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 鳥籠・10(完結)



宮野と別れ、部屋に入る。
とにかく疲れていて、汗まみれなのにシャワーも浴びる気にならない。
向こうで浴び過ぎている程浴びたのだが、夏場は何度でも浴びたいと思うものだ。
それでも、今日はくたくたでそれどころではなく、崩れるようにベッドに横になった。
はぁああ、と長い息がもれた。
途端に感じる心地良さと体の重さと眠気。
そうだ、昨日は一睡も出来なかったんだ、と思い出した。

ご飯食べないと・・。

そう思うが、体は思うようには動かない。
とにかく眠たくてそのまま椿は意識を手放した。




翌朝、早くから寝たせいで早朝から目が覚めた。
よく夜中に起きなかったものだ。
体を起こすと昨日までの重さがなんだったのかと思う程軽くなっていた。
窓を開けると涼しい風が通り抜けて、その心地良さに誘われるように椿は散歩したいと思った。


夏の朝は5時を過ぎるとすでに明るい。
この涼しい時間を利用してランニングに励む人達とすれ違い。
散歩中の犬の横を通り抜け、目的も無く気の向くまま足を動かす。
そうしてたどり着いた場所は、やはりというか、グラウンドだった。思い出すのは昨日の不甲斐無い自分のプレイだ。
いてもたってもいられなくってフェンスの中に入り込む。
いつもの場所から今日はボールを一つだけ持ってきて昨日の状況をなぞった。




は、はっ。

今日の体調はすこぶる良いらしい。
イメージ道理に体が動く。
楽しくて、気持ちよくて、調子に乗ったその直後だった。

「ゴォール イエーー!」
「前もこんな事あったよな」
「え!?」

思わずボールを落とした。

み、見られていた。
恥ずかしくて、たまらなくて、できるならば後ろを振り向きたくない。
しかしこのまま突っ立っててもどうしようもない。
覚悟を決めて振り向く。

「おは、おはようございま、す。」
「おはよ椿。」

フェンス越しに監督と向き合う。
いつもの服装だった。
眠そうな目を半分ほど開け、にやっと口元を持ち上げている。
それに対してこちらはジーンズとTシャツ。
せめてジャージでこればまだよかったかもしれない。



宮野は考え過ぎだ、寝て起きたら決まってるよと言った。
それは、半分当たりで、半分外れだ。
今日はとても天気が良いからだろうか、今なら言える気がする。
椿はフェンス近づいた。

「達海さん。」

「もういいのか?無理しなくてもまだ待つけど?」

椿はゆっくりうなづいた。
どうしても今言わしてほしかったから、そうじゃないとまた考え込んでしまう。
指をフェンスにかけた、ぎしりと小さく音が鳴る。


「俺、考えたんです。あれからずっとずっと達海さんの事ばかり考えてました。」


達海は何も言わない、フェンスを通して椿の言わんとしている事を静かに受け止めている。


「それでも決められませんでした、達海さんは・・・・」

「達海さんは監督で尊敬している人で付き合うとかイメージ出来なくて、
でも離れたくありません。」


ああ、やっぱりそうなったか。
達海は超えてはならぬ一線を足元に感じた。
理性が止まるようにと声をかけ、本能が突き進めと叫ぶ。

「つば・・」
「だから」

しかし、椿の話にはまだ続きがあった。
椿は息を吐いて、大きく吸った。
達海の目を大きな目でしっかり見据える。
これには達海の方が少し動揺した。
「俺を落として下さい達海さん、もう悩む余地すらないくらい」

「え?」

「俺嫌なら逃げ出していると思うんです。こんなに悩まなかっただろうし、
こんなに寂しいとか不安だとか考えなかった筈なんです。
俺男だし、監督も男だし。良く分からない事の方が多いけれど、
俺逃げ足には自信があるので嫌なら逃げます。でも今はそうしてません。
ええと、俺が言いたいのは、その・・・
あなたの手であなたしか見れないように惚れさせて下さい。」


「・・・・・それは、付き合ってもいいってとるけど、いいのか椿。」


余裕を無くした達海の目がぎらりと椿を捕まえた。
その熱をはらんだ鋭さに、少し椿がたじろぐが、その目を受け止めてしっかり言った。

「はい。」
「その、嫌なら逃げます。それでもいいのなら・・」
「今さら手放す気なんてねえよ。」

フェンスの外から椿の指を捕まえて、絡めあう。
達海にとって邪魔なこの網がひどくもどかしくてしょうがなかった。

「くっそ、これさえ無ければ抱きしめてちゅうすんのに。」
「あはは、助かりました。」
「おま・・・」

震える指から達海の残念さが椿へと伝わってくるようだった。そこまで落ち込む事なのだろうか、こらえようとしているのに笑い声が漏れてしまう。
笑われていらだったのか、がばっと顔を持ち上げて椿の笑顔に面食らう。

いつもフェンスの外からしか見えなかった笑顔がそこにあった。
それはフットボールにしか向けられなかった筈なのに、今は俺の為だけに存在している。
嬉しさに血と共に全身を駆け巡っているようだ、体中が熱い。
そして、一線を越えなくてよかった。
迷いが無いからこそ生まれたくもりない笑顔。
これを奪わなくて本当に良かったと心の底から思う。

束縛は嫌いだ、相手の勝手な都合を押しつけられる苦しみを身を持って知っていただけに
自分がそれを椿にさせようとしていた事が嫌で、
だけど嫌でもしないとどうしようもおさまらない毒のような情熱があったのも本当で、
矛盾と葛藤に心を食い荒らされる毎日だった。

安心と歓喜から涙線がゆるみそうになる。



「さっさと出てこい椿、そんな所から。」

フェンス越しに絡みあっていた指を解放して、こちらに来るように誘う。
椿は達海の変化を気付いたのか、そうではないのか、
あわてるようにフェンスの出口に向かっている。

ああ、籠なんていらなかった。
それは俺と椿を縛りつける不快な枷にしかならない。
そんなことしなくても






駆け寄ってきた椿を達海は力いっぱい抱きしめた。





あとがき




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