気概



「飲みます?」
「いきなりどうした」
月が夜を照らす空。
落ちる静寂を払った問いに、問いを返した。
声のしたバーカウンターに視線を向ければ、そこから顔を覗かせたキアードがいた。
「いや、ちょっと練習したくて…」
棚を覗き、在庫を確認しているのだろうか。
諾と返せば、やっと視線が交わった。
「ありがとうございます、出来れば感想もお願いしますね」
「強かだな」
「練習になりませんから」
軽口を叩きながら、カウンターに腰掛ける。
「またジャックさんみたいに試してくる方もいらっしゃるので」
グラスを拭きながら、笑みを浮かべる顔を眺める。
いつだったか、初めてこの距離になった時に頼んだものを思い出す。
「……マティーニ」
「喜んで」



「こんなものかな……」
ようやく納得したのか、キアードが呟いた。
「…満足したか?」
こちらのリクエストや、キアードのチョイスでどのくらい時間が経っただろうか。
心地良く、酔いが広がる。
人に提供するものとして、申し分はないようには思えたが。
「いえ、やっぱりまだまだですね」
こちらからは見えないが、カウンターの下で片付けをしているのだろう、肩が動いている。
「付き合ってくれてありがとうございます。参考になりました」
手を止め、こちらに向き直って頭を下げる。
人懐っこい笑みを浮かべている。
ここに座った者、誰にでも向ける笑みだ。
一瞬の交わりはすぎ、また片付けに戻るキアード。
手元を覗けばカクテルに使い、余ったレモンが見える。
並ぶ使用した酒瓶。
捨てるのも勿体無いと思ったのか、キアードがレモンを口に含んだ。
「すっぱ……」
呟く声。
口内を刺す酸味に眼を閉じている。
その間に。
ブランデーを手に取り、そのまま口に含む。
同時にキアードの腕を掴んで引っ張った。
驚きに眼を瞬かせたのを視認するのが速いか否か、唇が重なる。
舌を潜り込ませば、酸味が刺激する。
それを押し返すように口腔内で温めたアルコールを送る。
混ざり合う酸味と仄かな甘み。
さらに熱を求めてかき混ぜれば、別の熱と出会った。
口端に伝う刺激。
分けた熱を嚥下する音。
唇を離せば、冷たい空気が肌についた。
上気した顔が見える。
「…ニコラシカ」
口端が吊り上がるのが自認できる。
「っさとうが、足りません」
視線を逸らすキアード。
伸ばした指先が、砂糖の瓶を掴む。
蓋を開け、スプーンですくったそれを口に含んだ。
再び近づいた熱に、言葉を塞がれた。



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