▼ あの日に還りたい
私は時々自分でも制御出来ないほど嫉妬で狂う。
彼が好き過ぎて、全てを自分に向けて欲しくて、醜い感情を隠すことなく彼にぶつけてしまう。
……本当は彼の周囲には誰にも居て欲しくない。
私だけが彼の隣に居ればいいと思っている。
隊員が業務連絡を報告するだけで腹ただしくなる。
彼と話をする者は自分の敵であると勝手に解釈し、対抗心を剥き出しにしていた。
愛してるが故に曝け出す自分の本当の心。
よく純愛ドラマ等で浮気された女のこんな台詞を目にする。
”好きだから許す”
そんなのは欺瞞だ、好きだからこそ許せないものがある。
愛している人が他の女と抱き合っているのを目撃してもそんな事を言えるのだろうか、そんな事思える筈が無い。
それでも彼は自分が一番好きだから、とでも思うのだろうか。
結局は悲劇のヒロインぶって陶酔しているだけだ、そう言い聞かす事で健気な自分を作り上げているに過ぎない。
そんな自己満足だらけの女に吐き気がする。
私はそんな風には思えない、他の女に気持ちを傾けぬよう、冬獅郎を縛り付ける、そんな余裕の無い程、常に彼の傍に居る。
……正直そうしなければ不安なのだ。
客観的に見ても彼は格好いいし、男気溢れる性格は惚れ惚れする。
絶対手放したくないし、手放すつもりも無い。
ずっとずっと、愛し続けていきたい。
そう思う私は間違ってはいないよね?
貴方も、そう思うでしょう?
「他の女の子と話さないで!」
今日も私は彼に感情を露にする。
抑えきれないほど膨らむ嫉妬は声に出さずには居られなかった。
「任務の件で話をしていただけだろ!それすら許してくれねえのかよ!?」
「そうとは言ってない!さっき世間話もしてたじゃない…、それが許せないの!」
仕事上の話は仕方ない。
幾ら私でもそれを規制してはいけないと理解してる。
だけど、その中で他愛の無い会話をするのが嫌なのよ。
楽しそうに、少しだけ笑って話す貴方を見るのが嫌なんだよ。
それを見ていると、少しでもその子に興味を持っているような気がして、我慢できない。
「いい加減にしろ!世間話くらい部下と付き合っていく上で必要な事だ!
俺はお前としか話しちゃいけねえのか!?そんなに俺の仕事の邪魔をしてえのかよ!?」
冬獅郎が思い切り机を叩いて怒鳴りだす。
それに驚いた隊員が作業を止めて私達に釘付けになった。
「………!違う…そんなんじゃない!私は、私は冬獅郎が好きだから……」
好きだから、余り話して欲しくないんだよ。
少なからず話をしている時はその子に気持ちが傾くだろうから……。
「……もういい!お前は業務に戻れ!早くしろ!」
乱暴に椅子に腰掛けて私の席を指す。
苛付きながら作成途中だった書類に手を伸ばしていた。
「御免、なさい……」
私は一言謝って席に戻る。
またやってしまったと自己嫌悪に陥りながら、任された仕事に手を付け始めた。
彼を此処まで束縛して自分でもおかしいって解ってる。
だけど、そうしないといつか私から離れていってしまいそうで。
「解ってるけど止まらないよ……」
瞳に溜まった泪を拭きながら作業する。
それを見ていた乱菊さんが私の背中を軽く叩きながら、”頑張れ”と励ましてくれた。
「……終った」
ようやく長い長い任務が終わり、私は家路に付く準備をする。
いつもは冬獅郎が帰るまで待っているのだが、何となく今日は自粛しようと遠慮していた。
「なまえ。話しがある」
詰所を後にしようとしたら、冬獅郎が私を呼び止める。
それが嬉しくて私は一目散に彼の元へ走っていった。
すれ違い様に乱菊さんが微笑んで私に声を掛ける。
”早く仲直りすんのよ”と再び背中を叩いて出て行った。
「如何したの!?」
目を輝かせて彼にそう問う。
乱菊さんの気遣いと冬獅郎に話しかけられた事で、すっかり気分は良くなっていた。
声を掛けると、何やら冬獅郎は神妙な面持ちで私を見つめている。
時々眉間に皺を寄せて感慨深そうに机を眺めては、言葉を躊躇しているように感じた。
「冬獅郎……?」
余りにも彼が口を開かないから私は彼の顔を伺う。
目の前に顔を近づけて彼を見つめても、彼は私を見つめ返してはくれなかった。
「……別れよう」
俯いてそう小さく言葉を出す。
私からは彼の旋毛しか見えず、彼がどんな表情をしているのか見えなかった。
「……え?今、なんて言ったの?」
本当はちゃんと耳に届いていた言葉。
だけど、それを受け入れたくないと無意識に彼に聞き返していた。
すると、冬獅郎が顔を上げ私を見つめる。
その瞳は何処か悲しげで、だけど意思を感じさせる程真っ直ぐで。
その碧眼に吸い込まれていった。
「…疲れたんだ。お前の毎日の不平不満に耐え切れなくなった。
最初はそれが嬉しくて仕方なかった。俺はこんなにもお前に愛されていると。だが、此処まで制限されるともう辛い、だから……別れよう」
別れる?疲れた?辛い?
一度に沢山の否定的な言葉を言われ、頭の中が真っ白になる。
気が付けば私の瞳から溢れんばかりの涙が生まれ、頬を伝って床に落ちていった。
「……だ」
口ずさむように言葉を零す。
冬獅郎は再び俯いて私から目を逸らしている。
「やだよ、いやだ……。別れたくない、別れたくない……」
そればかりを連呼して呆然と立ち尽くす。
崩れるように床に座り込み、首を振って彼の別れ話を拒否した。
……そこまで貴方を苦しめていたなんて、私はなんて馬鹿なんだろう。
嫉妬を露にしたのは今に始まったことじゃなかった。
付き合いはじめから割りと頻繁に彼を縛り付けていて、そんな私を嬉しそう見つめていた冬獅郎を見てもっと感情を出してもいいのだと甘えていた。
しかし、それにも限度があったのだ。
居心地の良かった嫉妬はやがて窮屈な束縛となる。
それを痛いくらい実感した冬獅郎の想いが膨らんで、別れ話にまで発展させてしまったのだ……。
「もう冬獅郎を困らせないから。お願い、別れようなんていわないで……」
この気持ちは自分の胸に留めて置くから、もう二度と貴方に不快な想いはさせないから……。
繰り返し、繰り返し…別れたくないと呟き続ける。
それを黙って聞いていた冬獅郎は、小さく溜息を付いて椅子から離れた。
「御免、もうお前に対しての気持ちが薄れちまったんだ……。嫌いになったわけじゃない。ほかに好きな奴が出来たわけでもない、……この関係を一度白紙に戻そう」
そう言葉を返すと、部屋を出て行ってしまった。
「……冬獅郎!行かないで、……冬獅郎―――ッ」
私は去っていく彼を止めようと、振り返り名を呼び続ける。
……だけど、私の声はもう、彼には届かない。
「……何で、どうして……」
今まで彼を苦しめてきたツケが巡って来たのだろうか。
好き勝手やってきた、本心を全てぶつけてきた、自分への罰が……。
初めて嫉妬してきた時から私の歩むべき道は大きく反れてしまったのかもしれない。
自ら、冬獅郎との関係を崩壊の一線に導いてしまったのかもしれない。
あの時の、彼の笑顔に会いたい。
やっと自分の愚かさに気づいた今では遅すぎる、彼の心はもう、戻っては来ない。
「いやだ、いやだよ。いやあーーーーーーーー!」
半狂乱になって叫び続けた。
髪を鷲掴みにして、頭を振り回し、止まらぬ泪を拭きもせず。
貴方が居なくなったら私は何も残らない、全ては貴方が居たから……。
「冬獅郎の居ない世界なんて……」
ふらふらと立ち上がり、覚束無い足取りで窓際に立ち尽くすと、霞んだ視界に映る美しい雪景色。
真っ白なその世界は、私の魂を奮い立たせた。
「……綺麗……」
……この真っ白な雪の中に身体を委ねたら、私のドロドロに渦巻く醜い想いは浄化出来るだろうか?
目線の下のあの景色に身を投じれば、私は楽になれるだろうか?
「……」
正気を失くした私は、窓を開けてサッシに足を掛ける。
空を見上げれば、白い世界に映える真っ青な配色。
「私の中の汚いものを消さなくちゃ」
この青い空に混ざり合い、あの白い雪と共に溶けていきたい。
「……綺麗になったら、また冬獅郎と付き合えるかな」
天高く舞い、空を飛ぶ。
彼への想いを運んで空を、飛ぶ。
END
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