 今までの一連のよく分からない行動をその一言で片付けた飛段さんを私はぼんやり見上げつつ、胸の内でひっそりと一つある決意をする。 よし、今日のお昼は餅にしよう。 もーちつーきーぺったんこー の唄がふと浮かんだもので。 |
もしもトリップしてきたのが飛段だったら 〜ある日の朝〜 …かちゃり、 私の意識を浮上させたのは、扉が立てた小さなドアノブの音。 うっすらと持ち上げた瞼を通して、眩しい陽射しが私の目を焼く。私は堪らず、直ぐにぎゅうと再び固くそこを閉ざした。 ――…かしゃ! …と、その瞬間。私の鼓膜を揺らした大きな音。 私はぼんやりと訝しみ、ゆるゆると重たすぎるその薄い皮膚をなんとか持ち上げる。 「よお」 「飛……段、さん」 そこに屈んでいたのは、にかっといやに爽やかな笑顔を浮かべる一人の男。私はその手に収まる赤色の固まりを見、ひくりと小さく唇を引きつらせた。 「…それ、私のケータイ」 「っと。ん…? あ、こうか。…――よし。壁紙登録完了〜!」 「…なんです、け」 「これでいつでもお前の寝顔が見られるぜ!」 「ど……。…もう良いです」 はあ…。私は大きくため息を吐き出すのと同時に、思わず自分の額を手のひらで押さえてしまう。 自分の寝顔を壁紙にするなんて、一体どこのナルチシズム野郎だ。 もうどうでも良いやと諦めた私の様子に気がついたのか、ふっと飛段さんはその紅藤色の瞳を携帯電話の画面から持ち上げこちらを見る。その真っ直ぐな視線に、私は何故だかたじろいでしまった。 きらりと朝陽を反射し輝いたアッシュグレイの髪が、眩しい。その光に相応しく――しかし血生臭い宗教に惑溺しているという事実に似合わぬほどの眩しい笑顔を再びその顔に浮かべた飛段さんが、するりと唇を動かす。 「パジャマ姿、もーらい」 「!!?」 私がその手に飛び付かんとしたときにはもう、飛段さんは立ち上がっていて。 その長身に苦戦し私がぴょんぴょん跳びはね真っ赤な顔で大声を上げ続けた様子を、飛段さんはそれからたっぷり一時間は楽しんでいた。 オーキッドピンク赤紫 牡丹 中紅 紅藤色 アッシュグレイ にいって悪い顔して笑う飛段が好き。 |
もしもトリップしてきたのがイタチ兄さんだったら 〜ある日の夜〜 「あの…、イタチさんイタチ兄さん」 「どうした」 「由々しき事態が起こりました。いやあの、防ごうと思えば防げたことなんですけど、重いのも面倒なのも嫌だったと言いますか…」 「?」 「米がありません」 「…、オレは腹が減ったんだが…」 「すみません…。だけど、やっぱり学校帰りに米を買ってくるのはちょっと…」 「ああ…すまない。良いんだ。それなら仕方がない。だが…今夜はどうするんだ?」 「それで…あの、」 「ん…? そう言えばさっき、台所でお前は何かを作っているように見えたが…」 「そうなんです! ご飯がなかったのでその、こんなものを作ってみました」 すっ、 差し出した大盛りのそれを見て、イタチさんは怪訝そうにその目を細める。 「これは…」 「カツ丼です」 「…米がなかったんじゃないのか?」 「その、だから……カツの下は全てキャベツで埋め尽くしてみました」 …――がしっ! 突如イタチのその両の手のひらによって掴まれた私の肩。 私はびくりと体を震わせ、おそるおそるその顔を見上げた。 「あの…い、イタチ兄さん?」 「――…でかした」 「…え、」 「素晴らしいカツ丼だ。さ、早く食べよう」 兄さん気づいて、それ最早丼じゃないよ。 |