傷痕



「そうだルフィ、宴の前にお願いしたい事があるんだけど」

「ん?なんだ?」

「シャワーを浴びたくて。あとできれば服をお借りしたいな、って」

「ああそんな事か!好きに使っていいぞ」

「ありがとう。服は……ナミさんに相談してみようかな。今どこにいるか分かる?」

「ナミなら部屋に居んじゃねェか?おーーーーい!!ナミーーーー!!」


思い立ったら即行動、という言葉はルフィのためにあるのではないか。

エマはそう思いながら、ワンテンポ遅れて両耳を塞いだ。
すると大きな音を立てて一室の扉が開いた。


「うっさいルフィ!!何よ!!」

「エマがシャワー浴びてェって!あと服!!」

「あぁ、そういう事ね。分かったわ。エマ、こっちにいらっしゃい!」

「あ、はい!……ありがとうルフィ、後でね」

「おう!」


ルフィに手をひらひらと振ってナミの所へ向かうと、ニコニコと笑って迎え入れてくれた。


「着替え、これでいいかしら。エマの服は次の島の時にでもね。それまで私のお古で我慢してくれる?」

「はい、全然、ありがとうございます。すいません、私ほんとに何も持ってきてなくて」

「いーのよいーのよ、気にしないで!むしろなんの準備もさせずに連れてきたのこっちだし」


ナミは申し訳なさそうにしながら、シャワー室の場所を案内してくれた。

「ごゆっくり」と美女にウインクを華麗に決められては、同性だと言ってもドキドキしてしまう。
グルグル巻きの包帯を解くと、赤黒くなった血痕があり、我ながら酷い怪我だったんだなと他人事のように思った。


「い、たァ〜〜い!!」


身体全体に水を被れば、当たり前だが全身の傷に沁みた。
しかし、赤黒い汚れがだんだんと落ちていくのは気持ちが良かった。
傷の痛みが気にならなくなってくると、思い浮かぶのは一味の皆の姿。


(私、この一味の仲間になれたんだ……)


そう思うとニヤニヤが止まらない。
危険な事ももちろんあるだろう、だけど、それ以上に皆と冒険出来ることが何よりも嬉しかった。
話でしか聞いたことがなかった島や動物をこの目で見ることができるのだ。
鏡に映る自分の顔がなんとも幸せそうで、笑ってしまう。

逸る気持ちを抑えられず、エマは大急ぎでシャワー済ませ、身体をポンポンと傷に響かない程度にふき取り服に手を伸ばした。


「こ、これは……」


ナミに借りた服を広げて思わず呟いた。

周りを見渡しても代わりになりそうな物などあるはずもなく、仕方なく着てみたが、如何せん丈が短い。
エマは誰かの目に留まらぬよう、早歩きでナミの部屋に向かい、少し乱暴気味に扉をノックした。


「おかえりエマ、早かったわね」

「ななななナミさん、あの…!!」

「やっぱりちょうど良かった!エマと私じゃ少し身長差あるし、少し古い服で悪いけどそれ着ててくれる?」

「あの、大きくてもいいのでもう少し丈の長い服を貸して頂けないでしょうか……!」


顔を真っ赤にしなら訴えるエマは、ウエストが出てしまう程のTシャツとホットパンツを出来るだけ両手で引っ張っている。


「あら、いいじゃない。せっかく綺麗な身体のラインしてるんだから〜」

「き、綺麗じゃないです、傷だらけだし……!ナミさんの方が数億倍綺麗ですし!」

「あらそう?ありがとっ」

「せめて上に羽織る物貸していただけませんか…?パーカーとか」

「まぁ、エマがそこまで言うなら仕方ないわね。ん〜〜……はい、これでいいかしら?」

「ありがとうございます…!」

受け取った黄色のパーカーに腕を通してチャックは首までしっかりと上げた。
袖が少し長くて、俗に言う萌え袖状態だが、本人は特に気にしていないようだ。


「……こっちも悪くないわね」

「? 何でしょうか?」

「ううん、なんでもないわ。エマ、次の島に付いたら一緒にショッピング行きましょうね!服なんてたらふく買ってあげるわ!」

「はい、ぜひ!ありがとうございます!」


もう一度しっかりと頭を下げてエマはナミの部屋を後にした。
そして次は、この船で唯一エマより年下のトナカイの姿を探した。


「チョッパーくん」

「エマ!どうだ、怪我の調子は?……って、なんで包帯取ってるんだ!まだダメだぞ、傷口からばい菌が入ったらどうするんだ!」

「ごめんなさい、どうしてもシャワーに入りたくて取っちゃったの。だから、もう一度手当てしてくれますか、ドクター?」

「ど、どどど、ドクターなんて言われたって、嬉しくなんてねーぞ!コノヤロがぁ」


険しい表情が一変、えへえへと笑みを浮かべるチョッパーは嬉しそうにこ踊りした。
用意された椅子に腰かけ、チョッパーの手際の良さに感心しながら処置を見守る。


「チョッパーくんはすごいね。傷、綺麗に治りそう」

「……その事なんだけど、」

「? どうしたの?」


チョッパーは気まずそうに、そして申し訳なさそうに手鏡を渡した。
そしてエマの前髪を掻き分けると、額には深めの傷がくっきりと浮かんでいた。


「そこだけ、他の箇所より傷が深くて……出来るだけ頑張るけど、その、完全に痕は消える事はないと思う」


「ごめんな」とチョッパーは首を垂れる。
そんなチョッパーの頭をエマはポンポンと優しく撫でた。


「気にしないでチョッパーくん」

「でも、エマは女だろ?女は痕が残ると気にするって、ナミが」

「でも私は気にしないよ?前髪で隠せば普段は見えないし。それにね、この傷を見れば思い出せるでしょ?」

「何を?」

「今日の事。私ね、今すごく幸せなんだ。皆の仲間になれて、これから一緒に冒険できること。きっと、今が人生で一番幸せ」


そう言ってエマは本当に幸せそうに、花が咲いたかの様に綺麗に笑った。


「傷を見る度にね、この気持ちを思い出せると思うんだ」

「そっか……」

「うん。だから、この傷は残っていいんだよ」


エマは本当に気にしていないようで、むしろその傷を見て嬉しそうにはにかんだ。

「そもそも、私は死んでもおかしくないような怪我してたんだよ。それなのにこうして元気に生きてるし、傷痕も大きく残らない。すごい事だよ。さすがドクターチョッパー!」


エマがそう煽てれば、チョッパーは先ほどと同じように踊りながら喜んだ。
そんなチョッパーをエマはにこにこと微笑ましく見ていた。


「おーーーい!エマ!宴の準備ができたぞーーー!!」

「ルフィの声だ!行こう、エマ!」

「うんっ!」


小さな手に引かれて甲板に出る。

そこにはキラキラと輝いて見えるほどの品々。
食欲をそそる香りが鼻を刺激して、お腹の虫が鳴った。


「そういえば、起きてから何も食べてないんだった……」

「久しぶりの食事になるから、ゆっくり食べるんだぞ!」

「はいドクター」

「エマちゅわあぁぁああん!胃に優しい物作ったからそっちから食べてねぇぇえええ!」

「サンジさん、ありがとうございます」

「お安い御用さ〜〜!!」

「はい、エマ。お水よ」

「元気になったらたらふくお酒飲ませてあげるからねっ」

「ロビンさん、ナミさん…!」

「エマ、ゾロの隣が空いてるからそこ座れよ。おれはルフィと余興の準備がある!」

「あ、はい。ゾロさんお隣失礼します」

「あァ」

「よし野郎共ォ!準備はいいかァ!!」


ルフィがジョッキを高く掲げて音頭を取った。


「おれ達の、新しい仲間エマに!カンパイだぁぁあああ!!」

「よろしくお願いしますっ!!」


甲板には一味の愉快な声と、ジョッキが合わさる甲高い音が響いたのであった。