「今は無理。でもいつか」2 | ナノ  
…夢想が後ろで上げた悲鳴を、フリオニールはどこか、遠くで聞いていた。
渾身の力を込めて突き出した槍は、人の肉を貫いた感触を両手に伝え、フリオニールは咄嗟にその槍を手離していた。
ぐずり、と。
装甲を貫き、刃先が皮膚を裂き、肉を割り、骨を削り、筋肉を潰して、柄までが相手の身体にめり込む感触。

…気持ち…悪い…。

その感触に全身が震え、急激に胃酸がせり上がってくる。
槍を放した手が、放したその形のまま硬直して震えていた。
走り寄ってきた夢想が、自分の右肩を掴んでいるのが目の端に映る。
…夢想が叫んでいる。
…何でっ…何でだよっ…!
目の前で、肩を槍が貫通した騎士が膝から崩れる。
兵士がこちらに走り寄り、騎士に剣を振り上げた水晶人形を破砕して叫ぶ。
セシル、転移だ、いけるか!?
目の前で地に膝をついた黒姿の騎士が、白姿になり詠唱を開始する。
…その音が…。
…耳鳴りの様で…。
次第に広がり行く転移の光の中、次第に遠くなっていく業火の轟音の中。
未だ人を貫いた感触の消えない手をどうすることもできないまま、フリオニールは、ふつ…、と。
糸が切れる様に、気を失った。






…誰かが泣いていた。
嗚咽が聞こえていた。
誰かが泣いている声を聞く機会は、秩序の戦士達の中では、おそらくフリオニールがもっとも多かったのではないだろうか。
…それでも、フリオニールがこの声に慣れることは無かった。
永劫、慣れることは出来ないと思っていた。
何も出来ないことは解っていた。
無力なことは解っていた。
けれど何とか力になれないかと、何とか涙を止める一助になれないかと、フリオニールはことさら重く感じる瞼を無理矢理に抉じ開けた。

…そこは、簡易テントの中だった。
ホームと呼ぶ夜営地に張るテントよりも、粗雑で小さな代物。
雨風を凌げれば上々、身体を休めるには、ましてや複数人で利用するにはかなり手狭なものだった。
その中で、フリオニールは四隅を支える弱い支柱の1つ、入口左の側にあるそれに身を凭れさせ、膝を抱える形で気を失っていたらしい。
目を開けた先には、直置きされたカンテラが、緩く揺らめきながら弱い光を放っていた。
…嗚咽が聞こえたと思しき方向――入口からみて奥左手にある支柱の方へと視線を上げる。
…夢想が、両の膝を抱え、膝に顔を埋めて肩を震わせていた。
…快活な年下の仲間の、そんな姿が、余りにも痛々しくて悲痛に見えて…。
「…ティーダ…」
思わず声を掛けた。
ひっ…と。
息を飲む音が聞こえ、夢想は瞬間、涙に濡れた顔を上げた。
絡んだ視線が揺れている。
溢れた感情で揺れている。
…その感情の名前は何?
彼が自分に向けた視線の、揺れる意味は…。
…悲しみ。
戸惑い…怒り?
…否。違う。
これは、恐怖だ。
得体の知れないものに対する、恐怖。
自分が、年下の仲間の恐怖対象になってしまったことが、俄には信じられず…また耐えられず。
半ば無理矢理絡んだ視線を切って、フリオニールは視線をカンテラに投げた。
…カンテラの、一際明るい光の輪の中に、掛布の端が見えた。
掛布に沿って視線を移動させる。
…上半身を裸体とした騎士が、腰から胸までに掛布を掛け、傷んだ左肩を上にし、此方を向いて身体を丸め目を閉じていた。
肩には布が巻かれていた。
元々白い顔が、血の気を失って蒼白になっていた。
…再び。
呼吸を飲む音が聞こえ。
夢想が、狭いテントの中、自分の視線から騎士を隠すように、騎士の前に移動した。
夢想が上部を膝に引っ掻けた直置きのカンテラが、大きく円を描くように音を立てて揺れ…。
その円は、やがて次第に小さくなってゆき…。
ややあって…また元の様にその場に静止し、静かに光を放ち始めた。
中の火が1度、大きく揺れた。
涙に濡れた顔で、それでも自分を睨むその充血した目と腫れた瞼が痛々しくて。
「…ティーダ」
フリオニールは思わず。
再び夢想の名を呼んだ。
「何で…何で仲間を刺したんだよっ!!」
その言葉に。
フリオニールは深く後悔の息を吐いて俯き、目を閉じる。
…敵に…見えたのだ。
燃え盛る森が、炎を上げる村に。
飛び出してくる水晶人形が、炎に終われた村人に。
その水晶人形を砕く騎士が、炎に追われて逃げ惑う村人を斬って捨てる敵に…黒騎士に見えたのだ。
…見えて…しまったのだ。
「…すまん、錯乱していたんだ…。」
…そんな、見間違いを。
夢想に…戦火を知らない夢想に言える筈も無い。
だから俯き目を閉じたまま、そう答え、両の手を握り締めた。
…しかし仲間を傷つけたというのに、肉を貫いた感触の残る手は、握り締めても思ったより力を入れてはくれなかった。
「…錯乱で済ます気かよ」
夢想の声は怒りと恐怖で震えていた。
夢想は言う。
「今回は偶々肩で済んだけど、心臓貫いてもあんた、錯乱で済ます気かよ!」
「ティーダ!?」
フリオニールは顔を上げた。
困惑したフリオニールと、泣き腫らしたティーダの視線が、絡んだ。
「クラウドも…言ってた」
夢想は言う。
「俺も…気付いてた」
そう、夢想は言う。
「フリオニール、時々セシルを、殺しそうな目で見てるって。特に黒い鎧の時、ヤバいって。今はまだ抑制が利いてるらしいけど、そろそろ危ないって…」
フリオニールは息を飲み目を見開く。
夢想は再び涙の溢れだした目をきつく閉じた。
「でもずっと…多分、こうはならないって、俺、どっかで信じてた…」
信じてた…のに、と。
夢想は泣く。
「ティー、ダ…」
「実際、こういうことになって…、なのに…あんた、理由さえ話さ、ないで…」
ひっく。
夢想がしゃくりあげる声が、フリオニールの胸を、心臓を縛る。
そんな夢想を見ているのが辛くて、何とか、何か言いたくて。
フリオニールは身を乗り出し掛けた。
自分のことを、黒騎士のことを、話さずに理解は得られないことは解っていた。
けれど今この瞬間、ティーダに泣いて欲しくなくて、自分を恐れて欲しくなくて。
フリオニールは弁解を、謝罪を、舌に乗せるつもりだった。
「来んな!」
…しかし、待っていたのは拒絶だった。
「これ以上セシルに近付いてみろ! 俺が斬ってやる!!」
…実際には、狭い狭いテントの中で、近付くも何も無かっただろう。
だが夢想のその1言は、深く広い谷よりも更に絶望的な距離を、夢想とフリオニールの間に作った。
「違うんだ、ティーダ! 俺にはそんな…仲間を攻撃なんてする気は無かったんだ!」
「嘘だ!」
「嘘じゃない!」
「嘘だっ――!!」
…悲鳴の様な、夢想の拒絶。
…違う…。
違うんだティーダ、俺は…。
そう言いたかった。
しかし、口の中は瞬時に干上がり、弁解を発することは出来なかった。
息も継げない、重圧とも言うべき沈黙が訪れる。
カンテラの薄暗い火が大きく揺れ、合わせて、テント内に映る対峙した彼等のぼんやりとした影も、1度、大きく揺らめいた。
…と…。
「…騒ぐな。敵に気付かれる」
「クラウド!」
辺りの哨戒へ行っていたのだろうか。
兵士が低く狭い入口を、厚布を捲り上げて潜りテントに入ってきた。
…捲り上げられた厚布の隙から見た外は夜だった。
兵士はそのまま入口を背にし、フリオニールと夢想の間に腰を下ろす。
兵士はそうして、夢想に顔を向けた。
夢想と兵士が会話を始める。
「…敵、居るんスか?」
「ああ、まだ遠いがな。少し休んだら、移動した方が良いだろう。セシルは気が付いたか?」
「…それが…」
「…まだか。重症の身で4人の火傷を癒せば当然か…」
その会話で。
フリオニールは初めて、自分の身体が癒えていることに気が付いた。
自分の肩の傷を癒していないのは、魔力が足りなかったからか。
セシルは仲間内で魔法を使える者の中では、その能力が最も下位にあたる。
魔力の振り分けとして、自分の肩を癒して、火傷を負い不完全な4人組を作るよりは、自らが重症のまま、3人を万全にした方が良いと踏んだのだろう。
フリオニールは目を閉じ、俯いた。
…無理を…させたのだ…。 
…と…。
「フリオニール」
突然、兵士に呼ばれて。
フリオニールはびくりと肩を跳ねさせる。
「お前も気が付いて良かった。…目は覚めたか?」
目は…覚めたか…。
兵士の言っている意味に。
フリオニールは殊更強く目を閉じて俯く。
「…本当に…済まない…」
「俺は信じない!」
開いた距離の彼方で。
夢想はフリオニールの謝罪の言葉を撥ねた。
「何だよ、済まないって! 結局口だけじゃんか! フリオニール、魔法使えるのにっ、セシル治そうともしねぇでっ…!」
そんな夢想の言葉を、兵士がやんわりと切った。
「無茶を言ってやるなティーダ。今の今まで錯乱していたんだ。気が付いて直ぐに精神安定と集中が絶対条件の魔法なんか、使える訳がないだろう」
「っでもっ…!!」
「…が、気持ちは解る」
食い下がる夢想に、兵士は静かに頷き、言って。
此方へと顔を向けた。
「フリオニール」
びくり。
フリオニールの肩が、再び跳ねた。
顔を上げ目を開けたフリオニールを、思議な色の虹彩が射る。
仄暗いカンテラの明かりの中。
昔。
人手の足りない野戦病院の中、数少ない癒し手が、今と同じ、僅かな明かりしかなかった夜に、傷んだ人々を癒して回った、あの魔法に似た色の、その虹彩。
その虹彩が、今。
何故、どうして、と、フリオニールの冒した同士討ちを責める。
「錯乱の理由は話せないか」
…フリオニールは目を閉じ…観念した。





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