「今は無理。でもいつか」 | ナノ  
…頭が…がんがんする…。

フリオニールは揺らぐ視界の中、ティーダと背中を合わせ、ともすれば震えだす膝を叱咤して、必死に森の中の戦場に武器を構え立っていた。
「だから無理すんなって言っただろ!」
背後のティーダが焦った、通常よりも僅かに高くなった声でフリオニールに怒鳴った。
…火の海だった。
そこは、火の海だった。
フリオニールとティーダの全身が、八方で燃え盛る炎の光を受け赤く染まって見えた。
2人が露出した肌が赤く見えるのは、炎に照らされたからか。
それとも火傷か。
1面の炎。
赤く光る炎が、まるで闇の様で。
そんな赤い光の闇の中、イミテーションと思しき赤い反射が、そこかしこでちらちらと光っていた。
呼吸の度に肺が、喉が。
熱に焼かれて、上手く空気を吸えない。
彼等の側で炎に包まれている巨木から、蛇の舌を連想させる炎の先が伸びてきて、露出したフリオニールの腕を1度、舐めて空気に散っていった。
炎の発する凄まじいまでの熱で、辺りの景色は歪んで見え…。
炎の発する凄まじいまでの熱で、辺りに強風が吹き荒れていた。
…見知らぬ森を旅していた筈だった。
道なき道を旅していた筈だった。
クラウドやセシルには止められた筈だった。
大きく深い森の探索は直ぐでは危険だ、と。
1度皆と合流してからの方が良いのでは、と。
それらを、解っていた筈だった。
頭では、理解していた筈だった。
しかし耳鳴りがする程に爆発的に沸き上がった感情を御しきれず、止める2人を押しきったのはフリオニール本人で。
1人でも行くと言い張って、半ば無理矢理、3人を同行させてしまった。
…ここまで強硬にフリオニールが言い張ったのには訳がある。
…森の、手前で、奴が…皇帝と名乗る大虐殺者が…この森へ入っていく…背中を、見た…から、だ。
深く豊かなこの森は、故郷で良く見た、恵みの森に、どこか似ていて…。
だからこの森で何かを企んでいるのなら、それを止めたかったのだ。
奴の好きに、させたくなかったのだ。
「フリオニールの馬鹿!」
…そう、ティーダに言われるのもやむ無し。
…自分でも馬鹿だと思う。
奴が自分達に去る後ろ姿を見せる等、誘い以外の何物でもないだろう。
自分はまんまと、それに嵌められてしまったのだ。
奴を止めようとして、結局、奴の手の内に仲間を晒してしまったのだ。
奴を憎み自制の利かない自分を、奴は理解しており…。
そしてそれを…利用されたのだ。
……。
けれど未だに…視界が揺らぐ程のこの憎悪を、どうすれば制御できるというのだろうか。
…森の中を探索している最中、歩を進める毎にイミテーションの数や気配が増し…。
やはり危険だと、森から出ようと。
森を進む中、何度もティーダが声を掛けてきたその言葉を、フリオニールも漸くその時、肌で理解した。
…しかし森を出ようと話が纏まった時…。
森から出られては困る、と。
少々遊戯に付き合え、と。
獲物を捕らえた狩人の愉悦に似た、奴の含み笑いが聞こえ…。
直後…彼等の見ている前で、突然、森の木々が一斉に。破裂するように。燃え上がったのだった。
共に旅をしていた筈のクラウドとセシルは、今、近くには居ない…。
発火の衝撃の中で見失った。
揺らぐ視界、揺らめく空気、業火に煽られた森の中では彼等を肉眼で見付け出すことは出来ず…。
肺を焼く温度の空気と、煽られ、乱れた精神では集中も出来ず、気配で探すことも出来なかった。
…出来なかった。
無事か?
無事なのか?
俺の身勝手で炎に見失った仲間は。
そしてこの先、背を合わせるこの仲間は。
無事か?
無事に逃がせるか?
解らない。
…解らない。
燃え上がり揺らめく炎の中、森の奥で細い樹木が、身を包む炎に耐えきれずに、周囲の木々を巻き込んで倒れていく様が僅かに見える。
がらがらと音を立ててその木が地面に倒れると同時に、その場所から凄まじい火の粉が上がった。
火の粉は辺りを吹き荒れる風に、焚火に煽られ空に昇る見慣れた散り方とは全く異なった、凶暴な渦を巻いてその場に留まり。
横合いから吹き出した、口を開けた蛇のような炎に飲み込まれて消えていった。
巨木を包む炎から、また炎が舌を出し、フリオニールの腕を舐めて引いていく。
…ティーダの背がフリオニールの背から離れ、正面から向かってきたらしい水晶人形を両断する音がした。
フリオニールの両側で、砕け散った人形の破片が、フリオニールの前方へと流されて消えていく。
その、右側を流れていった破片を目で追ったフリオニールは、…視線を上げた先で、炎とは違う動き方をするものを見留め…。
…凝視し…。
そしてそれの正体を知るなり、揺らぐ視界をしか映さぬ目を見開いて硬直した。
…右手前方。
森の奥。
赤く光る闇の中に。
炎に包まれた動物が居た。
…逃げ遅れたのだろうか。
一斉に発火したこの森では、逃げるも何も、あったものではないが。
…だとすれば、運悪く、先の発火を逃れてしまったのだろうか。
その動物の名前を、フリオニールは知らない。
彼は、或いは彼女は、1面炎の森の中、業火の苦しみに。
身を包む炎を振り払おうと、通常の獣には有り得ぬ動作で無茶苦茶に暴れていて…。
…そして直ぐに…崩れるように地に倒れて動かなくなった。
…ここでは、炎の轟音以外は何も聞こえない。
が、それでも、彼、或いは彼女の断末魔が、聞こえたような、気が、した。
……。
フリオニールは不意に競り上がった嗚咽を噛み殺し、歪む視界に宿敵の姿が見えぬものかと目を凝らした。
…こんな非道。
こんな非道を。
許せるだろうか。
世界はこれを容認するのだろうか。
フリオニールはただ安易に生を殺すことに異を唱えたい訳ではない。
自分だって獣を殺して肉を食うことで命を繋いできた。
だから命を殺すこと全てに異を唱えようとは思っていない。
しかし命を殺すなら、それは別の命を生かす為に行われるべきだ。
こんな…無闇に。
ただ…意味もなく。
自分達を苦しめ倒す為だけに、彼・彼女が何故殺されなければならなかった!?
(村の人々が何故殺されなければならなかった!?)
何故、この恵みの森で生を営む動植物が殺されなければならなかった!?
(何故、あの小さな村で細々と生活を営む人々が殺されなければならなかった!?)
自分が初めから、この森に入らなければ良かったのだろうか。
…否。違うだろう。
奴はこれを遊戯と言った。
自分達に、遊戯に付き合え、と。
ならばおそらく、例えフリオニール達が森に踏み込まずとも、奴は森に(村に)火を放ったろう。
森に(村に)生ける何も知らない動植物を(村の人達を)、こうして一瞬で焼き払ったろう。

(…故郷の…村の様に…)

…遊戯…遊戯で…!
フリオニールは歯を食い縛った。
ぐらぐらと煮え立つのは地面。そして自分の血。
許さない…。
許さない許さない許さない許さない許さない…!!
俺だけ狙えばいいだろう!
遊戯でも!
何でも!
俺だけ痛め付ければいいだろう!
いつだってそうやって、弱いものから、何も知らない者から、仲間から…。
…頭が割れそうに痛む。
あるいはそれは、炎によって急激に失われていく空気を上手く吸えずに、酸欠を起こしたからかもしれない。
……。
頭が…がんがんする…。
酷い…頭痛がする…。
フリオニールは揺れる目で、せめてティーダだけでも逃がそうと、炎の隙間を探して赤暗く光る周囲に目を走らせた。
…と…。
「ティーダ!」
後方から、聞き慣れた、しかし掠れた声が轟音の合間に聞こえた。
「クラウッ…げっ、はっ…!」
呼び返そうとしたティーダが、最後まで仲間の名を呼べずに咳き込む。
…空気が無くなる。
これ以上ここに居てはならない。
フリオニールは振り返った。
振り返った先、咳き込むティーダの向こう側、炎の手前に、大剣を振り上げるクラウドの背が、辺りの炎で真っ赤に染まっているのが、揺らめく空気の中に見えた。
良かった。
無事だった。
しかし、あと1人は?
そして…この先は…。
クラウドが剣を降り下ろす。 
その剣は、燃える木々の間から飛び出してきた赤い光を反射する水晶人形を破壊し、その衝撃波が前方の炎を左右に割いた。
「走れ!」
フリオニールはクラウドの怒号に、反射的に未だ身体を折って苦し気に呼吸をするティーダの腕を引いて走り始める。
「クラウド! セシルは!?」
「後ろから来る! 振り向かずに走れ、もう空気が無くなる!」
逃がすまいとしてだろうか。
水晶人形の、炎を照り返す光が近い…。
…近い。
フリオニールは走った。
炎の中、ティーダの腕を引き。
…いつか…。
いつか…故郷の村で…燃え盛る家々の間を、そうやって、走った様に…。
ぎり…。と…。
フリオニールは歯を食い縛った。
クラウドの剣で左右に割れ、しかし直ぐに壁の様に左右から距離を縮めてくる炎の木々の間を、徐々に重くなっていくティーダの腕を引き、走る。
…走る…。
炎が塞がる前に、クラウドが前方に飛び出してきて、再び炎を割いた。
再び左右に割れた炎の間を、ことさら重く感じるティーダの腕を引き更に走る。
…走る…。
森が途絶え、周囲を囲んでいた炎が消えた。
そのまま速度を殺さずに、走ること十数歩。
ティーダが転び、釣られてフリオニールはその場に倒れた。
急に肺に流れ込んできた必要量の空気に胸が痛い。
周囲を見渡す余裕無く、フリオニールは跳ね起きて今来た道を振り返った。
業火に包まれ、黒煙を上げる森。
その森と、自分とティーダの間に、自分達と同じ様にあちこちに火傷を負い水脹れを起こして動きの鈍いクラウドと、こちらもやはり通常よりはかなり動きの鈍くなった黒姿のセシルが居て。
燃え盛る森から次々飛び出してくる水晶人形に応戦をしていた。
良かった。
皆、無事だった。
皆…無事…。
フリオニールは、未だ霞む目で立ち上がり、加勢をしなければと、槍を構え2人の元に震える足で走り寄った。

…そして何の前触れも無く。

2人に走り寄ったフリオニールは、そのままセシルの左肩を、肩鎧の継ぎ目の隙を通して、後ろから貫いていた。





リスト


TOP
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -