不釣合




エントランスに伸びる紫煙。
ガヤガヤと人の声が混じる中、リュウは一人タバコを燻らしていた。
聞くわけでもないが、話声が耳に入ってくる。
「二重人格?」
「お前知らないのか?戦闘中人が変わったようになるんだよ。」
取り留めもない噂話など、さして興味はない。
ソファで今日のミッションの同行者を待つ。
すると、エレベーターから待ち人が駆け寄ってきた。
「あ、リュウさん!今日はよろしくお願いしまっす!」
イーギスが敬礼をし、ウインクを飛ばす。
今日も今日とて、楽しそうだ。
リュウが軽く返事をすれば、ペラペラと話し始めた。
「つか、人使い荒いっすよね〜。二人で行って来いとか。あ、でもリュウさん居れば万事解決ってやつですかね?邪魔にならないよう努めます!あ、そうそう…」
終始明るく、任務へ向かった。





断末魔が反響する。
充満する血の臭い。
バラバラになったアラガミだった死骸。
その前で、イーギスが無感動に見つめる。
自らの血か、返り血か、混ざりあってわからない。
ただあるのは、釈然としないわだかまりだけだった。
「イーギス。」
後ろから投げられた言葉に、ピクリと肩が揺れる。
今日の同行者であるリュウだ。
リュウは神機を下ろし、構えを解く。
振り向かないイーギスを待つ。
すると、絞り出したような声が聞こえた。
「…あのー…、すいません。」
動かずに、固まったまま。
ゆっくりと、小さい声で。
アナグラで見せる態度とは天と地ほどの差だった。
「……だから言っただろう。」
「すんません…。」
リュウが小さく息を吐く。
いつか忠告した言葉。
果たして、届いていたのかどうか。
イーギスはようやく振り返った。
いつものように笑う。
血に濡れながら。
「えと、…でももうご存知でしたかね?結構噂になってるんで。あーでも、自分二重人格じゃないですよ?まさかまさかそんな…」
「いいから、腕。」
素早く紡がれる言葉を、遮った。
イーギスが目を丸くする。
「へ?」
「腕だせ。…酷いぞ。」
言われてからようやく自らの腕に視線を向ける。
ダラダラと零れ続ける赤色と、抉られた肉。
「あぁ、見た目より痛くなかったんで、忘れてました〜。」
へらへら笑って、腕を振る。
その腕をリュウは掴んだ。
普通なら、激痛が走るはずだが。
「どうしたんすか?」
顔色一つ変えることなく、平然と言い放った。
反対に、リュウは少しだけ顔をしかめる。
「……顔。」
イーギスはわからないとでも言うように、首を傾げる。
張り付いた笑み。
「笑わなくていい。」
「…ッ!!」
一瞬、目を見開く。
すぐさま俯いて視線を逸らした。
前髪に隠れて、表情は見えない。
リュウは溜息を一つ零し、イーギスの腕に応急処置を施していく。
その間に、イーギスがポツリと呟いた。
「……変、ですよね…?」
チラリとイーギスを覗く。
「…俺、こんな時でも、可笑しくてたまんないんすわ。」
再び見せた表情は、やはり笑みしかなくて。
こびりついた返り血と滑稽なほど不釣り合いだった。
それでも。
「……いや、変じゃない。」
リュウは否定しなかった。
「え……?」
笑顔が少しずつ、解けていく。
それをしっかりと見つめて。
「お前が、最善と思った形だろう?」
リュウは笑う。
感情のままに、笑うのだ。
それがとても眩しく思えて。
こんな灯りが、近くにあるだなんて思えなくて。
もったいなくて。
ふさわしくなくて。
辛くて。
届かなくて。
「…でも、こんなの…っ気持ち悪」
「イーギス。」
見ていたくなくて、見られたくなくて、耐え切れずに顔を隠そうと手を上げれば、それを阻んだリュウに手首を掴まれる。
しかし、それを反射的に振りほどいた。
その衝撃で、我に返る。
「あっ、その…すみませ……。」
俯けば、視界に映るのは赤黒い大地。
これは、誰の血だったろうか。
けれど、リュウのものでなければ、誰でも構わなかった。
リュウが息を吐き出す音が聞こえる。
「…迎えが来た。帰るぞ。」
その言葉に、小さく頷いた。



――――――――――


あとがき

まずは、キャラクターを貸してくださった子犬様、ありがとうございます。
短編組シリアス三連発第三弾でした。
イーギスはアナグラで二重人格って噂になっていると思います。
この話はいつか続き書きたいです。




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