数週間が経った。
ニールが休みの日に外出することが多くなった気がする。
今日もニールはいない。私は仕事。
自分のライフルを戸棚から持ち出して車に乗り込む。
今回はニールがいないから私が狙わなきゃいけない。正直ライフルより拳銃の方が得意な私。
少しだけ不安だ。
ニールと出会うまで、私はどうやって仕事をこなしていたんだっけ?
目的の廃墟に着く。
証拠を消しながら上の階へ上がり、ライフルをセットする。望遠鏡を覗くとまだターゲットの姿は見えない。
今回はターゲットが建物の裏口から出てきた所を狙う。いつ出てくるか分からない。
私はただスコープを覗いて、いつでも撃てる準備をした。
ターゲットは何やら各国の政治の裏事情を調べているらしい。
今回依頼に来た人間は知られたらまずいから、そいつを消してくれ。そう言っていた。
政治家に期待はしていない。
だからこそ、ずっとこの職に就いているのかもしれない。
しばらくすると現れるターゲット。
しかしあちらも慎重だ。周りにはガードマンが数人いる徹底ぶり。
キョロキョロとしながら辺りを見回している。
私も緊張しながら引き金に手をかける。
そして撃とうとした。
その時、
パン!
物凄い間近で銃声。
「いっ、!」
背後から、私が撃たれた。
振り向くとそこにいたのは見た事のある人物。
あの、ロンドン塔でニールと居た美しい人だ。
紫のショートヘアで、メガネからのぞく赤い目で私を睨む女性。
足音も気配も完全に消えていた。
只者じゃない。急いで物陰に隠れる。
撃たれたのは肩だ。
ドクドクと血は溢れるが、痛みなんて分からないくらいに混乱している。
なんでニールと一緒にいたあの女の人が?
じゃりじゃりと彼女が近づいてくる音。
心臓は今までにないくらい早く動いている。
このまま殺される。そう思った時、誰かが走って来る音が聞こえた。
そして、
「ティエリア!やめろ!」
ニールの声が聞こえた。
「ニール君!?」
「ナマエ!生きてるか!」
顔を出したら確実に撃たれると思い、そのまま声を張上げて彼を呼んだ。
そしてティエリアと呼ばれた彼女から銃を奪う音がする。
「何をするんだ貴方は」
「頼むから待ってくれって、」
初めて耳にしたティエリアという人の声を聞いて驚く。男の人の声だ。
思わず顔を出すとニールと目が合った。
安心してその場に崩れ落ちると彼が私に駆け寄る。
「どこを撃たれた?」
「肩を、」
「悪い」
びりっと嫌な音がして、服がニールによって破かれる。剥き出しになった私の素肌にティエリアという人はハッとして目を背けた。
ニールは気にせずに破って布と化した服で傷口を縛る。
応急処置が終わると私に自分の着ていた上着をかぶせ、またティエリアという人のところへ駆け寄った。
「頼むからこいつは殺さないでくれ」
「しかし彼女は僕たちの大切なエージェントを暗殺しようとしていた」
「雇われたんだよ、そうだろ?ナマエ」
「え、あ、うん。政治家の人に、依頼されたの、だから、」
誰かこの状況を説明して。
未だ目の前のニールとティエリアは口論しているようだ。私を殺したいティエリアと、そうさせまいと必死なニール。
「あの。私、誰を殺そうとしたの?」
「貴様には関係ない」
「おいティエリア」
鋭い目で睨まれるとさすがに怖気づいてしまう。
ニールはむっとして彼の肩を押した。それに負けじと相手もニールの胸ぐらを掴んだ。
「エージェントを彼女が殺そうとしたのには間違いない。それを僕は阻止しようとしただけだ」
「こいつは俺の大切な人なんだ。何も知らない。俺達のことを。だから、」
「この時点で彼女は僕たちのことを知ってしまっているが?」
ニールと、彼は一体なんなの?
私を殺さなくてはいけないほど、知られてはいけない存在ということだ。
私の知らないニールの姿。
私は、本当は彼の事なんて何も分からないのかもしれない。
「彼女は優秀な暗殺者だ。黙秘しろと言えばちゃんと言う事を聞く。俺が保証する。今までずっと一緒に仕事をしてきた」
「貴方がただ殺したくないだけでは?」
「ああ、そうだ!悪いかよ!……ナマエ」
突然呼ばれて慌てて彼を見る。
来いという事なのだろうか?ゆっくり立ち上がり、彼の横へ移動した。
私を守るように肩を抱く彼の腕はとても優しい。
見上げると彼は「大丈夫だ」と小声で囁いた。
「おまえが政治家に頼まれて殺そうとしたのは俺とコイツの仲間なんだ。だからコイツはおまえを殺そうとした」
「あ、うん」
「俺と、ティエリアはある組織に所属している。これ以上は言えない。今日の事は全部黙ってろ。いいな?」
「わかった」
こくりと頷くとニールはティエリアに向かって「な、これでいいだろう」と真剣な顔つきで交渉する。
相手はというとただ無言のまま、私の顔を見つめている。
とりあえず負けじと見つめ返した。
しばらく見つめあっていると、ティエリアは何も言わずに踵を返した。
慌てて追いかけるニール。
「おい、ティエリア!……良いのか?」
「次に何かあった時は貴方を後ろから撃つ」
「怖っ」とニールはおどけて見せると、ティエリアは嫌そうに顔を歪めて階段を降りていった。
そこまで見送ったらしいニールはまた私のところへと足早に戻ってきた。
そして優しく私を抱き締める。はあ、と彼の大きい溜息が聞こえる。
「ナマエ、本当にごめんな」
「ううん。助けてくれて、ありがとう」
彼の背中に腕を回して抱き締め返すと、一層強くなる力に、今頃になって肩の傷が痛み出す。
少し身をよじると気づいたのかニールは体を離す。ああ、もっとぎゅってして欲しかったのに。
「すぐ手当しよう」
「うん」
「本当に、悪い。今は何も、話せない」
「ううん。何も聞かないよ。大丈夫」
「……ナマエ」
ニールは苦しそうにまた、溜息をつく。
私を見つめる眼差しは心なしか潤んでいて綺麗。そんなことをぼんやり考えながら見つめ返していると、彼が私の耳元に唇を寄せた。
「…キス、してもいいか?」
「……うん」
そこで私たちは初めてキスをした。
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