首輪



「ふむ、見違えたな」

「こんな格好させても、社交界なんて出ないわよ」

「出てもらわなければ困る」


そう言った男に、エマは勝手な事を言うな、と睨みつけた。



―――あの後、もう一度通信を繋ぎ、エマは一方的に話を始めた。


「今夜、王宮で社交界があるわ。大層なパーティみたいだけど、幸い招待制ではないみたいだから人混みに紛れてくれば簡単に潜入できるはずよ」


社交界が開かれる夜までは時間がある。
特に拘束されていない事から、王宮を好きに出歩いても咎められる事はないだろうと、エマは推測する。
それまでに、いくつか確認したい事がある。


「パーティの最中に、お宝盗んでとんずらするわよ」


それだけ伝えて、エマは通信を切った。


「さて、と……」


早速部屋を出ようとしたところで、扉がノックされる。
返事をする前に侵入してきたのはセリムだ。


「普通、返事が聞こえてから入ってくるものだけれど」

「妻となるお前にそんな気遣いは不要だろう」

「親しい仲にも礼儀ありって言うでしょ」

「なんだ、夫婦になる事は否定しないのか」

「言っても無駄だから言わないのよ」


エマが何を言おうとも、セリムの返答には余裕がある。
存外、メンタルが強い。


「何の用」

「エマこそ、どこへ行こうとしていた」

「別に。暇だったから王宮内を探索しようとしただけよ」

「そうか。この建物は美しいからな、きっとお前も気に入る」


やはり、セリムはエマの動きを制限しようとはしていない。


「だが、その前に今夜の衣装合わせだ」

「衣装?」


セリムが合図を送れば、数人のメイドが部屋に入ってくる。
そして大量の衣装ケースからドレスを引っ張りだすと、有無を言わさずにエマに合わせ始めた。


「ちょ、何…!?」

「まぁ!よくお似合いですわ奥様!こちらの色もどうです?」

「奥様!?」

「黄色も似合うけど、やっぱり純白がいいかしらぁ…!」

「バカね、白は結婚式に着るべきよ!」

「あの、私は!」

「「「奥様はどれがよろしいですか?」」」

「あ、うぅ……」


どうしてこういった時の女性とはこんなにも強いのか。
エマは抵抗するのを諦め、されるがまま、適当に相槌を打ち、時が過ぎるのを待った。

そしてどれくらいの時間が経ったのか。
子供のおもちゃの着せ替え人形はこんな気持ちなのか、と頭の片隅で考える。
気が付いた時にはすでに、化粧もヘアメイクもされてしまい、完璧に社交界へ出る準備が整ってしまった。

睨みつけるようにセリムを見れば、満足そうに腕を組んで座っていた。


「ふむ、見違えたな」

「こんな格好させても、社交界なんて出ないわよ」

「出てもらわなければ困る」


そう言って立ち上がり、睨みつけるエマの手を取ってその甲に口づけを落とした。
メイド達からは小さく黄色の歓声が上がり、エマの身体には全身に鳥肌が立った。


「これは、おれからのプレゼントだ」

「え……、ッ!?」


シャラン、と音を立てて首に輪がかけられた。
その途端、全身の力が抜け、その場にすとんと座り込んでしまう。

この感触には、覚えがある。


「海楼石……ッ!」

「ご名答。よく似合っているよ、エマ」

「ッこの…!」


前言撤回だ。
セリムは最初からエマを自由に行動させるつもりなど毛頭ない。
なぜすぐにでも部屋を飛び出さなかったのか、とんだ失態だ。

無駄な抵抗と分かってはいるが、輪に手をかけ無理やりに引っ張る。
すると突然やってきたのは息苦しさ。
首にかけられた輪が、エマの首を絞めようと縮み始めた。


「ガ、ハッ……!」

「言い忘れていたが、無理に外そうとすればその衝撃で輪が縮み首を絞めようとするぞ

「お、そいわよ…ッ、言うのが……!!」


手を離せばそれは元に戻り、エマは酸素を求めて大きく呼吸した。


「ハッ……ァ、ハッ……なんて物、つけてくれたのよ…ッ!」

「知り合いからの頂き物でね。試しに使ってみたが、これはいい」


座り込んで睨みつけるエマを見下ろし、笑みを浮かべる。
伸縮する海楼石など、見たことも聞いたこともなかった。

セリムは少し屈んで、エマの顔に手を伸ばし頬をそっと撫でた。


「これは不要だろう」


そして両耳のイヤリングを乱暴に引っ張り、取り上げた。


「気づいてないとでも思ったか?」

「………」


エマは何も言わず、ただただセリムを睨み付けた。
セリムはやれやれと息を吐き、そのまま部屋を後にした。

しばらくセリムが出て行った扉を見つめ、忌々しい首輪に触れた。


「やられた」


悔しそうに呟いた言葉は、誰にも聞かれる事はなかった。



***



「キャプテン似合ってるよ〜〜!」


ベポがぽふぽふと手を叩きながら見つめる先には、黒のスーツに身を包んだローの姿があった。


「キャプテン、蝶ネクタイにしてみます?」

「しねェ。普通の寄越せ」


イッカクが残念、と言いながら、右手に持っていたタイをローに渡す。
色は地味だが繊細な模様が描かれ、手触りのいい生地から、質の良い物なんだろうとシャチは思った。
スラリと伸びた手足に小さく端正な顔立ち。
男のシャチから見ても、間違いなく人目を惹くだろうと確信した。


「潜入になるか?これ」

「言いたい事は分かるが、キャプテンに任せるのが一番だろう」

「おい、何ゴチャゴチャ言ってやがる」

「いやァ、キャプテンがかっこよすぎるって話ですよ」


シャチがそう言えば、ローは「アホか」と小さく零した。


「パートナー役はイッカクに任せる。その他の奴等は作戦通りに動け」

「「「アイアイキャプテン!」」」


その後、用意を済ませたイッカクに全員が度肝を抜かれる事になる。
思わず「誰だ……?」と声に出してしまったクルー達に、イッカクが鉄槌を下したのは言うまでもない。


「さァて、乗り込むか」


慣れた手つきでネクタイを結び、ローはニヤリと笑った。