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 わがまま



王子は女性が好きだ。
普段疎かになりがちなファンサービスも相手が女性ならきっちり行う。
その徹底ぶりに俺は尊敬の念さえ覚えた。
前からひとつ気になってしょうがない事がある。
時折女性に囲まれたジーノが意味ありげにこちらをちらりと見る事だ。
どうしたらいいか分からない俺は、ただ沈黙するしかなくて、
そうすると王子はため息をはくのだ、つまらなそうに。

あまりにも気になって、一度視線の意味を聞いてみた事もある。
すると王子はため息を吐き、冷たい視線で見下して愛車から俺を追い出した。
それ以来二度と聞くまいと心に決めている。



練習後、二人組の女の子にサインを頼まれた。
こんな時うれしいのだが、照れくさいのと、俺のでいいのかなあという思いに囚われる。
いけない、いけない。
王子のような真似はできそうにないけれど、しっかりしなくては。
カチコチになりながらペンを走らすと背中がムズ痒く感じた。
振りかえると、またしても王子がじいっとこちらを見ていてキリリと背筋が伸びた。
情けないと呆れられたくなくて、俺もなにかしなくてはと必至で頭を動かす。

俺は王子のように、甘い言葉は出てこないし、優しく気を使ったり
気障なしぐさで喜ばしたりなんかは出来そうに無い。唯一出来そうなことと言えば・・・。

書き終わって、ペンのキャップを閉めた。
書き終わった色紙とペンを渡す時に一言
「俺、頑張ります!応援凄く嬉しいです。」
ファンだと言ってくれた嬉しさをありったけの感謝をこめて、笑った。

するとたちまち女の子の頬が桃色に染まり
口元に手を当てながら黄色い小さな悲鳴を上げた。
予想以上の反応にこちらまで照れてしまう、でもやり遂げた達成感が込み上げてきて
後ろを振り向けば、先ほどまでいたはずの王子が居ない。

「ごめんね、今から僕の愛犬は用事があるんだ。」
するりと長い指が俺の腕をつかんで、ぐいっと引き寄せられた。
ポスンと王子の胸に収まると、そのまま抱きしめられる。
「そうだよね?」
と耳元でささやかれ、慌てて首を縦に振る。
くすぐったさと、耳にこもる甘い響きに心臓が跳ねた。

女の子達は仲いいですねえとくすくす笑っただけで、驚く事も気持ち悪がりもしなかった。
すぐさま歩きだしたジーノに腕を引っ張られ、躓きそうになりながら後に続く。
その背中から怒りのようなモノを感じて椿は焦った。

「おーじ・・・・・わっ!」

ジーノの愛車の助手席に押し込まれた。
直ぐにジーノが運転席に座り、シートベルトをつけると同時にエンジンをかけ、アクセルを踏んだ。
椿はまだシートベルトすら出来てない。
車が走り出した勢いで椿は頭をぶつけた、その乱暴な仕草にジーノの苛立ちを感じて更に萎縮してしまう。


この長い沈黙が辛い。
本当はそれほど時間が経ってないのかもしれないが、口の中はカラカラに渇き
飲みこむ唾液すら出てこようとしない。
じりじりと心が削られるような緊張感に耐えきれなくなって椿は口を開いたが
緊張と焦りから舌を噛んでしまい口元を押さえ、泣きそうになった。

「ドジだねえ、バッキー」

椿は頭をぐしゃぐしゃかきまぜられてボサボサ頭になりながらジーノを見つめた。
ジーノの雰囲気が柔らかくなった事に思わず力が抜けて、息をほっと吐いた。
安心して外の視線に目を移せば見知らぬ景色に疑問を持つ。
家が数件離れて建っている以外、緑に埋め尽くされて人の気配が感じられない。しかし、車はここで留まるようだ。

「どこですか、ここ?」

シートベルトをはずした王子が意地悪くにこりと笑った、さっと鳥肌が立って、
脳内に警報が響く、これは、良くない流れだ。
ガタンと背もたれが倒され、ジーノの体によってシートに拘束される。
ここまで来たら鈍い俺の頭でも王子の意図が分かって血の気が引いた。

「嫌です、王子っ!こんな・・・んっ」

重なった唇に言葉を奪われ、舌が唇を割り椿の歯列をなぞる。
口蓋をなぞられ舌と舌が絡まり水音が椿の耳を犯す。

「大丈夫、バッキーが声を我慢すれば誰も怪しいと思わないさ」
「・そ・ぅいう、問題じゃな・・ぃ!」

くちゅりといやらしい音と共に離れた唇が唾液で濡れいっそう赤くなる。
そんなジーノを視界に入れないように意識しながら椿はジーノを押しのけようとするが
椿自身がシートベルトに固定されている上、シートに覆い被さるように体重を預けるせいで
碌に押し返す事など出来ずに抵抗は無駄に終わる。

いくら人気が無いとはいえども、カーテンも無く
いつ誰がそばを通るかもしれないという恐怖と羞恥に椿は畏怖した。
怯えるほど意識が繊細になるのか、王子の指が、舌が体に触れるだけで
過剰なくらい敏感に体が反応する。
その反応に気を良くしたジーノが妖艶に微笑んだ。
嫌だ、嫌だと椿は首を横に振って拒否するのに頬は赤く染まり、滲んだ涙が見上げる様は
蠱惑的で加虐心をそそる。

首筋を甘く噛んで、出来た痕にきつく唇を寄せて吸えば残る所有印に満足。
すると強い視線で抗議され、じらりと苛立ちのような、もっと痛めつけて支配し
征服したくなる欲望がじわりじわりと湧いて出る。

馬鹿なバッキー。
こんなところでするつもりなんて無かったのに。
背筋が凍るようなスリルは好きだがリスクをおかしてまでしたいとは思わない。
内装を汚すのも嫌だし。
ただ、あんまりにもこちらの苛立ちを煽ってくれるので少し脅かしたかっただけだ。

服の上から陰部をなぞれば顔を青くした椿が目を見開き、出かけた悲鳴を飲みこんでいる。
その、嫌がりながらも言いつけに従う様に少し気が晴れた。
いっその事最後までしてしまおうかとさえ思ったが、飛びかけた理性が働きだし自制する。


「いいよ、このあたりで許してあげる。」

椿を放したジーノが運転席に戻る。
何が起こったか分からない椿はとぎれとぎれに息を吐き。
混乱した頭でふらふらになった。
心細さからくる怯えと苛立ちと怒りと安心がかわるがわる椿の頭を支配し
その原因を見れば、なに、続きしてほしかった?と意地悪く笑われ遊ばれた事を察した。
急いで座席を起こす、それを見てジーノも車を進めた。

「ひどいです、王子、あんな・・・!」
「ごめんね。」

素直に謝られて逆にこちらが驚いた。
普段の奔放な行いに忘れがちだが、実は人の心情を察する事に優れる優しい人である事を思い出して、
一人苛立って不満をぶつけようとしてる事に罪悪感と羞恥を感じる。
そうなれば苛立ちはすっきり消えて、あとは疲労だけが体に残っていた。

何も椿が訴えず、シートに体を預けている様子を見てこっそりジーノは笑った。
もっと怒ってもいいのに、どうもバッキーはものわかりが良すぎる。
どうしたらそうなるのかなあ?

「バッキーは不思議だね。」
「・・・・・そう、ですか?」
「僕が女の子に囲まれて不安だったり嫉妬したりしないんだねえ」

だって今更じゃないか。
曲がりなりにも恋人と言う形に落ち着いても変わらなかった女性関係に
悩んだ時期もあったが、逆に女の子に冷たい王子のほうが不自然な気がする。
ファンサービスだと思えば不安も苛立ちも感じなかった。

ん?

「王子、もしかして嫉妬されたかったんですか?」
「・・あんまりにも反応が無ければ僕でも不安くらいは感じるよ」

ずいぶんな言い草だねえと、たしなめられ背を伸ばす。
その考えはとても意外だった。

「だって、束縛とかすごく嫌がりそうじゃないですか。」
「まあね、でも君にふらふらされるのは嫌いなんだ。」
「それで今日あんな事したんですね・・・」

じゃあ俺の慣れないファンサービスは裏目に出ただけだったのか、がんばったのに。

「サービスしすぎだよ、バッキー僕にだってあんな顔見せてくれないのに。」
「王子がそれを言うんですか・・・」
「ジーノ、二人の時はそう呼んでよ椿。」


・・・ふいうち、ずるい。
トクトクトクと跳ねるように流れる鼓動を感じて俯いた。
誰もが俺を椿と呼ぶのに、王子が呼べばそれだけでこんなにも動揺してしまう。



「さて、着いたよ。」
続きシようか、王子は妖艶に美しく微笑む。
逃げたい。

・・・・逃げだせないけど。



つづく



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