ライムライト

好き避けって言葉がある。

芽生えた温かな感情とは裏腹に、本心とは真逆の行動が無意識に働いてしまう事。
確かに好きだと心は認識しているのに、誤解されてしまう態度で接してしまうのだ。

秘めた好情を否定するつもりは毛頭無い。
好きになって良かったと思えるしあの人以上に心奪われる人は居ない、感情抜きに考えても彼は魅力的だ。
其れなのに、気の無い素振りを見せてしまう。
目を合わせられない、話し掛けられても顔が引きつる、会話は一往復で分断、情けなくも足は竦む。

……単なる天の邪鬼なだけなのかもしれないけど。



憧れと好きの違いとは如何なるものか。
私の独断ではあるが、恐らく相手と恋仲になりたいか否かの違いだと思う。
憧れは見ているだけで満足、云わば目の保養と好奇心。
形成された理想像として相手を嵌め込み、崇め奉られた存在。

好きは知りたい、近付きたい、些細な事でも関わりたい。
妄想で作られた真偽の定かでは無い虚構に興味は湧かず、生身の相手との発展を望んでいる。

私は前者から後者に気持ちが引き継がれた。
イシュヴァールの英雄にひたすら憧れた、同じ軍人であるならば彼のようになりたいと思う者は数知れないだろう。

仮にどちらかが片想いをしていて、仲睦まじく会話のキャッチボールを楽しむ状態を想定したら、私には羨望せずに居られない。
何で其処まで会話が続くの?どうしたら自然な対応が出来る様になるの?

何で、どうして。

私の頭の中は質問で埋め尽くされてる。
だけど他人には聞けない何か恥ずかしい、天の邪鬼の上に小心者まで加わって収拾が付かない位混乱してる自分に自己嫌悪。

ああ、きっと貴方はこんな私を"無礼者"と一蹴するのでしょうね。

貴方の直属の部下ではないけれど私の上司と貴方は密接している。
用事を言付けられた私が貴方の処へ赴く度に不躾な態度を取られては、業務に支障を来すし不快極まりない。

一握りでいい、行動と気持ちを繋げる勇気が欲しい。
まずは其れからだ、そうする事しか改善の余地は無いのだから。



誰か、素直になる方法を私に教えて。



―ライムライト―


国軍大佐であり国家錬金術師、ロイ マスタング。
焔の錬金術師と名高い彼は私の中で最も尊く崇拝する人だった、今も尊敬している事に変わりはない。

マスタング大佐が東方司令部から私の居る中央司令部に異動になると聞いた時は、背中に羽が生えたかの様に有頂天になった。
あの人に会える、偉大な彼の勇姿が間近で見れる、自分でも呆れる程舞い上がっていたのを覚えている。

遠巻きで見てるだけで大満足、話せなくても幸せ。

……今となってはあの頃が懐かしい。



「なまえ、この書類をロイに届けてくれ」

「……」

出勤して早々に、現在私を悩ます難関をさらりと言ってのけるヒューズ中佐。
軽快にペンを走らせながら無造作に差し出す中佐の手元の書類を、私は無言で見詰め立ち尽くす。

「……分かり、ました……」

歯切れ悪く返事をすると、書類と睨み合いを続けていた中佐の動きが機械が停止したかの様に止まった。
其の行動により不気味な位室内は静寂に包まれ、自分の煮え切らない対応が彼の逆鱗に触れたのかと鼓動を逸らせる。

「なあ、なまえ」

真顔のまま此方に目を向ける中佐の鋭い眼差しが、次に冷や汗を生ませた。
普段温厚な人程怒らせると数倍も凄みが増すのは本当だ、私は無礼を詫びなければと謝罪の動作を見せる。

「失礼し」

「俺は機会を与えてるつもりだぜ」

"失礼しました"と言い切る前に、中佐の言葉が私の台詞を覆い被した。
会釈程度に下げた頭の姿勢を留めたまま視線だけ彼に移すと先程とは一転、にやけた表情が映し出される。

「な、何のですか」

明らかな動揺を隠せない私は、吃りながらも平静を装おうと乱雑に前髪に触れた。
そんな仕草からの心情を簡単に見抜いてしまう勘の鋭い彼は、半ば呆れ口調で前のめり気味で口を開く。

「お前なあ、天の邪鬼も程々にしないとアイツに嫌われるぞ」

怪訝な表情を見せながら放った中佐の台詞が胸を刺した。
其れは言葉と共に向けられたペン先がまるで鋭利な刃物と成って突き付けているようで、更に心痛を底上げする。

「いや、あの、私は別に……」

「誤魔化したって無駄だぜ、お前がアイツを好きだって事位態度を見りゃ解る」

しどろもどろになる私を他所に、中佐は再び間髪入れずに口添えをする。
グッと口元を結んで言葉を喉奥に収めた、反論など出来る筈も無い、彼の台詞は紛れもない事実なのだから。

……そんなに分かりやすいのかな。
確かにマスタング大佐以外の異性に対しては普段通りの自分で居られる、こうしてヒューズ中佐に緊張する事も無く。

大佐を好きだと確信を得たのは、中佐から彼への使いを頼まれる事が増える度に膨れ上がっていった。
尊敬から恋心への変化、其れは見ているだけでは物足りなさを感じている自分に気付いたから。

彼に関われば関わる程想いは猛烈に加速していった。
軍人であるマスタング大佐では無く、異性としてのロイ マスタングを知りたいと願って止まないのだ。

大佐は中佐と友人関係で交流が深く、私は幸運にも彼に関わる機会に恵まれた。
喩え職務だけの会話だけでも嬉しくて有り難い、其れを理由に大佐に会いに行ける、……そう思っていたのに。

「肩に力が入ってるぞ、そんな身構えずにいつも通りのお前で接すればいいんだ」

押し黙り物思いに耽る私を、中佐は穏やかな口振りで宥める。
気付けは両肩が僅かに上がり両手に拳を作っていた、彼を想うだけでこうなるのでは先が思い遣られる。

「……行ってきます」

神妙な面持ちで小さく呟くと、ヒューズ中佐は肩を竦めて苦笑いを見せた。
私も貴方の考えている事が手に取る様に解りますよ、どうせ"こりゃ無理だな"でしょ、……また反論出来ない自分が悔しい。

苦笑を継続したまま書類を差し出す中佐に若干の憤りを感じながら受け取った後、踵を返し重い足取りで廊下へと向かった。



マスタング大佐の居る部屋の前で大きく深呼吸を試みた。
このドアの向こうに彼が居る、嬉しいけど怖い、相反する矛盾が押し迫ってくる。

「ふう……」

息を吐いた後に気を落ち着かせる為に小さく溜め息を溢し、ドアを二回ノックした。
ゆっくりドアノブを回すと少しずつ扉の向こう側が見えてくる、逸る心臓の音が聞こえてきそうな位緊張した。




「失礼します」

……声が上擦らなくて良かった。
此処に来て最初に聞いた自分の声に胸を撫で下ろす、微かな安堵感を生じた私の表情が少し和らいだ気がする。

「やあ、なまえ少尉」

ドアを丁寧に閉め反対正面に振り返ろうとした瞬間、私の名を呼ぶ声が耳に入り身体が硬直した。
このまま直ぐにドアノブに手を掛けて回して出ていきたい、でも顔を見たい、ああでも。

私は手に持っている書類を渡しに来たのではないか、怯んでる場合か。
渡さなければいけない、早く用件を済ませて職場に戻ろう。

大佐のデスクは数メートル先の正面。
この場所に訪れる回数を両手で数えきれぬ程重ねていた私は、目線を床に置いたまま声を掛けながら大佐の元へ向かう。

「ヒューズ中佐より頼まれた書類です、ご確認下さい」

折角取り戻した頼り無い平常心は再び放棄された、加えて極度の緊張で思うように声が出ない。
今日は今までで一番酷い、其れはきっとこの室内で初めての二人きりを経験したからだと悟る。

「そうか、ご苦労」

深々と椅子に腰掛けていた大佐は少し身を乗り出し、此方に腕を伸ばしてくるのが狭い視界の中で見えた。
私も渡そうと彼に書類を近付けるが、手元にある白色の紙は小刻みに震えている。

……何、武者震い?
いや冷静に判断してどうする、取り合えず震えよ止まれ。
何度も経験してる筈なのにいつまでも慣れない、其れ処か悪化している気がする。
上手くやらなければと考えれば考える程、身体が言うことを聞いてくれない。

「……では失礼します」

これ以上失態を見せてはいけないと、軽く頭を下げて退室の旨を伝える。
ほぼ会話は皆無だったが其れでいい、今の私は如何にこの場から早々に去れるかで頭が一杯だった。



「君も大変だな、いつもヒューズに使いっ走りにされて」

突然マスタング大佐から声を掛けられ、私は反動的に顔を上げた。
目の当たりにしたのは受け取った書類を片手に頬杖を付きながら私を見詰める彼の姿、僅かな笑みを含んだ其の表情は心臓を破裂させる寸前まで追い込み即座に目を逸らす。

「……いえ」

視線を斜め下に向けたまま言葉を返す私は、強い罪悪感に苛まれた。
上官と目を合わせないなんて失礼極まりない、分かってるけど直視する事を拒んでしまう。

しかも二文字で終わらすとか有り得ない。
此れをチャンスにもっと会話に華を咲かせればいいのに、無惨に経ち切る自分は何て愚かなのか。

第三者から見ても感じが悪いであろう私の態度にも、大佐はいつもこうして労いの言葉を掛けてくれる。
直属の部下でもないのに気を遣ってくれる優しさ、この場で踊りたい位嬉しいのに意思に反して表面化するのは無愛想な鉄仮面。

ああ……、泣きたい。



「なまえ少尉は人が良いな」

「そんな事無いです」

「そんなに謙遜しなくていい、君の有能ぶりはいつも彼に聞かされている」

「恐縮です」

去るタイミングを逃した私は大佐から放たれる言葉に端的な返答を繰り返す、全く嘆かわしい事この上ない。
普段は別に口下手ではないのに、彼を前にすれば貧相な会話力を披露するという醜態を曝してしまうのだ。
視線を至る場所に泳がせる中、時々大佐の姿を捉える。
端正な顔立ちである彼を一瞬だけでも瞳に映したい、表面的な行動と言動に反して本能は忠実であると痛感した。

「なまえ少尉は」

両手を前に重ねやっと目線の焦点が目の前の机に定まると、大佐が少し低いトーンの声色を放った。
既に真正面から彼を見れる権利を辞退した私は、目を合わす事無く"はい"と返事をする。

「酒は好きかね」

「はい」

「そうか、では博打は好きかね」

「いいえ」

「そうだろうな、美しい夜景を見るのは?」

「はい」

"はい"と"いいえ"しか言わない反応の乏しい私の姿に対してか、徐に彼が溜め息を吐く音が耳に届いた。
今日こそ大佐から厳重注意の言葉を聞かされる、私はきつく目を閉じ予想した台詞を待ち構える。

「では、君は私が嫌いなのだろうか」

核心的な問い掛けに背筋が凍り付いた、心臓の鼓動は今日一番の早さを脈打つ。

「……」

「正直に言ってくれて構わない、嫌われる事には慣れている」

様子伺いで視線を彼に向けると、変わらず頬杖を付いた状態で話す大佐の表情は、少しだけ哀愁を含んでいた。
私が彼にそんな台詞を言わせてしまった、絶対に否定せねばと勢い良く身を乗り出す。

「違いますよ、有り得……」

興奮気味で言い返した途中で、"では其の態度は一体何なのだ"と大佐に切り返される事を想定し、発言を中断してしまった。
考えてみれば理由も無く素っ気なくするなんて有り得ない、其の背景には必ず何かしらの感情が生じている筈だからだ。

其処までの経緯は、"好き"か"嫌い"かの二択だけで判断出来る。
好きだから関わりたい、嫌いだから関わりたくない、単純な事だ。
大佐に否定した今、私は"貴方が好きなんです"って言えるだろうか。
言える訳無い、まともに会話するのもままならないのに。

「あ、えっと」

机に両手を置いた状態を保ったまま、悶々と考え込む私の目の前で大佐は腕を組む。
此処まで長く大佐を見たのは初めてかもしれない、動揺の渦の中でふとそう思い生じたのはやはり浮遊する両目。

素直にならなきゃいけない場面だって重々承知してる。
だけど無理、駄目、どうしても意気地無しが全面に出てしまう。

私の想いを知ったら、大佐はきっと困る。
気持ちが通い合わないのは当然だと理解していても、いずれ訪れる未来を考えたら私は少しでも其れを遅らせたい。

自分の気持ちの整理が付くまでまだ至らない、……やっと彼の内面を知ったばかりなのに。




「質問を変えるとしよう」

「……え?」

無言を貫く私に痺れを切らしたのか、大佐は組んでいた腕を解き肘を机に付け両手を結ぶ。
ギシリと椅子の軋む音が室内に鳴り響く、普段ならば大した音量ではないのに酷く耳に障った。

「先程の様に、"はい"か"いいえ"だけで良い」

「あ、あの大佐?」

有無を言わさぬ物言いに、私は焦燥感を露にする。
何か尋問されているみたい、とも言えず大人しく大佐からの言葉を待つ。



「私を異性として好きか、なまえ少尉」

「…えっ…」

思考回路がブツリと寸断した、どうしよう唇が麻痺したみたいに震えて上手く声が出ない。
感情から生じる行動は二択しかなく、私は既に答えが出ている。

「念を押して言わせて貰うが、私は"はい"か"いいえ"しか聞く気は無い」

まさか彼から言動の二択を強いられるとは。
しかも恋愛感情を含んだ質問、一発で私の気持ちが解るのだから、シンプル且つ無駄が無い。
大佐はもう私の気持ちに勘づいていると思う。
そうでなければ"恋愛感情として"を付け加えたりしない、だけど私が彼の問いに"はい"と答えたら。

大佐はどうしたいのだろう。
報われない想いだと分かりきっている問いに、自ら追い討ちを掛ける物好きなんて居ない。

「言いたく……ありません」

「何故だ」

……何故?そんなの決まりきってる、言ったら終わってしまう。
ずっと憧れて目標にしてきた、彼の潔い決断力と統治力に強烈に惹かれた。

実際に会って言葉を交わすまで貴方は神に近しき存在だった。
何もかもが完璧なのだろう、私は大佐が自分と同じ人間だという概念が、彼を神格化した事で削がれていたのだと思う。

だけどヒューズ中佐と会話をしている姿を見て、其れは幻想なのだと悟った。
マスタング大佐も私と同じ長所も短所も持ち合わせた一人の人間、想像してたより感情豊かで割りと大人気無い。
私は幻滅する処か親近感が芽生えた。
彼の本質をもっと知りたい、長所も短所も総て愛しい。

叶わない想いだと分かってる、其れでもまだ好きで居続けたい。
彼の存在そのものが、私を奮い起たせてくれるのだから。



「……ヒューズ中佐が待っているので、失礼します」

「待ちたまえ」

マスタング大佐の問いに答えないまま背を向けようとする寸前で、彼に手首を掴まれる。
大佐に初めて触れられた驚きと、何をされるのだろうという不安が入り交じり私から身動きを奪った。

「は、離して下さい」

「そうだな、此れから私の言う事に"はい"と答えるなら離してやらんでもない」

「……何でしょうか」

大佐のゴツゴツとした大きな手が私の手首をすっぽりと包んでいる、其れを見て一気に顔に熱を帯びていくのが分かった。
だけど私が一番に移す行動は平常心の回復、永きに渡ってコツコツ育んだ天の邪鬼は簡単には消え失せてはくれないらしい。

「私が好きなのだろう、なまえ」

「で、ですから言いたくないと。というか呼び捨て……」

「君も大概素直じゃないな」

苦笑気味な表情を見せながら言い放つと、大佐は私の手に顔を近付けた。
どうしたのだろうと疑問に思いながら彼の行動を眺めていた瞬間、手の甲に唇を落としリップ音を鳴らす。

何、何が起きてるの、気持ちが追い付かない。

「ちょ、ちょっと離して下さい。他の方々に見られたら……」

「まあ、私は気が長い方だ。じっくり時間を掛けて君を落としていくとしよう」

え、落とすって、谷底にでも落とすつもりですか。

「取り合えず、今晩私に付き合いたまえ。君の好きな酒を呑みながら美しい夜景を見て親交を深めようか」

「むむむ無理……ッ」

大佐の度重なる台詞に気を取られ、遅れて指先の圧迫感が神経を刺激しハッと我に返った。
見れば彼と私の手が重なり指が絡み合っている、好きな人に触れている現実に正常な判断など出来る筈も無い。

「返事は?」



「……はい」

巧い具合に大佐の策略に嵌まってしまった気がしないでもない。

だけど大佐と目を合わせる事が出来る様になり、また会話のやり取りの不自然さから脱したら、その時私は完全に素直になれる気がする。

そっと手を離した後堂々と椅子に腰掛け不敵に笑う、一枚上手な彼との恋路を夢見て。



まずは目先の難題に立ち向かおうか。
……お酒の力を借りれば、何とかなるかも。


END

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