ヒドコート・マナーには有名な庭園がある。
こうしてちょっと遠出をしたり、散歩をしたりする時間が私は好きだ。
ニールも同じように思ってくれている事が、何よりも嬉しい。
2人でのんびりと花を見て回って、たまにお互いに写真を撮り合う。たぶん、私は彼の携帯端末に入っている写真の倍以上、写真を撮っている。
彼が宇宙に行くと告げた日からこっそり撮りためていた。所謂盗撮写真だが、許して欲しい。
見返して、思い出せるように。
今のニールを忘れないように。
「そろそろ帰ろうか」
「そうだな、日も暮れてきたし」
「うん。あ、ねえ、夕ごはんの食品どっかで買っていこうよ」
「ん。近くのスーパー検索して」
「わかった」
出口へ二人並んで歩く。
こんな会話して手を繋いで。
まるで恋人のようだけど、私たちは恋人じゃない。
もちろんキスもセックスもしていない。それでも愛し合っている。
何なんだろう、この関係。
私たちは好きだとか恋人だとか、そんな言葉では表せないような仲だと思う。
「あ、ここのスーパーにしよう。大きいよ」
「何作る?」
「えー?どうする?」
「ポテトのパイにしよう」
「え!?また?」
「いいだろ?好きなんだよ」
彼はじゃがいもとパイがあれば生きていけるんだろうね。
いつも通り買い物カゴを持つニール。
その後ろを私が追いかける。私たちの買い物スタイルだ。
じゃがいもの選別は慎重。たくさんある種類の中から料理によって品種を選び、さらに固体をひとつずつじっくり観察している。
彼はじっとじゃがいもを見つめてはイイものを選び抜いく。その姿が滑稽で私はいつもニヤニヤしながら見つめている。
魚介コーナーを通りかかると最近よく目に留まる国旗を見つけた。アイルランドの国旗だ。どうやらアイルランド産の牡蠣らしい。
ニールの服のはしを摘んで止まらせる。
「ん?」
「アイルランド産の牡蠣。有名だよね。食べてみない?」
「美味そう。焼くか?」
「うん。焼こう焼こう」
新鮮な牡蠣を近くにいた店員さんに量り売りしてもらい、そのままバターを選びに。
今夜はポテトのパイと焼き牡蠣だ。
「父さん、貝類が好きだから喜ぶわ」
「なら良かった」
途中、お菓子コーナーに立ち寄りチョコレートを買う。
カゴに投げ込むと「またか。太るぞ」と嫌味を言うニール。私に比べてニールはどこで鍛えているのか、いつも変わらず引き締まった体だ。
「どうやったらニール君みたいになれるの?」
「鍛える」
「どこでそんな鍛えてるの?」
「まあ、どこだろうな?」
彼はさり気なく話を終わらせて、レジへ向かってしまった。
慌てて私も後を追う。そして彼はさり気なく全額払ってしまった。
「え、割り勘に」
「今日俺たくさん金持ってるから良いよ」
「えー」
良いんだろうか?
なんとなく罪悪感。
帰り道、私はせめてものお礼にチョコレートを半分おすそ分けした。
屋敷につくとニールは買い物袋をひょいと持ってキッチンへ。私はただ後を追うだけ。
そんな私たちをニコと戯れながら見たいた父は笑いながら口を開いた。
「ニール君の後を必死に追いかけるナマエを見ると、小さい頃のナマエを思い出すよ」
「え?」
「いつも私の後を一生懸命小さな体で追いかけていただろう?ニール君は大きいから、おまえが子どものように見えるよ」
「なにそれ、嫌味?」
父は懐かしそうに笑った。
確かに、幼くして母を亡くした私には父しか居なかったから、いつも必死に父のあとを追いかけていたのを覚えている。
「早く孫の顔が見たいなあ」
ニールには聞こえないように、こっそり私に父は言う。
「子どもができる予定はありません。相手もいないし」
「ニール君と付き合ってないのか?」
「うん。付き合ってないの」
父は驚いて、でも残念そうに肩を下ろした。
私だって残念だわ。その言葉を飲み込んで彼の手伝いをするためにキッチンへ向かおうとした。
でも父の言葉に立ち止まる。
「前に、いや、でも最近だ。いつかナマエと結婚したいって言われたんだけどなあ」
失神するかと思った。
「え、どういうこと?」
思い切り父の車椅子にすがりついた。
「もっと詳しく言えば最初、私からニール君に『娘を頼みたい』って言ったんだよ。付き合ってると思ってたからな。そしたら『今はどうしても無理だ』て。
それで『いつか、全てが終わったら。その時にもしn ナマエが結婚していなかったら、その時はナマエと結婚したい』そう言っていたよ」
複雑な心境に胸が苦しくなる。
思わず眉間にシワがよった。
この話からしても、やっぱり彼はこれから此処を出て行くんだろう。それは確実なようだ。
でも、帰って来てくれるんだろうか?
本当に?全てが終わったら?
それはどういう意味なんだろうか?
怖いし、踏み込んではいけないような気がしてニールには何も聞けなかった。
父はどうせいつまでもナマエは結婚できないだろう、と笑いながら言って、いつでもニールを迎えるとも言っていた。
それは喜ばしいことだけど。
こんな気分のまま、今は彼の隣に立てる勇気がなかった。
全てを知りたい。
そう思ったけどきっと彼は語らない。
庭に出て、ニコを撫でながらもう暗くっている空を見つめた。
ぽろりと1粒涙が零れる。
なんでこんなに愛し合っているのに一緒になれないんだろう?私たちの障害となっているものは何なんだろう?
それは、到底乗り越えられないような気がして底知れぬ不安が過った。
しばらくするとキッチンからバターの焼けるいい匂いがして来た。
どうやら牡蠣を焼いているらしい。その匂いにつられて隣にいたニコはニールの元へ駆けて行った。
意を決して私もキッチンへ向かう。
キッチンでは飛び付くニコを受け流しながら慣れた手つきで料理に勤しむニールがいた。
なんとなく柱に隠れて彼を観察。
それでもすぐ気づいたらしいニールは私の方を見ずに「手伝えよ」と笑った。
「何をしたらいい?」
「サラダ作ってくれ」
「わかった」
キャベツとトマトを野菜室から取り出し、ニールの隣に行く。
父に言われた通り、意識してみたら私と彼の身長差は大きい。見上げるとニールの顎のライン。
「なに?」
「私たち、こんなに身長差あったんだね」
その言葉に彼は「そうだな」と言って私を見下ろした。その時、目が合う。
数秒見つめ合うと彼から目をそらした。
「誘ってんのか?」
「え?」
「上目遣い」
「そうしないと貴方の顔が見れないもん」
「確かに」
彼は頷きながらまた料理に集中する。
私も適当にサラダを作り出す。隣から香ばしい良い香りがしてくる。
「あー、お腹空くね。その匂い」
「ニンニクも焼くか?」
「ニンニクかー、私明日仕事なんだよね」
「じゃあやめておくか」
牡蠣の焼かれるいい音が響く。
下ではくんくんとニコが忙しない。
そんなニコを見て笑うニール。
今が幸せならそれでいいか。
嫌なことは考えないようにしよう。
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