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 僕らは虹色の夢を見る。



ひと仕事おえたサラリーマンだとか、部活帰りの高校生だとか店内は活気にあふれた話し声で賑わっていた。
土地柄もあるのだろう、どんな話も盛り上げツッコミが入り笑い声が響く。さすが大阪だ、笑いの土地だと思って目の前の相手を見た、静かだ。

一度、飯でも。

そんな話が実現したのはある記者が同じ背番号、同じ年齢である事を面白がって対談形式で取材をしてみたいと言い出したからだ。
取材が苦手な俺としては胃が重い話だったが、同時に少しだけ胸が躍った。
窪田、ええと下の名前はなんだったか。とにかく、窪田とはまた会って話をしてみたかったからだ。
それに一人で取材受けるより誰かといっしょの方がまだ取材も楽なんじゃないだろうか?

・・・そう思う程現実は甘く無かった。
訂正しなくちゃいけない、話し下手を甘く考え過ぎてた俺。

「ありがとうございました窪田選手、椿選手。機会がありましたらまたよろしくお願いします。」

きっちりシーツを着こなした記者が営業スマイルを浮かべて立ち去っていった。
表情からは見えないが流れるぎこちない空気と重い足取りが疲れを感じさせる。
天然とかずれてるとか不名誉な表現をされる俺でもわかった。次の機会はもう無いだろう。
俺達は無事終了というにはあまりにもぐたぐたになった取材でくたくたになった体をひきずり店に入る、緊張がとけた体は空腹を切実に訴えていた。


焼かれた鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てながらお好み焼きが焼けていく。
ほんとうに取材は苦手だ、何を言えばいいのかがさっぱり分からない。
頭は真っ白になるし、それでも無理に答えようとすると考えがごちゃごちゃになって自分でも何言ってるかわからなくなる。
それは取材だけじゃなく、例えば、いや、ほら、今だ。
鉄板ごしに向き合ってる、話してみたいと思ってた窪田が目の前に居る。
でも唇はまるで動こうとしない。言葉が喉元で固まりになりつっかかっているようだ。
気まずい、正直気まずい。
もしかしてしなくてもひどく失礼な事をしていないだろうか。
何かしゃべった方が、いいよ、な?
気付かれぬよう下から覗き見るようにそっと窪田を見た。
窪田は気にしているのかいないのか、表情を変えずただ鉄板を見つめていた。


じゅうじゅうと音を立ててお好み焼きが焼けていく。
じりじりじりと椿は焦って来た。何か、喋らないと、間が持たない。でも何を話せば・・・、いや、聞いてみたい事はたくさんあったはずだ。
たとえばプレイ中どんな事考えてるかとか、練習の仕方とか。
別に聞いてもおかしくないよな?うん、ない。
あ、それともこういう時は休日の過ごし方とか軽い話から入った方がいいのか?
いやもうこうなったら何でもいいから話さない、と!


「・・・・あの!」
「「・・・・・あ。」」


鉄板がじゅわっと音を立てる。
目下にひろがる惨状に声を失ってしまった。

魚介のエキスをたっぷりふくんだ生地は二つに裂け中から虚しくキャベツがはみだしていた。
その生地の上に乗っていた天かすは飛び散り、豚の薄切り肉はぐちゃりとまるまり焼かれていく。とても美味しそうとは言えない姿だ。
表面はうっすら焼き目が出来ていたが、中の生地はまだふにゃふにゃな状態を見て悟った。
ひっくり返すのが早すぎたのだ。黙り込んでた俺が急に話しかけたのも原因のひとつだろう。
柔らかい生地はただでさえひっくり返しにくいのに窪田が驚いたことで手がすべり、その結果がこの状況だ。
お好み焼きにも窪田にも悪い事をした。ごめん、窪田、ほんとごめん。


「ごめん、ひっくり返すの失敗した。」
「あ、いやっ、こっちこそ大事な時に話しかけてごめん!!」


飛び散った具材をヘラでかき集めながら窪田が謝る。反射的に俺も謝り返した。
記者の質問には上手く返せないし、窪田には迷惑かけるしで自分が情けなくてしょうがなかった。はあ、何をやってるんだろう俺。
自己嫌悪に押しつぶされそうになる中、ふとあるものが視界に入った。
短い髪から覗く窪田の耳。それが朱色に染まっていた。

「窪田。」

そう声を出した瞬間、ぎくりと彼は大きく肩を跳ねさす。
なんだそっか、そうだったんだ。
ふっと肩から力が抜け気が緩む。

「緊張、しすぎっスよね。俺達」
「あ、うん、たぶん。」
「窪田って表情にでないけど、わかりやすいね。」
「え?」
「耳、赤くなってる。」

窪田はけろっとした表情のまま耳を触る。表情が変わらないから一見動じて無いように見えるがたぶん、あっ、ほら、頬が赤くなった。内心動揺しているのだろう。
ひどく狼狽している時であっても自分より動揺している人を見てしまうとすっと頭が冷えるもので、あれだけ困惑していた筈なのにすっかり息苦しさは感じなくなっていた。

「俺、一度、窪田と話してみたんだ。」
「え」
「俺と同じ年で、プレイ凄くて、ほら、視野の広さとか!」

ようやく今日初めて窪田と目があった。人見知りの気がある俺達は無意識にそれをさけていたのだと思う。

「俺は、」
「俺はすごい悔しかった。」
「え?」

相変わらず表情を変えずに窪田は言う、一瞬動揺した。いや、そりゃあ負けた試合は誰だって悔しいだろう。
ごまかすように歪な形ながらお好み焼きの姿になった生地をヘラでいじる、もう少し焼いた方が良いみたいだ。
話しの続きが気になって視線を戻す。窪田は悔しいという言葉を口にした割にはひどく涼しげで何を考えているか想像がつかない。

「あの楽しいサッカーを途中までしかやれなかったのが凄く悔しい。」

そっちなんだ、予想と外れた言葉が出てきた事に少し驚きながらグラスの水に口を付けた。
試合時間がまだ残っているのに途中交代せざるを得ない悔しさは椿だって身を持って経験した事だ。


「だから、俺。またやりたい。あの時の続き。」
それに、そういって窪田は一度言葉を切った。
「いつか、敵じゃなくって、味方として、いっしょにプレーしたい。」


日本代表、自分にとっては見るものであって参加するものという意識は無かった。
目の前の窪田は自分と同じ年齢でありながら、既に何度も経験した身なのだ。
窪田にとってそれは夢のような曖昧な物ではなく、日常の一部といっていいほど起こりえる現実なのだ。そのとらえ方の違いにはっとした。
ピッチを駆けあがり、せまりくる敵選手と競い合いながら潜り抜け、パスを出す。
それ窪田が受け止め、ゴールネットを揺らす。
それが出来たら、どれだけ気持ちの良い事だろう。

日本代表という大きな肩書きは恐れ多くて嫌だけれど、大きな舞台で強い相手に挑む。
自分には力不足だと思いながらも、想像するだけで胸躍った。
ひとつ年上の先輩がそうであったように、窪田もそこに身を置くことになるだろう。
窪田にはその資格が既にあるのだ。

「今は。」
こんな事、今まで言った事ないや。
窪田の視線はずっと絡みついたまま離れない。それを不快とは感じなかった。

「今の俺には叶えられないことかもしれないけど、いつか絶対そこに立って見せるから」
なんて恐れ多い事を言っているのだろう。だけど熱に浮かされたような頭はストップをかけない。

「だから、その時は」


手の中でグラスに入った水が揺れる、店内のライトがグラスに当たって淵に虹色の影を作った。




あとがき




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