子供以上、大人未満


どんなに身体を鍛えても、どんなに背伸びして大人ぶっていても、変えられぬ事実がある。
もっともっと強くなって誰よりも男らしくありたいと願っても、愛しき女より年を越えてこの世に生きていく事は出来ない。

アイツとの年の差は俺は気にしていなかった。
別にどれだけ俺との年齢差が離れていた所で、特に問題は無いと思っていたからだ。
それに、好きになるのに理由なんか要らない。
一目見て目が離せなくなった、周囲の雑音も一瞬で掻き消されてしまうほどに。

愛した女と一生涯共に生きて死ぬ事は、俺にとってこの上ない願いだ。
例え相手が俺より遥か年上の女でも関係ない、絶対手に入れたいと思った。

絡みつく視線を日々感じて、彼女も少なからず俺を気に掛けていると悟る。
それでも逃げるように俺の手元からすり抜けて行く様は、残酷で自分が惨めだと感じてしまう。

アイツが俺を避ける理由は聞かなくても分かる。
其れはたった一つ、俺は子供であいつは良識ある大人だと言う事。

決して変える事の出来ない、俺となまえの距離。

大人だから、これ以上俺と関係を深めていく事を畏れているのか。
其れとも俺が世間を知らない子供だから、そういう対象から外して歯止めをきかせているのか。

大人の理論は実に狡猾で残忍だ。
本能より理性を護り、其れを正当化するのが大人の理屈なら、俺は子供のままでいい。

この愛情を殺す事など出来るものか。
俺は自信を持って言える、お前を愛していると。

俺は大人ではないけど、子供でもない。

自分の意思をしっかりと持った、一人の男なんだ。



―子供以上、大人未満―



破壊された機械鎧を新たに取り付けて貰う為、俺は一時帰郷する事になった。
幼馴染のウィンリィに散々文句を言われ、乾いた笑いを浮かべながら俺は黙って小言を聞き入れていた。


「今度壊したらスパナじゃ済まさないからね!」

「わ―ってるよ。今度は気をつけるって」

取り外された機械鎧を見つめながら、ヒラヒラと左手を振る。
これ以上奴の不平を聞きたくない俺は、母さんの墓参りに行ってくると家を飛び出した。

「四年経っても変わんねえな―」

辺り一面を眺めれば余分なものがない、雄大な景色で織り成す俺とアルの故郷。
だけど常に思い浮かぶのは、初めて恋しいと思った一人の女の顔だった。

…早く会いたくて堪らなくなった。
俺と年上の彼女、なまえの接点は軍人と国家錬金術師という仕事柄という関係で、それ以外は何もない。
むかっ腹立つ大佐と合わなければならない憂鬱もあったが、其れでも彼女と顔を合わせるよう俺なりに努力していた。

『あら、エドワード君。ユースウェル炭鉱の調査から帰ってきたの?』

『ああ…、案外早く終わったんだけどな。ちょっと色々あって』

『そう…お疲れ様。此れからも頑張ってね』

『なまえ、あのさ、俺……』

『……あ、そろそろ行かなきゃ、それじゃあね?』

何時も彼女はそう言って俺から逃げるように去っていく。
まるでこれから言おうとしている言葉を分っているように、そして其れを遮るかのように。

その理由は聞かなくても何となく察する事が出来る。
俺と色恋で関わりたくない、そういう事だろう。
だけど、なまえが俺を見つめる時の表情は俺を嫌っているようには感じなかった。
寧ろその反対で、彼女も俺と同じ気持ちではないのか、と。

目の前に彼女が居るのに、まるでガラス一枚隔てて話をしているような錯覚すら覚えた。
自分の領域にこれ以上入らせないと、そう無言で圧力を掛けられているような。
手中に収めたい女は何処までも遠く…近づこうとすると更に距離が離れてその差は何時までも埋まらない。
そのもどかしさが俺を苛付かせる原因にもなっていた。



「……会いてえな―」

母さんの墓参りを済ませ、俺は生まれ育った住処へと脚を運ぶ。
炭へと変貌と遂げた、無残な瓦礫の山を見つめ…俺はポツリと呟いた。


「エドワード君」

ふと耳を傾けると、愛しい女の声が聞こえてくる。
心地良いその声に俺の荒んだ心は和らぎ、俺は瞳を閉じて言葉を紡ぐ。

「本気で好きなんだけどな、って何恥ずかしい独り言言ってんだ俺は」

髪を乱雑にかき上げて焼け落ちて真っ黒になった木材を見つめる。
先程から何度もなまえの俺の名を呼ぶ声が聞こえ、その切なさで胸は締め付けられていく。


「エドワード君?」

既に末期かもしれない。
思いは日毎に募って、彼女の幻聴まで聞いてしまうなんて何て女々しい男なんだ。

「……こんな田舎に来るわけねえっての」

一つ深く溜息を付いて、皆の待つ家へと踵を返す。
俯きながら歩きふと視線を上に戻すと、俺はピタリと歩みを止めた。



「…さっきからずっと呼んでるのに、全然振り向いてくれないから怒ってるのかと思った」

「な、何て此処に居るんだ?仕事は?」

驚くのも無理はない。
俺の目の前には恋焦がれていたなまえの姿があり、優しく微笑みを浮かべていたのだから。

「休暇を頂いたの。たまには優雅に遠出したくてね」

……だからといって、何もこんな観光名地でもない処に来るなんてどうかしてる。
考えたくなくても都合良く考えてしまう、俺を心配して此処に来たのではないかと。


一体、彼女はどういうつもりなのだろう。
俺が近づけば血相変えて逃げていくのに、いざ離れればこうして彼女から赴いてくる。

「……どういうつもりだ」

「エドワード、君?」

俺の気持ちをきっと、否間違いなく気づいているだろう。
知らない筈がない、俺の表現はストレートで他人にも悟られているだろうから。

怒りと切なさで俺の身体は震えだす。
其れを不安そうに見つめているなまえは、俺の名を何度も呼んでいた。

「何なんだよ!俺の気持ち知ってるよな?何時もは俺から逃げ出すくせに、俺の気持ちを弄んで楽しいか!?」

「エドワード君……」

「俺に気がないならわざわざ休暇を取ってまで会いに来ないでくれよ!惨めじゃねえか、俺……」

分ってるよ、お前が何を気にして俺との関係を曖昧なものにしているのか。
10近くも歳が離れてちゃ、他人の目が気になるものだ。

だけど俺にはそんな事はどうだってよかった。
好きな気持ちは止められるものではないし、そんなくだらない客観視から、なまえを護るつもりだった。

だから、いつか心通じる時まで体当たりでぶつかっていこうと決めていた。
ゆっくりでいい、少しずつ少しずつ、彼女の心を手に入れようと決めたのに。

こんな形で会いたくはなかった。
片手を壊した、弱い今の俺を見て欲しくなかったんだ……。

唇を噛み締めて顔を下に向けて地面を見つめる。
心配で会いに来た、その言葉を本当は聞きたかった。

「誤魔化されると余計辛くなる」

素直に俺と向き合って欲しかった、それだけだった。


「……」

「……」

……暫く互いに話す事もなく、沈黙が続く。
その時間は非常に長く感じ、俺はその息苦しさに窮屈さを感じていた。



「帰ろう?皆心配してる」

そっと手を差し出され、目に映ったのは変わらぬ優しい笑顔。
その笑顔に毒気は削がれ、俺は一人悩んでいるのが馬鹿らしく思えてきた。

「そうだな、帰るか」

差し出された右手をギュッと握り締め、俺達は皆の居る家へと歩き出す。
結局は彼女の本心は聞けず仕舞いだったけど、今はまだその時期ではないと何となくそう解釈していた。

今はまだ、曖昧な関係のままでいい。
俺にはやるべき事があるし、何よりもそれを優先に考えていかなければならない。

だけど、其れが叶ったら今度こそ君を手に入れる。
確信だ、間違いなく俺となまえの想いは通じ合っていると、思っているから。


「なあ、なまえ」

「如何したの?エドワード君」

手を繋ぎながら歩く俺は、目線を真っ直ぐに声を掛ける。
そして隣で俺の顔を見つめるなまえに、はっきりと言葉を向けた。

「俺さ、もっとイイ男になってお前に会いに行くから。その時は逃げずに聞いてくれよな」

「……期待して待ってるわ」



ほら、また確信だ。
きっと次会いに行く時、君は逃げずに俺と向き合うだろう。

だって今のなまえの顔、頬を染めて嬉しそうに返事をしてる。
その表情は覚悟の表れだ、俺は大人ながらに控え目に笑う彼女を見詰めながら、此れは一人の男として迎え入れる決意が固まっている証明なのだと、自分の頭の中に浮かぶ都合の良い解釈に小さく笑った。


END

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