今日の任務も滞りなく終了した。
アナグラに帰投し、報告を済ませて自室へと向かう。
忘れないうちに今日の任務の反省をしなくては。
そう考えながら廊下を歩いていると、何か音が聞こえてくる。
立ち止まって耳を済ます。
音が近づいてくる。
これは声、だろうか。
その方向へ振り向けば、
「あ!アルトさぁん!!」
「!?」
何故か全力疾走してくるイーギス。
思わず目を見開く。
「助けてくださいーッ!」
突進してきたイーギスをどうにか受け止めた。
二、三歩よろめき、ようやくバランスを保つ。
「…一体どうしたの?」
腕にしがみつくイーギスを覗き込む。
彼の手は震えていた。
「あ、あぁあ、あ、アレ…!」
引きつった笑みを浮かべながら、プルプルと手を伸ばし、やって来た方向を指す。
肩は大きく上下し、言葉も震えて話にならない。
「ほら、落ち着いて。まずは深呼吸。」
何か問題があったのだろうが、ここはアナグラの中だ。
もしアラガミが出たとしても、即座に警報が鳴るだろう。
そして、現在そのようなことは起こっていない。
つまり、それほど迅速に対処すべき脅威では無いだろう。
そう結論付け、イーギスの息が整うのを待つ。
言われた通り、大きく息を吸っては吐いてを繰り返していた。
そして、ゆっくりと息を吐いてから、勢いよく顔を上げた。
「あ、あれ!なんか黒いヤツです!ビュンビュン飛んでました!」
再び指をさし、やって来た方向を示す。
しかし、何も見当たらない。
「えーと…?」
状況が掴めず言葉に迷っていれば、イーギスがさらにまくしたてる。
「こっち向かって来たんすよソイツ!死ぬかと思いました…。」
手の平で顔を覆い隠し、うな垂れるイーギス。
そんな様子を見つつ、アルトは考える。
黒くて飛ぶものと言えば、思いつくものは一つしかない。
「えっと、虫…かな?」
「ぎゃあぁ!言わないでください!」
「あ、ごめん…。」
養護施設で暮らしていた頃に、少しだけ見たことがある。
今では数も減ってしまったと聞いていた。
しかし、それほど怖がるものだっただろうか。
「そいつ!そいつが廊下に居たんすよ!どうにかしてくださいッ!」
「う、うん、分かった。」
ぎこちなく返事をしつつ、とりあえず捕まえてアナグラの外へ逃がしてやろうと考え、辺りを見回す。
「どの辺りで見たの?」
「ええっと、あっちの自販機の辺り?」
アルトから数歩遠退いて奥の方を指差すイーギス。
何故か語尾は疑問形になっていたが。
言われた通り進み、T字路に位置する自動販売機とソファへとたどり着く。
「この辺り?」
天井から床まで視線を巡らすが、それらしいものは見当たらない。
「いや、こっちですかね…?」
今度はさらに違う方向を指すイーギス。
完全に首を傾げていた。
「もしかして、覚えてない?」
アルトが苦笑混じりに問えば、イーギスは笑いながら遠くを見つめた。
「…必死だったんすよー…。」
何処まで必死だったのかは定かではないが、アルトが聞いた音と、受け止めた後の様子によれば、相当走って来たと思われる。
そのうちに忘れてしまったのだろうか。
「大丈夫。そのうち逃げていくよ。」
アルトが優しく微笑む。
しかし。
「そのうちって、いつっすか!?何処に行くんすか!?」
ガッとアルトの肩を掴み、必死の形相で問いかける。
思わず視線を逸らした。
「それは…、分からないけど。」
「あぁ、駄目だ。もう一人で歩けない。」
聞くや否や、しゃがみ込んでしまった。
「どうしよう…、部屋に篭ろうにも、すでに部屋にいるかもしれないし、途中で遭遇するかもしれないし…。駄目だ、終わった…。」
黒いオーラを背負い、小さくなるイーギス。
「え、あ、そんなに落ち込まないで。」
慌ててなぐさめようとしたとき、
「あ、アルトくんにイーギスく〜ん。」
ふんわりとしたアイリーンが手を振ってやって来た。
けれども、イーギスは名前を呼ばれても気付いていないようだ。
まだブツブツと影を背負っている。
「アイリーンさん、今ちょっと…。」
「ほぇ?どうしたの?」
苦笑を浮かべるアルトに、きょとんとするアイリーン。
「ははは…。俺の人生終わったわー。」とか聞こえる気がするが、気のせいだと言い聞かせた。
「…色々ありまして。」
どうやって慰めるべきかと思考を巡らしつつ、アイリーンへと向き直る。
すると、アイリーンは嬉しそうに笑った。
「ねぇ、それより見て見て!珍しいもの拾ったんだ〜。」
「珍しいものですか?」
「うん!ほら、イーギスくんも。」
アイリーンは屈んでイーギスの肩を叩く。
アルトが確認する前に、イーギスは振り向いた。
「なんす…っぎゃあぁぁ!!」
声と同時に一目散に去っていったイーギス。
アルトも見れば、アイリーンの持った透明な箱に、黒くて羽根の生えたわりと大きな虫。
「あり?」
「…あ、はい。見つかって良かったです。」
駆け抜けた風がやむ頃、首を傾げるアイリーンと、その後ろで疲れた笑みを浮かべるアルトが居たそうだ。



――――――――――


あとがき

まずはキャラクターを貸していただいた子犬様、ありがとうございました。
アルトさんのあふれるイケメンオーラにあやかりたいと思い、突進してしまいました。
すみませんでした。
そしてオチが見えていて申し訳ない。
加えて、勝手に三年後アイリーンさん出してすみません。
問題ありましたら、お手数ですがご一報ください。
対処します。

今回アルトさんとの初の交流ということで、とても楽しかったです。
また機会がありましたら、交流させていただきたいです。





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